SHUTOKU☆文化祭 前編

秀徳高校文化祭一日目。
本日、バスケ部ではエキシビションを披露する予定だった。『バスケも文化だ』と三年の部員達がごり押ししたらしい。一・二年もその説を支持した。
だが今は……。
「誰もいないのだよ……」
秀徳バスケ部エースの緑間真太郎が呟いた。
体育館は静かなものだった。小石が落ちる音でさえも「こーん……」と響くような……。
「真ちゃーん、オレがいるっしょー」
そう言ったのは緑間の相棒、高尾和成。
「ふん。オレのそばにおまえがいるのは当たり前なのだよ」
まるで高尾をオレの嫁だと言いたそうな発言である。どうしてだかわからないが、高尾が緑間と一緒にいるのは自然なこととなっていた。
しかし、さっきの台詞は喜んでいいとこなのだろうか。高尾にはわからない。わからないから一時、頭の隅に追いやることにした。
(やっぱクラスに戻ろうかなー……)
高尾と緑間のクラスは喫茶店をやっているはずである。文化祭の定番だ。
高尾が考えあぐねていると、
「緑間、高尾、やっぱりここにいたのか」
と、主将の大坪泰介が登場した。高尾がきく。
「大坪サン、何してたんすか。宮地サンは?木村サンは?」
「宮地はクラスで歌を歌っている」
「歌ぁ?!」
「ああ。女装して、アイドルのまね事してる」
「ブフォッ!何それ超見てぇ。行こ、真ちゃん」
「ま、待て……せっかくだから練習をだな……放せ高尾ー!」
意外と力持ちの高尾に緑間は引きずられて行く。
「やれやれ。仕様のない奴らだなぁ」
そう言いながら大坪も渋々といった態で彼らと一緒に行った。

宮地のクラスに近づくと歌が聴こえてきた。
「あんまりウロチョロしないで~♪思わず轢きたくなるから~♪」
某超有名アニメソングの替え歌だ。歌っている声は確かに宮地清志のものだ。
「……宮地サンらしい歌詞っスね」
「ああ。宮地が自ら考えたものみたいだ」
大坪が説明する。
中に入ると熱気がむわっと漂ってきた。教室は暗幕に包まれている。
「切るぞ♪刺すぞ♪轢くぞ♪」
「宮地!」
宮地コールが空気を震わせる。
宮地が着ているのは白と黒を基調としたラメ入りのフリル付きワンピースだった。ちょっと背が高いのを除けば、充分金髪の美少女で通りそうである。
「宮地サン、スゴイ人気っすね~。おっ、あれは!」
高尾のホークアイは意外な人物を発見した。それは高尾達がよく見知っている中年男性である。
「監督!」
高尾と緑間は殆ど同時に叫んでいた。
「ああ、おまえ達か……」
高尾は続けた。
「監督にこんな趣味があったとはねぇ……」
「いや……そういう訳ではないんだが……宮地の晴れ舞台だしな」
中谷監督はパシャパシャとデジカメで宮地の写真を撮る。
(すっかりカメコじゃん)
高尾は心の中でひっそりと呟く。
「監督、エキシビションはどうしたんですか?」
と、緑間。
「ああ、あれは午後からだからな。宮地こっち向け!」
「でも!練習とかストレッチとか、やることいっぱい……」
言い募る緑間の肩に高尾がそっと手を置いて首を横に振った。今は何を言っても無駄だ。
緑間と高尾も曲が終わるまで聴いていた。歌い終えた宮地が喋った。
「今の歌の歌詞はオレの部のクソ生意気な一年スタメンコンビを頭に置いて作ったものです。凸凹コンビともいいますけど」
「モロ、オレ達じゃん。なあ、真ちゃん?」
高尾が小声で言ってプスススと笑う。緑間は黙っていた。
「返事がない、ただのしかばねのようだ」
高尾が茶化すと緑間が彼をゴン!と殴る。
「……てぇ……」
「……うるさいのだよ」
二人のやり取りは人ごみでざわざわしていたところでなされた為、宮地に聴こえることはなかったようだ。
次の曲、『殺したいほど愛してる』の歌詞はもっとめちゃくちゃではちゃめちゃでわけがわからなかった。
「そろそろ退散する潮時じゃね?」
緑間も頷いた。

「宮地サン、顔と声はイイけどひでー歌詞だったよな」
クラスから退出した高尾が宮地の歌を批評する。
「オレ達は一足先に体育館に行ってよう」
さすがに呆れ果て、我慢の限界だったらしい大坪もついて来た。
体育館に着くと女子生徒の団体が待っていた。男子も若干名いるが、圧倒的に女が多い。
「きゃあっ!緑間クンよ!」
「高尾クンもいるわ!」
秀徳の女子がざわつき始める。他校の女生徒も。
「何?あの人達」
「緑の髪は緑間クンよね。後の二人は……わかんない」
「あのちょっと小さい男の子、可愛いわね」
(オレ、小さくなんかないんだけどね)
高尾が苦笑した。大坪と緑間がでか過ぎるのだ。
でも、可愛いって言ってもらえて嬉しい高尾はギャラリーに向かってウィンクした。その途端、黄色い悲鳴が上がった。
「高尾クン、あたしにウィンクした!」
「何言ってんのよ、私によ!」
「あのコ高尾クンて言うんだ」
「ちょっとチャラいけどかっわいい!」
面白くなさそうな顔の緑間が高尾の肩に腕を回す。女子達の悲鳴がかしましい。
デジカメのフラッシュが焚かれる。まるでアイドルだ。でも、それが結構快感だ。
(宮地サンのこと笑えないな、こりゃ)
そして、高尾はただ面白がっていただけだったことを宮地に向けて心の中でそっと詫びた。
(すんません。宮地サン)
それから、ま、少し早いけど、オレらの為に来てくれた女の子達にサービスしますか。
高尾は緑間の腕をするりとすり抜ける。そして落ちていたバスケットボールを拾った。
「真ちゃん!」
高尾が緑間にパスをした。高尾が何をしようとしているのかわかった緑間はドリブルをしてコートの端にたどり着き、そこから向こう側のコートにシュートを撃った。ゴールに入ると歓声が上がる。
(コート全部がシュート範囲なんて反則だよな)
尤も、天才緑間にも限界はあるようだが。
緑間はテーピングを外した。本気の合図だ。
あーあ、そんなに力入れなくてもいいのに。オレも手を抜く気はないけどさ。
高尾がパスを回す。緑間が危なげなくシュートを決める。
「なにあれ、カッコイイ!」
「美形なのにバスケ上手いってどんだけよ!天才!」

2013.9.9

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