猫獣人たかお 12

「かずなり、かずなり!」
「真ちゃん! 真ちゃん真ちゃん!」
 オレ達は歩道の真ん中で抱き合った。道行く人はどう思ってんだろう。――でも、オレはそんなこと気にしなかった。
「どうして……勝手にいなくなったのだよ!」
「にゃあ……オレ、真ちゃんの負担になってるかなと思って……」
「どこをどう曲解すればそんな結論に到るのだよ……さぁ、帰るぞ」
「にゃあうん」
 オレ達は手を繋いで帰った。
「オレは不器用かもしれん。友達など今までいなかったのでな。だから……お前に誤解されても仕方ないのかもしれないのだよ」
「にゃあ……」
「大好きなのだよ。かずなり」
 その台詞で、オレは嬉しくなってぴぃんと尻尾が立った。
「だから、家に帰ろう」
「にゃあ!」
 ――オレは、帰る場所を見つけた。

 オレ達は遅い夕飯にカレーライスを食べた。
「一応用心の為に玉ねぎは入れないでおいたからな」
「にゃあ」
「本当は玉ねぎを入れるともっと美味しくなるんだが……いいよな」
「にゃあ……真ちゃん、気を遣わせてごめん」
「いいのだよ。オレがそうしたいのだから」
 真ちゃんが、優しい目付きで笑った。この笑顔が好きなんだな。オレ。
「もう勝手にいなくなったりしないな」
「にゃあ、勿論」
 初めて食べるカレーライスは美味しかった。オレは、ずっと真ちゃんと同じ物を食べたかったから、嬉しかった。真ちゃんの手料理が食べられて、満足だった。
「風呂、入るか? 今から湧かすから」
「にゃあ」
「お前は猫の時から風呂が好きだったからな」
 猫だった頃は真ちゃんと一緒に裸でお風呂に入って、毛皮を洗ってもらって――。
 にゃあ! どうして急に恥ずかしくなってしまうんだ! 体中の血が沸騰してしまうんだ!
 でも、また真ちゃんとお風呂に入れるんだな……。
「かずなり。お前先に入れ」
「え、でも真ちゃんは? 一緒に入んないの?」
「いいから――」
「一緒に入ろうよぉ」
「煽るのではないのだよ。――全く。無意識だから始末に困る」
「にゃあ?」
「取り敢えず、今日は別々に入るのだよ」
「でも……オレ、真ちゃんと一緒にお風呂、入りたい……前のように」
 真ちゃんが何となく哀しげな顔つきになった。どうしてだろう……。
 人間には謎がいっぱいだ。猫の時は気にならなかったが。
「じゃあ、こうしよう。腰にタオルは巻くこと。いいな」
 ああ、真ちゃんがお風呂入る時のスタイルか。オレは、
「にゃあ!」
 と、喜んで返事をした。
 お風呂場で背中を流してもらって、さっぱりした。真ちゃんの裸を見た時。ドキドキしたが、こんなこと、今までになかった――。
「かずなり、十数えたらあがるのだよ」
「うん。いーち、にー、さーん……」
 数の数え方は、長老から教えてもらって知っている。そういえば、長老には、ずいぶんたくさんのいろんな大事なことを教えてもらった。
 十数えてオレ達はあがった。
 布団を敷いて、おやすみなさいと言って、オレは寝た。
 途中で目が覚めて、それでも何となくうつらうつらしていた時――。
「かずなり――」
 という真ちゃんの甘い声がして、今日できたこぶに柔らかいものが押し当てられた。後から考えると、あれはキス、というものらしかった。オレ達もキスをするけど、人間の唇の感触とはまた違う。
 それに応えようとしてオレは、
「にゃっ、にゃっ」
 と、返事をした。
 とても、幸せだった――。

「真ちゃん、今日も大学行こ」
「そうだな――お前、本格的に大学生になる気はないか?」
「にゃあ?」
「大学に行くには、試験を受けなければいけないのだよ」
「にゃあ」
「かずなり、勉強は得意か?」
「うん、得意、得意! 大得意!」
「オレが勉強を教えてやる。うちの大学はレベルが高いからがんばるんだぞ」
「にゃあ」

「という訳で、中谷教授、宜しくお願いします」
 真ちゃんがマー坊に頭を下げた。
「たかお君のことをこの大学で面倒を見るということだね。試験に受かってもいないのにこの学校に通うなんて――まるでニセ学生だ」
「ニセ学生?」
 オレが訊き返す。
「昔、そういう勉強に熱心な人達がいたんだよ。ところで、たかお君、緑間のところは快適かね?」
「勿論!」
「そうか――緑間のうちが嫌になったら、いつでも遊びに来ていいぞ」
「中谷教授!」
「はは。冗談だよ、冗談」
「ちっとも冗談に聞こえないから困ります」
「しかし、まず基礎から勉強しないといけないね」
「『きそ』ってなぁに? 真ちゃんと一緒だったらどこでもいいけど」
「そうか。君は緑間と一緒にいたいか」
「教授、オレとかずなりを一緒にしてください」
 真ちゃんもマー坊に頼み込む。やっぱり、想いは同じなんだと知って、嬉しかった。この頃、嬉しいことばかりあるな――。
「たかお君。この学校の本当の生徒になる気はないかね」
「にゃあ?」
「この大学には獣人枠というものがあってね――飼い主の推薦があればだいぶ入りやすくなるんだよ。勿論、いっぱい勉強して受からなくてはならないが――」
「にゃう!」
「大丈夫です。かずなりは利口ですから」
 真ちゃん……それって飼い主バカじゃないのかなぁ。イヤじゃないけど。
「じゃ、宜しく、たかお君」
「は……はい、宜しく」
 オレはマー坊の手を握った。マー坊の手は皺深くて温かかった。
「それから、たかお君。私のことは『マー坊』ではなく、緑間みたいに『中谷教授』と呼びなさい」
 オレは首を横に振った。マー坊はマー坊だ。だから、その頼みは却下だ。

 放課後――バスケ部で真ちゃん達のプレイを見ているうちに、オレもバスケをやりたくなった。
 真ちゃんの影響でオレもバスケを始めて、『鷹の目を持つ猫獣人』と呼ばれるようになるのは、また別の話――。

2017.4.4

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