おっとどっこい生きている番外編その4~盗作騒動~ 後編

「頼子!」
 私は店を出て急いで頼子の腕を捕まえた。
「みどり……」
「『月刊創造』の編集者の方から話は聞いたわ。何で盗作なんかしたの? 頼子、頼子……」
 頼子は冷たい目だった。
「それで……私を罰しに来たの?」
「罰しになんてそんな……」
 そう言いながらも、私の頭の中では、(本当か?)(本当に松下頼子が憎いと思ってないのか?)という台詞がぐるぐると回っていた。
「じゃ」
 頼子は私の手を振りきると、人ごみの中に消えて行った。
「頼子、頼子ーーーーーー!」
 私は喉も枯れよと叫んでいた。

「『黄金のラズベリー』はもう使えないわね」
 ルナが嘆息しながら言った。私は『輪舞』に戻っていた。
「それとも、選考に出してみる? あなたの文は古臭い上に盗作されたとケチがついたのよ」
「はい……もっと違う作品を書いてみます。出直してきます」
「まぁまぁ。あなた、才能あるわよ。また投稿してね」
「はい……」
「でも、惜しいなぁ」
「これは作家の倫理観の問題よ。カイン。悪いのは松下さんね」
「いいえ! いいえ!」
 頼子が私の作品をコピーさせてくれと頼んだ時に、いつもと違う、と警戒するべきだった。或いは一言――
「その原稿、何に使うの?」
 と訊いても良かった。頼子のことだから本当のことは言わないにしても。
「頼子は――本当はあんな子じゃないんです。他人の作品を出して自分は口を拭っているような――そんな子じゃないんです」
「まぁ……読んだものを見た限りじゃ、かなり頭が良くて――しかもプライドが高そうだな」
「――わかるんですか?」
「わかるよ。でなかったら編集者なんてやってない。俺も、ルナも」
「カインは初め、頼子の方を買ってたんだよね。盗作も秋野さんがしたんじゃないかなんて言うし」
「冗談だよ、冗談――とばかりは言えなかったけどさ。秋野さん、済まない!」
 カインさんがテーブルに額をこすりつけんばかりに謝った。それから、顔を上げて、もう一度謝った。
「い、いえ……松下は――頼子は私の親友なんです」
「親友? 作品を盗まれても親友?」
「はい!」
 私は真っ直ぐにルナの目を射抜いた。
「かけがえのない、親友です」
「じゃあどうしてのこのこと戻ってきたの?」
「今は……話せないと思いまして。でも、後で頼子の元に行きます」
「そう――頑張ってね」
「はい!」
「俺も応援する。がんばれ、秋野さん」
「――はい!」
「……松下さんのオリジナルアイディアで原稿送ってくれれば、即デビューだったろうにな……」
「頼子はあの時『スランプだ』と言っていました」
「そうか……秋野さんが松下さんを説得してくれれば、こんないいことはないんだが」
「やってみます」
「そうそう。それでうちの社に専属作家が二人来ればこんないいことはない、と」
「それが目的か、ルナ」
「てへっ」
「まぁ、専属作家という考えは古いが、デビュー作はうちで出したい。――頼んだよ。秋野さん」
 ええっ?! 私、いつの間にか『月刊創造』の使い走りにされてる?!
「賞金はないけどいくらかギャラも出ると思うからさ」
「――そんなものいりません」
 私は静かな声で言った。
「頼子の性根、叩き直してやります!」

 私は頼子に電話をかけた。――完全無視。まぁ、ここまでは予想通りね。では、頼子を彼女の自宅で待ち伏せるか。殆ど犯罪だな、こりゃ。
 でも、頼子も盗作したことは認めたくないでしょうからねー。だから、これは……頼子の罪の意識に付け込んでいるのよね。頼子のことを悪くばかりは言えないわ。
 しかし――待てど暮らせど頼子は来ない。どうしたのかな、と思った時、車が。松下先生だ。
「あ……あの……松下先生、頼子は……?」
「まだ帰って来てないのか? 頼子は」
「え、ええ……そうみたいです」
「お母さんからミヤコがいなくなったことを聞いたらしい。俺にはミヤコを探しに行くと言っていた」
 ミヤコちゃんがいなくなった?! あの、アメリカンショートヘアーのミヤコちゃんが?!
「あいつ、随分可愛がってたからな……ミヤコが家を出てからもうだいぶ経ってるし。――おい、秋野、どこへ行く!」
「頼子とミヤコちゃんを探しに行きます!」
 ――心当たりのところは全て探した。いや、まだ残っているところがある。近所にある森だ。
(あの森には気を付けろよ。マムシがいるからな)
 何でこんな時にこんな兄貴の言葉思い出すのよ。私は左右に激しく首を振った。そして、さっき家から持って来た懐中電灯を点ける。
「みどり……」
 森の中で頼子の呆けたような姿を見つけた。
「どうしてここへ?」
「話はあと。ミヤコちゃんを探さないと」
「――もう知ってるんだ。ミヤコが行方不明になったこと」
「頼子は帰りなさい。後は私一人でやるから」
 頼子は笑った。
「……アンタのそういうとこ、うざくて、でも好きだったわぁ。でも、どんなに言われても、後には引けないこともあるのよ」
 頼子が……私を好き? まだ友達だと思ってくれてる? というか、本当は私が怒らなきゃいけないケースなんだけど……頼子への怒りが春の淡雪のように溶けていった。
「――そうね。よし、行くわよ、頼子!」
「ラジャ!」
 しかし、どんなに探してもミヤコちゃんはいない。いや――
「ナーン」
 と、可憐な声がした。ミヤコ?!
 やはり、私の予想通り、ミヤコだった。アメリカンショートヘアーのミヤコは鳴きながら心細そうに私達を見ている。細長いマムシだか蛇だかがミヤコに近づいてくる。私はそれを懐中電灯で照らしながら、
「えいっ、えいっ」
 と木の枝で追っ払った。蛇はするすると逃げて行った。
「やったぁ!」
 頼子と私はほぼ同時に叫んだ。振り返って頼子の方を見ると、頼子はばつが悪いのか私の視線からぱっと顔を逸らした――ようだった。
 ――頼子はミヤコの名前を優しく呼ぶ。そして、こちらに寄って来たミヤコを抱き上げた。
「頼子。あのね。頼子。――アンタも私も作家に向いてるってよ」
 私はちょっとばかり海堂夫妻の台詞を脚色した。でも、彼らが言いたかったのは多分こういうことだよね。神様。
「嘘ばっかり。アンタの方が向いてるわよ」と、頼子。
「だから、私も頼子も作家に向いてんの! 『月刊創造』の人、頼子の作品も褒めてたよ!」 
「盗作でも?」
「うん。二人で作家になって世間をあっと驚かせようよ。――頼子はずっと、私の親友だよ」
「親友……」
 ミヤコは頼子の腕の中でリラックスしている。帰りしな、頼子は私に近づいて、俯きながら「ごめん……」と小さな声で呟いた。
 後で聞いた話によると、頼子の携帯の充電が切れた時、偶然私が現れたのだそうな。私が来なかったらきっと頼子は心細いままだったろう。――頼子のことだからそんなことは決して言わなかったが私だったら多分不安になってたと思う。
 ……まぁ、頼子にも会えたし、ミヤコちゃんも見つかったし、これも何かのお導きかな。

後書き
やっと発表することができました! 盗作騒動に関する短編!
これで二人も仲直りでしょうか。
作家になって世間をあっと驚かせる二人も見てみたいものです。
そうそう。海堂シンと海堂ルナ。この二人は私の中学校時代からのキャラです。今回特別に出演してもらいました。
カインは実は海堂シンの本名なんです。詳しいことはいずれどこかで。
それでは。また次の機会にお会いしましょう。
2015.6.9


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