猫獣人たかお 1

 オレはたかおかずなり。かずなりと言うのはご主人様である緑間真太郎――オレは真ちゃんて呼んでるけど――がつけた名だ。
 オレは緑間家に住む黒猫なのだ。
 え? どうして緑間家の猫なのに、緑間かずなりでなくてたかおかずなりかって?
 それはだな――オレは伸びをする時、ピーンと尻尾を高く上げるので、仲間達がつけてくれたあだ名なのだ。オレも気に入っている。
 ある日、仲間達からはぐれたところを真ちゃんに拾われたってわけ。
 真ちゃんは独り暮らしで、大の猫嫌い。しかし、どういうわけかオレのことは平気だという。
 なんでかよくわからないけど、嬉しいな。
 オレ、真ちゃんのこと、大好きだもん!
 あ、真ちゃんが帰ってきた!
 どたどたと玄関に駆けていく。
「ただいまなのだよ。かずなり」
 真ちゃん、優しい目をしてる。オレを見る真ちゃんの目はいつも優しい。
「なーお」
 オレは人間の言葉が喋れない。人間の言葉を話せたら、真ちゃんに「お帰り」って言ってあげられるのになぁ……。
 神様、俺を人間の言葉が喋れるようにしてください。
 ――て、無理か。
 神様は滅多なことでは猫のいうことまで聞けないって、長老が言ってたもんな。
「ほら、餌をやるのだよ」
「にゃあ」
 この、『~のだよ』、『~なのだよ』というのは、真ちゃんの口癖らしい。
 オレはミルクと、缶詰をまぶしたカリカリを食べる。美味しい美味しい。
 満足してにゃーご、と鳴く。ここにいれば、衣食住の問題は片付く。衣食住の衣は、オレ猫だからこの毛皮だけなんだけどさぁ。
 真ちゃんは猫にまで服を着せる趣味はないらしい。オレも、その方がありがたいんだけど。
 ちょっと仲間達の様子が気になることもあるんだけど、みんな野良生活でならしているんだ、多少の困難は切り抜けられるだろう。
 でも、オレ、真ちゃんといて幸せ過ぎて、このまんまじゃバチが当たるかな、と思うこと、ある。
 ねぇ、真ちゃん。人間語を喋れるようになったらまずは真ちゃんにお礼が言いたいよ……。
「その願い、叶えてあげましょう」
 え? 誰?
「ボクは神様です」
 え? 神様? 嘘! ほんとにいるの? ――いろいろ言いたいことはあるけど……。
「影うすっ! 神様なのに!」
「……よく言われます」
 オレは失礼なことを言ったんじゃないだろうか。しかし、かげ様……じゃなくて神様はそんなに気を悪くしてはいないようだった。慣れてんのかな。
 ――オレは神様(を名乗る男)のことをがんばって釣竿で吊るしている赤い髪の男のヒトについてはスルーすることにした。
「キミは飼い主にお礼が言いたいのでしょう?」
「うん! 何でわかるの?」
「神様には何でもわかるのです」
 おい、クロコ、まだか――と言う赤髪の青年のことはまるっと無視して。
 気が付くと、目線が高くなっていた。
 あれ? 何だろ、これ。肌がすーすーする。そっか。毛皮がないんだ。
「耳と尻尾は取り付けたままにしておきますね。獣人に欲情する趣味のある人に気をつけてください、では」
 ――神様はいなくなった。
 オレは姿見に自分の姿を映した。そっかぁ、これって――。
 オレ、人間になったんだ。だって、真ちゃんと同じ体だもん。オレは裸だけど。
「どうした。かずなり。うっ!」
「真ちゃーん!」
 オレは真ちゃんに抱き付いた。真ちゃんは後ろざまに倒れこむ。
「だ……誰なのだよ、貴様は!」
 真ちゃんの顔が赤くなった。
「オレ、かずなりだよ。神様に人間にしてもらったんだ」
「――そんなこと言って、大方裸で人の家に不法侵入する変質者だろう! オレは誘惑されない、決して誘惑されないのだよ!」
 変質者? 誘惑? 何のことだろ。
「真ちゃん――オレね、真ちゃんに言いたいことがあったんだ」
「な……何なのだよ」
「オレを拾ってくれてありがとね」
 そう言ってにこっ。
「かずなり……? 本当にかずなりなのか?」
「そうだよー」
「そういえば、声が似てるな。――取り敢えず服を着ろ。その格好は目の毒だ」
 人間は服を着なければいけないらしい。それにしても目の毒って何だろ。
「着替えたよー、真ちゃん」
 オレは洗面所から出てきた。真ちゃんは仔細を眺めている。
「サイズはオレの方が大きいみたいだな。後で適当な服見繕ってやるから、今日はそれで我慢しろ」
「うん! これ、結構かっこいい服だね。選んだの真ちゃん?」
「――実家の母が送ってくれるのだよ」
「へぇー」
 オレはくるくると姿見の前で回った。真ちゃんの凝視も知らずに。
「ん? どうしたの? 真ちゃん」
「いや、その――可愛いな、と」
「ほんと? オレ、真ちゃんに可愛いと言ってもらえるのが一番嬉しい」
「取り敢えず、なんか食べるか?」
 真ちゃんは『取り敢えず』も口癖らしい。
「さっき餌食べたからいいよー」
「あんなんじゃ食べたうちに入らんだろう。遠慮はしなくていい。おまえはその……家族なのだからな」
「家族……」
 両親とはとっくの昔に死に別れ、兄弟とも妹のなっちゃん以外散り散りになったこのオレに家族か! オレは感無量だった。
「何くれるのー?」
「サラダ。野菜を適当に切ってドレッシングをかけただけなのだから楽なのだよ」
 オレはすぐさま、カリカリと缶詰とミルクが懐かしくなった。
 真ちゃん、猫は肉食だって、わかってるのかなぁ……。
 真ちゃんはサラダボウルいっぱいにレタスだのトマトだのを入れてドレッシングをぶちまけた。
「さ、たくさん食べるのだよ」
「う……うん」
 本当は鼠とかの方がいいなぁとか思いながら、気乗りせずにサラダを口に運ぶと――
「うっ!」
 旨い!
「かずなり! ――吐き出してもいいんだぞ」
 オレはごっくんとレタスを飲み込んだ後、言った。
「真ちゃん。これ、すっごい美味しい」
「そうか……良かった」
 真ちゃんは嬉しそうな顔をしている。ああ、オレ、人間になって本当によかった。こうやって真ちゃんとお話できる日が来ようとは。長老、神様はちゃんと猫の願いも聞いてくれたよ。
「ありがと、真ちゃん」
 オレは真ちゃんの口元を舐める。
「な……何するのだよ!」
「あれ? 嫌だった? ――ごめん」
 オレはしゅんとなった。猫の舌はざらざらしてるから痛かったかな。
「いや、別に嫌だったわけではないが……オレ以外のヤツにそんなことするんじゃないのだよ」
 真ちゃんは狼狽えているようだった。何でだろう。
「うん、真ちゃん以外のヒトにはしない。約束」
 ――真ちゃんは食事の後、オレの新しい寝床を作ってくれた。オレはそこで丸くなって眠った。楽しい夢を見た。

2016.12.10

次へ→

BACK/HOME