猫獣人たかお 11

「たっだいまー。やっぱり我が家は落ち着くにゃあ」
 オレはうん、と伸びをした。真ちゃんは、
「お前、やっぱり伸びをする時、尻尾が高く上がるんだな」
 と、妙なところで感心していた。
「ところでさー、真ちゃん、訊きたいことがあるんだけど――コガやリコさんがちらっと言ってた『キセキの世代』って何?」
「ああ、それか――」
 真ちゃんは一拍置いてから話した。
「バスケでも名門と呼ばれている中学校、帝光中に、特に五人の天才がいたのだよ。――赤司、青峰、黄瀬、紫原――そして、オレもその一人だ」
「えええ?! 真ちゃんやっぱり天才だったんだ! すっげーーーーー!!」
「いやいや。人事を尽くしていたらいつの間にかそう呼ばれるようになっただけなのだよ。わかるか、かずなり。実力というものは人事を尽くす者にこそ宿るのだよ」
 緑間真太郎という男にはケンジョーの美徳というものはない。人事を尽くす、というのが真ちゃんのアイデンティティーだ。
 そんな真ちゃんだからこそ、信頼できる。――そして、好きになった。
「真ちゃん……あのね、真ちゃんだったら、オレを好きなようにしていいよ……」
 オレは足でのの字を書きながら言った。真ちゃんは眼鏡をずり上げる。
「困ったヤツだな。そういうことはしたくないと言っているだろう」
「どうして? オレのこと嫌い?」
「嫌いなわけないだろう……むしろ、好きなのだよ……」
 真ちゃんの台詞の最後は掻き消えそうだった。
「好きだから……大事にしたいのだよ……」
「真ちゃん……」
 真ちゃんがオレを好いてくれているのがわかった。でも、オレは――
 真ちゃんを見ただけで体が疼く。発情期ってヤツかな。
 こんな嫌らしい猫、真ちゃんは嫌いになってしまわないかな。オレ、捨てられないかな。真ちゃんに捨てられるのはやだな。
 でもオレは、耐え切れなくなって真ちゃんに体を摺り寄せた。
「うわぁっ! 何するのだよ! かずなり!」
 ……怒られた。しょぼん。
「真ちゃんが好きだってこと、行為で示そうと思って」
「別に示さなくていいのだよ――やっぱり猫を飼うと碌なことがない」
「にゃあ……」
「ああ、すまん。これがオレの欠点なのだよ……。努力は人事を尽くしさえすればいいが、こういうことはどうもな――。お前を嫌いになったわけじゃないから、安心していいのだよ」
「にゃあ!」
 真ちゃん、大好き!
 またすりすりしようと思ったら、かわされて、オレは床に体を強かに打ちつけた。
「にゃあ……」
「大丈夫か? かずなり」
「うん……だいじょぶ……あれ?」
「額にこぶができているのだよ」
「にゃあ、うん」
「猫のくせに鈍くさいヤツなのだよ。ちょっと待ってろ。手当てしてやる」
「にゃあ、いいっていいって」
 オレはひらひらと手を振って台所へ行った。
「待て。何するのだよ」
「え……エサ……じゃなかった。ご飯をつくるの」
「お前に料理ができたか?」
「――どうやんの?」
「お前……」
 真ちゃんの肩がふるふると震えた。怒ったのかと思っていたら、実は笑っていた。
「オレも得意な方ではないが、カレーぐらいは作れるぞ。玉ねぎが入っているが、お前は獣人だから大丈夫だな」
「にゃあ」
「尤も、突然変異種についてはオレもよくは知らないが――」
 突然変異種って言うんだ。オレ――。
「待て。突然変異種でも玉ねぎを食えるかどうか、調べてくる」
 にゃあ……真ちゃん、一生懸命だなぁ。オレなんかの為に。
 猫の時は人間の言葉で真ちゃんにお礼言いたかったけど、猫の姿のままの方がカリカリと猫缶とミルクだけだったから、楽だったろうなぁ……。
 オレ、真ちゃんに迷惑かけてんのかな。
 いっそのこと、猫の姿のままで人間の言葉が話せるようになったら良かったのに……。神様はイジワルだ。
「にゃあ、真ちゃん、ごめんね……」
 オレは、この家を出ることにした。オレがここにいても真ちゃんに負担がかかるから。本当は嫌いなのに、好きだなんて嘘、つかせなくてもいいから。
 猫の溜り場へ行くことにした。
「みんなー、ただいまー」
 オレは仲間達に呼びかけた。
「たかおだ」
「たかおの声だ」
 猫達が集まってくる。
「にゃっ! たかお、その姿!」
「ああ、神様に人間にしてもらったんだ。つか、獣人だけどな」
 でも、そんな神様の不思議な力も、もう無用なものとなってしまった。
「こいつはたかおじゃない」
「たかおじゃない」
「たかおだってば……」
 オレは悲しくなって耳がへたった。
「そうだ。この獣人はたかおだ」
 その声は――
「長老!」
「久しぶりだな。たかお。黒猫の子」
 ふさふさの長い毛皮の真っ白な猫が言った。長老だ。ああ、やっぱり長老はわかってくれた!
「いなくなった後、何をしてたのか話してくれるかね? みんな、お前がいなくなって心配していたよ。ずいぶん探したりもした」
「ああ、うん……オレ、真ちゃん――緑間真太郎という男の人の家に飼われていて……」
 仲間達からはぐれた後、真ちゃんとの生活をオレは事細かに話した。獣人になった経緯まで……。
「そうか……」
 オレの話が一段落した後、長老が溜息と共に呟いた。
「たかお。もうそこには帰らない方がいい」
「どうして?」
「お前が――人間に裏切られる姿を見たくはない。みんなだってそうだと思うよ」
 みんなが心配そうに鳴いた。オレのこと、案じてくれているんだ。
「みんな、心配してくれて――ありがとう」
 仲間達には恩がある。オレをいつも助けてくれた。だから、オレもありがとうと、言葉で伝える必要がある。伝えなければ、何にも始まらないから――。
 オレ、やっぱり真ちゃんが好きだ。例え、裏切られても。
「オレ、真ちゃんを信じる。だから、真ちゃんのところへ帰る」
「たかお、行っちゃだめ……」
「人間がオレ達をいじめたことを忘れたか」
「うん……でも、オレ、真ちゃんが好きだから。相手が真ちゃんだったら、裏切られても平気だから」
 オレは堂々と宣言した。
「……お前はそう言うと思っていたよ。――行っておいで。たかお。お前は帰る場所を見つけた。それから……どうか幸せになるんだよ。それが、私の願いだから」
「はい!」
 長老の言葉に、オレは頷いた。その時だった。
「かずなりー。たかおー。かずなりー」
 真ちゃんだ。真ちゃんの声だ! オレは言った。
「さよなら、長老! みんな! オレ、真ちゃんのところへ帰るから!」
 吹っ切れたオレは、さぞかし清々しい顔をしていたに違いない。もしかして、長老はそれを狙っていたのだろうか。――ありがとう、長老、とオレは叫んで、真ちゃんの声のする方へ走って行った。

2017.3.22

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