すずめのしっぽ 8

「なぎさ――話があるんだけど」
「……涼子さん達には聞かせられない話?」
 なぎさは鋭い。俺は涼子の顔をちらりと見た。涼子は頷いた。
「私達、これから学校だから――あがっていってもいいわよ。白鳥さん」
「ううん。私の家の方がいいわ。私も話があるから」
「じゃあ、白鳥さん。遥をお願いね」
「わかりました」
 なぎさが丁寧に頭を下げた。
 俺はなぎさの案内で彼女の家に行った。――彼女が住んでいたのはボロアパートだった。
 ――意外だな。
 俺は――なぎさだったら豪邸に住んでてもおかしくないって思ってたのに……。そもそも、何でそんなことを思うんだろう……。
「ここが私の部屋よ」
 その部屋にはパソコンがあった。パソコン――というのともちょっと違うかもしれない。俺の勘がそう告げている。
 なぎさが機械を立ち上げた。なぎさはオペレーターらしき女性に言った。
「真雪くんを呼び出してくれる?」
 女顔をした男が画面に現れた。けれど、女々しく見えないのは顔にも表れている剛毅さのせいだろう。
 何か、見たことあるような――。
「遥。俺がわかるか? 真雪だ。鈴村真雪!」
「真雪……?」
 俺は首を傾げた。
 確かにこの男には見覚えがある。でも、どこで――?
「やっぱり覚えてないか――」
 真雪の声音にはがっかりした響きが混じっていた。
「はぁ……すみません」
「謝らなくていい。君のせいじゃない」
 真雪は余所行きの声になった。それを聴いて俺は、真雪が可哀想になった。
 きっとエライ人なんだろうな。真雪。そんな人を落胆させるなんて、俺は……。
「大澤君は私に話があるんだって。きっと真雪君にも関係ある話よ」
「なぎさがそう言うんなら、そうなんだろうな」
 俺は――緊張してきた。昔の俺を知っているヤツらがここにいる。
 そして……桜井博士。今となってはもう、何をしていたのか、俺とはどんな繋がりがあったのか知らない人。でも、捨てられたという記憶は、はっきりとある。
「なぎさ――桜井博士って知ってるか?」
「桜井――博士?!」
 なぎさとモニターの向こうの真雪の表情が気色ばんだ。
 何?! 桜井博士って、そんなに重要人物だったの?!
「……真雪君」
「――うん」
 なぎさと真雪が頷き合った。
「君は――桜井若葉と一緒にいたんだね?」
 桜井博士、若葉って名前だったかなぁ――取り敢えず、俺は、うん、と首を縦に振った。
「その男、悪い人よ。マッドサイエンティストなの」
 へぇー、マッドサイエンティストなのか。まぁ、マッドサイエンティストでも何でもいいけど、でも――。
「桜井博士は俺を捨てたんだ……」
 そう言うと鼻がつーんとしてきた。
「いいんだよ。それで」
 真雪が優しい声で言った。
「あの男は悪いヤツだったんだから」
「桜井博士が――?」
「そう。――まだ、それ以上のことは思い出していないんだな」
 俺は、ああ、と肯定した。そしてちょっとだけ込み上げてきた涙を拭った。
「でも、この短時間でそこまで思い出すとは――やはり幸田家に預けることにしたのは正解だったかな」
「俺、あいつらには恩返ししなきゃ――これからも幸田家にいてもいいですか?」
「ああ。幸田涼子と幸田湊は君にとっていい影響を与えてくれそうだ。桜井若葉のこともいずれ忘れるさ」
 桜井若葉――何となく、心がほっこりする名前だ。と、同時に聞くと心が引き裂かれそうになる名前でもある。今まで記憶もそんなになかったのに、変なの。
 俺は、少し哀しみを抱いた。また目元を擦る。
 なぎさがティッシュを俺にくれた。俺はふん、と鼻水を拭いた。俺の涙が乾くと、
「大丈夫?」
 と、なぎさが優しく訊くので、俺も素直に頷いた。
「私達もサポートするからね。大澤君」
「でもなぁ、なぎさ。お前、涼子には嫌われてるぞ」
「誤解してるだけよ。私には真雪君だけよ」
「なぎさ……」
 何か、いい雰囲気だな――。邪魔したくないけど、俺はごほんと咳払いをした。
「あっ、失礼」
「もう――空気読んでよ、大澤君」
 しかし、そう言ったなぎさは笑っていた。
「なんか――昔の私達に戻ったみたいだね。大澤君がどこまで思い出したのかは疑問だけどね」
「俺も、何か懐かしい」
「ただのよしなしごとだ」
 真雪が無理してしかつめらしい顔をしようとした。
「そんな顔しないの。真雪君。ほんとは嬉しいくせに」
「――そうだな。嬉しいよ」
 あれ? こういう時、真雪は、
「何言ってんだよ、なぎさ」
 とムキになって否定したんじゃなかったっけ? 時間の流れは人を変えるっつーか、俺はそんなことも知ってたんだ。
「俺、なぎさと真雪、好きだよ」
 そう、好きだよ。
 幸田涼子と湊とは違う意味で、だけど。多分、なぎさ達も俺の仲間だ。
「ありがとう、って言っていいのかな」
 と、真雪。
「良かった。――大澤君が戻ってきてくれて。桜井若葉に大澤君の脳を改造された時はどうしようかと思った」
「なぎさ!」
「あら、いいじゃない。桜井若葉は今や銀河系をめぐるお尋ね者だし、大澤君には秘密にしなきゃいけないことなんて何もないわよ」
「そりゃそうだけどさぁ……」
 真雪もなぎさには弱いらしい。俺はくすっと笑った。今泣いた烏がもう笑った――ってこんな感じ?
「何を笑っている。大澤遥」
「だって、お前ら夫婦みたいなんだもん」
「夫婦よ。もうとっくに」
「いや、まだ式を挙げてねぇだろうが」
「そんなことこだわってるの? 真雪君、案外形式に弱いのね」
「うるさい」
 真雪がぶすくれた。
 そうか――俺達は多分こういう関係だったんだ。しかし、何故なぎさは俺に関わろうとしたんだろう。桜井博士の関係者だったから?
 俺は桜井博士の助手とかだったんだろうか。
「俺は、桜井博士の何だったの?」
「君は――桜井若葉の奴隷だったんだよ」
 奴隷? 俺が?
 ああ、そうか。だから桜井博士に捨てられたんだ――。でも、仕様がなかったんだ。宇宙船が急に火を噴いたから――。
「どうした? 遥」
 真雪の質問に俺は答えようとした。頭がずきん、ずきんと痛くなった。もっと、こいつらとバカ話をしたかったのに。でも、質問したのは俺だから。きっと、この場合は俺が悪い。

2019.01.29

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