猫獣人たかお 17

 授業中、オレはずっと真ちゃんの観察をしていた。――面白かったからだ。
 真ちゃんの耳がぴくぴく動く。虫が飛んでいるから気が散るのだろう。気持ちはわかる。環境が許せばすぐにでも飛びかかりたいのだろう。
 ――真ちゃんはその誘惑と必死で戦っている様子だ。可愛い。
「真ちゃん、虫、気になる?」
 オレはこそっと真ちゃんに耳打ちした。
「あ……やはりわかるか?」
「うん。オレ、猫だもん」
「さっきから気になってたまらないのだよ。これでは授業に集中できない……」
 真ちゃんはしょもんとなった。ちょっと可哀想だな。
「えいっ」
 オレは虫をぷちっと潰してしまった。
「かずなり……」
「ね、これで授業に集中できるでしょう?」
「あ、ありがとう、なのだよ」
 真ちゃんに褒められたった。嬉しいな。
「えへへ。どういたしまして」

 猫獣人になってしまった真ちゃんはとにかくよくモテた。さっきの女の子達みたいに、写メや動画まで撮っているヤツもいる。オレ達が体育館に向かっている最中にも。
 でもだーめだーめ。真ちゃんはオレのだもーん。オレは真ちゃんの腕に自分の腕を絡めた。
「そうくっつくな、なのだよ。かずなり」
「えー、いいじゃん」
「恥ずかしいのだよ……」
 真ちゃんはシャイなのだ。そこがまた可愛いんだ。
「だって、オレ、真ちゃんの番いの相手だもーん」
「番いって……男同士なのだよ」
「関係ないよー。真ちゃん今猫だもん」
「そういう問題ではないのだよ……」
 真ちゃんが困ったような顔をする。どうしてなんだろうな。
 オレも動画撮りたい。猫獣人な真ちゃんの動画を撮ってかんわいい真ちゃんを眺めるんだ。きっと一日中飽きないぞ。
「かずなり……お前の気持ちもだんだんわかるようになってきたのだよ」
「ふみゃ?」
「お前、モテるんだそ。知らなかったのか?」
「うん」
 オレ、自意識過剰じゃないもんね。ちっともそんなこと知らなかった。
「性奴隷にして売ろうとするヤツに捕まるんじゃないぞ」
 真ちゃんのいきなりの台詞にはわけがわからなかった。真ちゃんはしきりにそのことを気にしていたが。
 それに、性奴隷といえば真ちゃんだって――。
「真ちゃんだって可愛いんだから気をつけた方がいいよ」
「馬鹿。オレなんかを対象とするヤツがどこにいる」
「んー、オレとか?」
「冗談言うな、オレはお前より強いのだよ」
 真ちゃんはオレの首をきゅっとキメた。勿論、いつものじゃれ合いだ。
「真ちゃん、ロープ、ロープ」
「オレは強いだろう? お前なんかに心配されなくても大丈夫なのだよ」
 うう……当たってるだけに文句も言えない……。
 解放されたオレはごほごほと咳をする。
「と、悪い。大丈夫か? かずなり。力入れ過ぎたか?」
「――ん、平気」
 でも、真ちゃんキレイなんだもん。睫毛なんかばさばさでさ。オレは大丈夫の証拠に、ペロッと舌で真ちゃんの頬を舐めた。キャーッと黄色い声が飛ぶ。
「こら、かずなり」
 真ちゃんは怒鳴って、めっ、をした。何がいけないんだかさっぱりわからない。
「緑間くーん」
 体育館に着くとリコさんが駆け寄ってきた。ギャラリーが息を詰めて見ている。
「何の用なのだよ。リコ」
「今日の部活なんだけど……」
 バスケ部カントクのリコさんはそう言いながらも、視線は真ちゃんの耳に釘付けだ。真ちゃんの耳がピクピク。
「ああん、もうダメ!」
 リコさんは真ちゃんの耳を撫でようと手を伸ばした。真ちゃんが避ける。
「むっ。何で避けるのよ」
 リコさんの不服そうな申し立てに、
「耳は触られたくないのだよ」
 と、真ちゃんが答えた。
「緑間君だってたかお君の耳触っているじゃなーい」
 そうなのだ。
 でも、真ちゃんに触られるのは気持ちいいというか何というか――耳は真ちゃん以外の人間にはあまり触られたくないんだけどね。今は少し慣れたけど。だから、今の真ちゃんの気持ち、わかる。
「――まぁ、リコだったらいいのだよ」
「え、ええっ?!」
 オレがちょっとショックを受けて叫んでしまった時、
「ミドリンはカントクが初恋の相手なの」
 とこそっと耳打ちする声がした。桃井サンだ。
「あ、桃井サン……もう大丈夫?」
「うん。ありがと、カズ君」
「えへへ……」
「桃井サン。倒れたって聞いたけど、もう平気?」
 リコさんが仁王立ちになって質問する。なんか、ちょっと不穏な空気が――。
「はい! もう大丈夫です。テツ君萌えでハートがキュン死しちゃって……」
「――全く、今時の若い者はわけわかんない日本語使って……」
「リコ。オレも同じ意見なのだよ」
「本当? やっぱり私達って気が合うわね」
 リコさんと真ちゃんが楽しそうに話している(真ちゃんはポーカーフェイスだけど、楽しそうってオレにはわかるんだ)。こういうの、何て言うんだっけ。焼けぼっくいに火がついた? 真ちゃんの本で勉強したもんね。こう見えても真ちゃん、エッチな本いっぱい持ってるんだ。ちょっと小難しいの。
 真ちゃんはオレの! リコさんにだって渡さないよ!
「桃井サン、たかお君が怖い顔でこっちを睨んでいるんだけど――」
 リコさんが言う。
「えー。カントク恋敵と間違われたんじゃないですかー? カズ君てホント、ミドリンのことが好きだから」
 桃井サンはいつもの色っぽい顔で言う。桃井サンは何かちょっと謎のある女の人だ。
「そ、そうなの……。たかお君。心配しなくても、あなたから緑間君のこと取ったりしないわよ。誰が何吹き込んだか知らないけど。だって私には他に好きな人がいるし……」
 と、リコさん。何だ。そうだったのか。オレは一先ず安心した。――桃井サンが意味ありげに笑いながら言った。
「カントクが好きなのって、クラッチシューターの日向サンですよね。確か。それともまだ木吉サンのこと……」
「小娘は黙ってなさい」
「胸はカントクの方が小さいのに」
「よくも言ってくれたわねー! 気にしてるのにー!」
「リコ……オレは大き過ぎない胸の方が好みなのだよ」
 あーあ、カオスだね。こりゃ。
 それでも何となく面白くなって眺めていた。皆、一生懸命に自分の意見を主張している。一段落した時、真ちゃんが言った。
「ところでリコ……何の用だったのだよ」
「ああ、赤司君がね、『真太郎も猫獣人になった記念にバスケ部で写真を撮ろう』と提案してきたわよ☆」
「赤司まで……あいつも悪ノリするからな……オレもこんな格好になって皆に遊ばれて碌なことがない……」
 オレは、無言でぽんぽんと真ちゃんの背中を叩いて慰めてあげることしかできなかった。
 ――その時だった。誰かに見られているような気がしたのは。背中がぞわっとした。
 でも、特に怪しい人物は特に見つからなかったし気のせいかと思って片づけようとした……気のせいだよ――ね。

2017.5.22

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