おっとどっこい生きている番外編その4~盗作騒動~ 前編

『少しお時間がありましたら、『輪舞』にまで来てください。大切なお話があります。海堂シン』
 海堂シン? ……知らないなぁ。電話番号も書いてある。
 私がハガキの裏表を確認していると、
「みーちゃったみーちゃった」
 えみりさんが囃し立てる。
「な……何よ、えみりさん」
「みどりにラブレターだー♪ ひゅー♪」
「みどりくんに?!」
 哲郎の目がきらりと光る。そんなんじゃないってば、もうー。
「違うわよ……これ、差出人が『月刊創造』の出版社になってるもの」
「え? じゃあ、そこの編集者の目に止まったんだ。みどりの作品。やったね、みどり。作家になるのも夢ではないわ」
「そうだといいんだけど……」
 私は嫌な予感がした。そういう予感程、得てして当たるものなのだ。

「もしもし、秋野みどりですけど。海堂シンさんいますか?」
『海堂ですね。少々お待ちください』
 数秒メヌエットが流れた後――。
『あ、秋野さんですか?』
「はい。あの……初めまして」
『僕のハガキは読んでくれましたね。実は――少々困ったことが持ち上がりましてねぇ……』
「困ったこと?」
『はい。盗作騒ぎと言いますか――』
「盗作騒ぎですって?!」
 私の声が鋭くなった。
「盗作って……どういうことなんですか? 私に関係あるんですか?!」
『いやぁ、ここではちょっと……『輪舞』にてお話します。明日の午後にでも。何時頃が空いてますか?』
「5時くらいなら――先生に事情は話しておきますから」
『ありがとう。では、明日の午後5時に』
 電話が切れた。
「どうしたのー? みどり」
 えみりがあくびをしながら寄ってきた。
「盗作騒ぎがあったんですって。どうやら私にも関係しているらしいの」
「ふぅん……」
 えみりはそれ以上聞かずに、
「もう寝よっと」
 と、和室の襖を開けて閉めた。
 私には心当たりはひとつしかない。『黄金のラズベリー』だ。変人監督とその娘と周りにいる大人達が一緒になって繰り広げる喜劇だ。
(誰かがあの作品を……?)
 まさかね。あの作品は若書きだもの。書き終えた当初は自分でも傑作だと思ってたけど――今思うと何でこんなの送っちゃったんだろうと自己嫌悪。コピーはとっておいたから――。
 待てよ。コピー……?
 頼子がコピーをせがんでいた。脇を冷たい汗が走る。何だろう。九月も半ばなのに。
 想像すると嫌な結論に達しそうだった。
 頼子が盗作したか、私が盗作の容疑者に仕立てられているか、或いはその両方か――。
 私はぶるぶるとかぶりを振った。
 頼子が……そんなことするはずないじゃない!
 ……私も寝よっと。

 翌日、午後5時――。
『輪舞』には、茶色の長髪の男(だよね)と、三つ編みのまだ若そうな――それこそ私といくらも年が違わないような――女の子が座っていた。
 何だろう、あの人達。もしかして――。
「あの……海堂さんですか?」
 訊いてみると、男の人が立ち上がって、
「はい! 初めまして。秋野みどりさんですね」
「うわぁ。想像通りの人」
 女の人の方が言った。何だろう。想像通りって。私、どんな想像されてたのかしら。
「あ、気にしないでください。家内は――ルナは人のことを観察したり想像したりするのが好きなんです。――さ、どうぞお座りください」
 へぇ、ルナさんてば、変わったご趣味を持ってること。それに随分若い。――と思ったことは内緒内緒。まぁ、趣味の方は私にもわかる気がする。だけれども――。
「ご夫婦……ですか?」
「ええ。妻が俺のいないところで働くのは嫌だと言って」
 ふっ。惚気てくれるじゃないの。
「最初、俺は君の方が盗作したのかなと思ったんだけど」
「違うわよ、カイン。こっちの方の文章の方が――まぁ、はっきり言って稚拙だもの」
 こめかみがぴきっと鳴った。稚拙で悪かったわね。しかし、私は話題を変えた。
「カインというのは――?」
「ああ。聖書に出て来る『カインとアベル』のカインだよ。妻が俺のことを『カイン、カイン』と呼ぶものだから、すっかりそれが定着してしまって」
「そうですか」
「あ、今日は俺のおごりです。何オーダーしても構いませんよ」
 カインさんはそう言ってくれたが、私は慎ましく紅茶で我慢した。
「あなたの文章、稚拙だったけど――松下さんの作品にはない『光』を感じたわ」
 松下さん? 頼子のこと?
 私は足の先の力が抜けそうになった。座ってなかったら倒れ込んでたに違いない。
「やはりあなたが原作なんですね」
 ルナが言った。何だろう。この人。やけに力を感じる。遠くで見るとそんなに変わった人じゃないのに。
「松下さんは、私の友達ですが――」
「ああ、そうか。じゃあ言わない方が良かったかな」
「カイン。そのうち明らかになることよ。ならなかったかもしれないけど」
「まぁな。俺も賛成したし」
「あのー……話が見えないんですけど」
 私が話に割って入った。
「ああ。シタヨミ担当の男が、同じような作品が届いたと困惑していたんだよ」
「普通だったら没にするところだけど、作品が勿体ないからと言って……それで、相談を受けたカインが動いたの」
 頼子も投稿してたのか――私の作品を使って。いや、頼子のことだ。もっと作中の文章を洗練されたものに変えたに決まっている。
 頼子め、よくも、よくも――。
「あ、秋野さん……何か喋ってくれないと。そんな怖い顔したところで、話してくれなきゃ俺達にはわからないですよ」
「そうそう」
「『黄金のラズベリー』は、私の作品です!」
「やっぱりね」
 ルナは合点がいったようだった。
「松下さんの方は、『ゴールデンラズベリー』という題だった」
 頼子――何でそんな卑劣な真似を。
 こんなこと、一番許せないのは頼子の方だったじゃない。
 頼子は傑作を書く才能があるのに、何で私なんかの作品の盗作を――。
 ぼろぼろと涙がこぼれた。
「秋野さん……このことは俺らだけの秘密にしておきます。けれど、また俺達に会ってくださいませんか?」
「私は松下さんより、あなたの方が作家に向いていると思うの……きっと松下さんもそう思ったのね」
「頼子……」
 その時――窓の外に人影が見えた。
 頼子だ!
「カインさん、頼子も呼んだの?」
「ああ。――騙したみたいで悪いんだけど」

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