すずめのしっぽ 5

 俺が、涼子さんを守る――。
 それは我ながらとても立派な志のように思えた。自分で言うこっちゃないけど。
「遥。姉ちゃん宜しくな」
 戻ってきた湊が手を頭の後ろで組み、どこか嬉しそうな、ほっとしたような顔で言った。姉思いだな。湊。
「ああ、任せておけ」
 俺が胸をどんと叩いた。涼子さんが言った。
「湊のことも、お願いね。ここにいられる間だけでいいから」
「いいともー☆」
「いいともは古いんじゃね? もう終わったし」
「え? そうなの?」
 湊の台詞に、俺は軽いショックを受けた。いいとも……俺が知らないところで勝手に終わるなんて……。
「今日はステーキにするわ。遥くんが家族になったお祝いだもの」
 家族……か? そんなものが俺にもいたんだろうか。――ダメだ。ちっとも思い出せない。俺は薄情なんだろうか。
 でも、ステーキは楽しみだな。家族よりステーキが大事なんて、食い意地張ってんな。俺。
「ノンアルコールのシャンパンで祝いましょ。湊買ってきてくれる?」
「ほい来た」
 湊が出て行って、俺と涼子さんは二人きりになった。
「涼子さん、あのさ――」
「ん? どうしたの?」
「俺のこと、家族と言ってくれてありがとう」
「馬鹿ね。決まってるじゃない。この家、お金だけはいっぱいあるから、遥くん一人分ぐらいは養えるわよ」
「じゃあさ、家族だって言うんなら――俺のこと、遥って呼んでくれないか?」
「わかったわ。遥」
 ピンクのエプロン姿の涼子さんの姿はとても眩しかった。
「その代わり、私のことは涼子と呼んでくれない?」
「わかった、涼子」
 涼子はにこっと笑った。
「仲良くしましょうね。勿論、湊も入れて」
「ああ。湊も俺が守る」
「そうね。あの子も早熟とはいえ、まだ大人の庇護の下にいなきゃならない年齢だものね」
 俺達はしばらくよしなしごとを話した。つまり、大したことは話してないんだけど、俺にとってはものすごく楽しい時間だった。
 記憶が、戻らなければいいな――。
 そんなことまで思ってしまった。湊と涼子と俺。この三人だけでずっとやっていけないかな。
 ――ダメか。なぎさがいる。真雪というヤツも後ろにいるらしい。
 いつか、なぎさに言ってこようか。俺は幸田家で暮らすって。
 なぎさは満更話のわからない女ではなかった。きっと賛成するはずだ。
 ――あれ?
 どうしてそんなこと俺が知ってるんだろう……なぎさのことなんて全然わからなかったはずなのに……。
 記憶が、戻りつつあるのかな。
 きっと俺はすげー微妙な立場にいるんだと思う。
 記憶が戻ったら、もう幸田家にはいられない。そんな不吉な予感までする。俺としてはそんな展開にはならないことを祈るばかりだ。
「遥? 焼き方はレア? ミディアム? ウェルダン?」
「レアで」
 レアステーキのピンクの断面が大好きなんだよな。血のしたたる肉って感じがする。
 やがて、湊が帰ってきた。
「たっだいまー」
「お帰り、湊」
 と、涼子。
「おう。――遥、姉ちゃんと何か進展あったか?」
「さぁね」
「湊、私も遥のことを『遥』って呼ぶことにしたわ」
「んで、俺が『涼子』――と呼ぶことになった」
「へぇ~、大進歩じゃん。なぁ、遥。ほんとに姉ちゃん頼んだぞ」
 湊がびしっと俺を指差した。なんだかんだ言っても、本当に姉思いのいい弟なんだよな。
「父ちゃんや母ちゃんがいれば、きっともっと楽しかったろうにな……」
「湊……」
「あ、ご両親の仏壇ある?」
 一応線香でもあげに行くことを俺は思いついた。
「ないよ。キリスト教式の葬式だったから。でも、いつか一緒に墓参りしようぜ。ついてきてくれるか?」
「オーケー」
「約束だぞ」
 俺は湊と涼子の為に――何より自分の為にその約束を果たしたいと思った。それにしても仏壇がないのは珍しい。
 肉が焼けるいい匂いがする。本格的にフランベをやっている。涼子、上手だな。コンソメスープも美味しそうな湯気をたてているし。
 涼子は料理が上手だから、運動しないと俺は太ってしまうかもしれない。うーん、俺は体型を気にする方だったのか……。
「湊。付け合わせの料理頼むわね」
「わかった」
「あのー……俺も何かします?」
「そうねぇ……じゃあ、テーブル飾り付けて――と言っても、テーブルクロスがどこだかわかんないか。取り敢えず休んでて」
「悪いなぁ……」
「遥は今日は私達のお客様よ。でも、明日からは容赦しないからね」
 涼子にはちょっと湊に似てるところがある。相手に有無を言わせないところとか。やっぱ姉弟だなぁ……。
 湊は食事の時、こう提案した。
「遥。食べ終わったらゲームやろうぜ、ゲーム」
「どんなゲームがあるんだ?」
「wiiとかPS3とか」
 ……どちらも知らねぇ。あ。
「PSって、プレイステーションのことか?」
「そうだよ。思い出した?」
「何か、そんなの聞いたことがあるから」
「マリカしようぜ、マリカ」
「マリカ?」
「マリカも知らないのかよ。じゃあ、ポケ○ンは?」
「ああ、それならおぼろげに」
「そか。まぁ、ゆっくり思い出すといいさ」
「湊。ゲームばっかりやってちゃだめよ」
「はーい」
 湊が涼子に返事をする。
「まぁ、俺のゲーム機はちょっと古いかもな。最近の流行にはついてけねぇもん」
「俺も昔はゲームが好き……だったような気がする」
「どんなのやってたの?」
「すげぇ古いけど、スーパーマ○オワールド! スーファミの!」
「あー! それ俺持ってる! 面白れぇよな!」
「やってると時間忘れてさ、徹夜したこともあるんだぜ」
「ちょっとは寝ろよ、遥……俺だって時間決めてやってんだからさぁ……」
 う、返す言葉もございません。
「湊はしっかりしてんな」
「しっかりせざるを得なかったんだよ」
「そうだな――悪かった」
「何で、悪かった、なんて言うんだよ。遥はちっとも悪くねぇよ」
「さっきお前の言ったことが尤もだと思ったからさ……しっかりせざるを得ない……大人が子供にそんな答えさせちゃダメだよな。……あ、そうそう。ゲームの話でちょっと昔のことも思い出せたよ。楽しかった」

※追記 このお話を書いたのは数年前です。今の家庭用ゲーム機事情は私にはちっともわかりません。

2018.12.05

次へ→

BACK/HOME