すずめのしっぽ 6

「それにしても――遥、だいぶ記憶戻ってきたんじゃないかしら?」
「あ、本当だ」
 涼子の言う通りだった。
「だからさぁ、大昔のことは覚えてんじゃねぇの?」
 と、湊。俺のことをちっとも疑わない二人が俺には眩しかった。
「ん、どうした? 遥」
「お前らさぁ……ちっとは俺のこと疑えよ」
「何を疑えと言うの?」
 涼子の柔らかいソプラノの声。
「例えばさぁ……俺のこと、アンタらの遺産を狙って潜り込んだ詐欺師だとかさ……」
「詐欺師! 遥が詐欺師!」
 湊は腹を抱えて笑い出した。そりゃもう、腸捻転になってしまうんじゃないかと思うほど――。
 俺は毒気を抜かれたが、湊が少々落ち着いてきた頃、また続けた。
「記憶喪失を装ってさ……」
「遥」
 涼子の声が厳しくなった。
「私も湊も人を見る目には少しは自信ある方よ。遥はそんな人じゃない。あなたを疑うことは私達自身を疑うことでもあるのよ」
「それに、なぎささんもいるしな」
 ひぃ、ひぃと笑いの発作を宥めながら湊が言った。
「そうね。白鳥さんも嘘を吐くような人には見えないもの。私はあまり好きじゃないけど――」
 涼子の台詞の後半は消え入りそうだった。
「おー、姉ちゃん。いっぱしにジェラシー?」
「何よ、湊!」
 涼子は冗談ぽく拳を振り上げた。
「わははは、ジェラシーだジェラシーだ」
 湊……お前みたいになれたら毎日が楽しいだろうな……。
「私達ね、二人きりでちょっと寂しかったところなの。そりゃ、湊はいい弟だし、楽しませてもくれるわ。けれどね、昔のことを思い出すとね――」
 湊が、ん、と頷いた。
 ようやく静かになった湊の頭を涼子は優しく撫でてやった。
「あなたがここにいてくれたら嬉しいわ」
「あ……ありがとう……」
 俺は、何て運がいいんだろう。涼子や湊のような優しいヤツらに拾われて――。
「湊、涼子。俺、何でもするよ!」
 それがこんな俺を信じてくれた二人への恩返し。特に、湊には感謝してもし足りない。
「でも――またなぎさが来るかもしれないよ」
「いいよ。あの姐ちゃん、俺は好きだし」
「私も……ちょっと苦手だけど、悪い人には見えないし」
「涼子……なぎさのことについてはほんとごめんな」
「ううん。なぎささんも本当は苦労してるんじゃないかと思うもの。勿論、これは想像だけど」
「でも、あいつは強いから――」
 あれ? 何で俺、こんなこと知ってるんだろう。
 取り敢えず、なぎさに会ったら訊いてみよう。俺は一体何者なのか。話してくれないかもしれないけれど。
 でも、俺には新たな仲間ができたから――。
 と、そこで、金髪の青年の姿が記憶の中に現れた。あれは誰だっただろうか。
「なぁ、湊、涼子。俺、ここに来る前、誰か知り合いと一緒にここへ向かっていた気がするんだ」
「どこから?」
「さぁ――とにかく、この地球へ」
「宇宙から?」
 湊は上を指差した。俺は黙って頷いた。
「かっこいいー! 遥って宇宙人だったんだ」
「あ、いや……一応地球人のつもりなんだけどな。俺は」
 でも、宇宙人と言われても否定はできない。そういえば――俺はここに来た時、何か宇宙語を喋っていた気がする。誰かが俺を呼んでいた。それは湊のような気がする。
「湊。俺、何か変な言葉喋ってなかったか? 初めて会った時」
「ああ。そういえば――訳のわかんないこと言っていた。寝言だと思っていた」
 湊――やっぱりお前が助けてくれたんだな。
「お前は――俺が本当に気が付くまでずっと付き添っててくれてたのか?」
「え? だって、あの時の遥、何か様子がおかしかったし」
 そうか。ずっといてくれたのか。湊は。すずめのしっぽ。俺は湊を見た時、すずめのしっぽを連想した。
「お前、髪型はすずめのしっぽみたいだけど、いいヤツだな」
「すずめのしっぽって――それ、関係あんのかよ」
 湊がむくれた。
「まぁまぁ、そう怒るなって。結構可愛いぜ。それ」
「ヤローに可愛いと言われても嬉しくねぇよ」
 しかし、案外満更でもなさそうだった。湊は喜怒哀楽が激しい。涼子もちょっとそんなところがある。この二人といれば、退屈はしないだろう。
「お前といると退屈だけはしねぇな」
 え? 湊ってば、俺の心読んだのか? 俺が考えたことと同じこと言ってる。
「お前――人の心が読めるのか?」
「んなわけねーじゃん。俺、エスパーじゃないんだから。なりたいと思ったことはあったけど」
 エスパー? あ。
 俺、エスパーだったことあったかもしれない。かなり前のことだけど。んで、桜井博士の元に出向いて――。
 ん? 桜井博士って誰だっけ。
 俺の記憶は穏やかな水面からぽこっ、ぽこっ、と浮かんでくる。桜井博士という人だって、本当に『桜井』という名前なのか自信がない。
「どうした? 遥」
 湊が俺の目の前で手をひらひらと振った。
「あ――ちょっと昔のこと思い出してた」
「え?! それじゃ、記憶が戻ったのか?!」
「――少しだけな」
「どんな記憶?」
「俺が――ある人と一緒にいたことが……」
「ある人って、白鳥さんか?」
「いや、男の人だった。確か名前は――」
 あれ? もう思い出せない。
「名前は?」
 湊が身を乗り出す。涼子が息を飲んでいる。
「――忘れた」
「なぁんだよぉ!」
 湊はぺちっと自分の頭を叩いた。湊は心の底からがっかりしているようだった。涼子は――どこかほっとしているようだった。
「人に気を持たせといてさぁ――」
「んー。さっきまで覚えてたんだけどさぁ……」
「遥。もうお風呂湧いたから入ってらっしゃいよ。それと、早く寝ることね。寝室は用意してあげるから」
 涼子はてきぱきと指示をする。湊が言った。
「この家、客用の部屋だけはたくさんあるんだぜ」
「そうなんだ」
 そういえば、この家やたら広いもんなぁ……。さすが金持ちの家。台所も食堂もリビングも。廊下も広かった。トイレ行く時、危うく迷いそうになった。
「じゃ、お世話になります」
「先にお風呂入って来て。お父さんのお古でいいわよね。着替えは」
 俺は涼子に任せることにした。
 俺は、湊と風呂に入ることになった。湊はタオルで前を隠している。俺は小さい頃、誰かに裸を見られることをそんなに気にしなかったと思うが。男同士なんだし。湊も最近の子供なんだな。
 部屋には布団が敷かれていた。涼子達が俺に貸してくれた部屋――。お日様の匂いの布団が心地いい。野宿とか安ホテルに泊まるよりはるかに快適だ(と、比較の対象にするということは、俺は野宿したり、安ホテルに泊まったことがあるのだろう)。
 今日俺は神に感謝をしながら眠りに着いた。

2018.12.26

次へ→

BACK/HOME