すずめのしっぽ 20

 聡――。
 何となく英国人めいたハンサムな顔を見つめた。
 鈴村聡。俺はこの男のこともよく知らない。
 けれど、何故、この男は俺の言って欲しいことを言ってくれるのだろう――。作家だからインテリなのかな。
 でも、それだけではないような気がした。人の辛さ見抜いて和らげる態度を聡は持っている。
 そうだな――。ちょっと真雪の気持ち、わかるよ。真雪がブラコンになるのも、わかる。
「俺、手術をした後のことまで吹っ飛んでたらしいんだけど……」
「記憶喪失がクセになったんじゃねぇか」
 湊――そういえばこいつもいた。優しい、すずめのしっぽの少年。
 でも、そんなクセが身についてたまるかい!
 う……でも、そうかも……。
「記憶は取り戻しつつあるんだよね?」
 穏やかに聡は訊いた。
「うん、まぁ……」
「桜井さんのことも夢に見るんだよね」
「うん。さっきの夢だけじゃなく、他にも……断片が多いけど」
「その断片を話してくれないかしら」
「手術の時のこと――」
「あれは、俺も賛成したから人のことは言えねぇ」
 そうだったのか。真雪。
 俺のスコーンは手つかずに残っている。
「食えよ。遥」
 湊に勧められたので俺は食った。――店出せるレベルだ。はっきり言って。
「桜井若葉――俺、あいつのこと好きだったよ。ダチだと思っていた」
 拗ねた美少女のような顔で真雪が言った。
「俺のことを何度も助けてくれた――ある日、旅に出るって言ってたけど――まさかお前まで連れて行くとは……」
「それは俺の手術の後?」
 真雪はこくんと頷いた。
「あいつは宇宙を破壊させたがっていた。宇宙のいろいろな星を――」
 それは違う。そう言いたかったが、喉がひりついて言えなかった。喉を潤す為に俺は紅茶を飲んだ。滋味に溢れた味が胃の中に行き渡る。
「ついて行った遥も遥だ」
「そうね……」
 真雪の言葉になぎさが同意する。これじゃ俺は悪者じゃねぇか。くそ。
「でも、変わらないよなぁ。遥も」
 聡がおっとりと口を挟む。
「あー、何となくアンタ達の力関係わかってきたよ、俺」
 と、湊。あまり失礼なことを言わないでね、と涼子が湊に釘を刺した。
 でも、俺は桜井博士じゃなかったらついて行かなかった。
 そう断言できる。記憶とか、定かではないくせに。
 ――チャイムが鳴った。
「誰かしら。はあい」
 涼子が玄関に客を迎えに行った。
 やがて、複雑な顔をして戻って来た。
「あのね、真雪さん、なぎささん――」
 言いにくそうに涼子が口を開いた。
「桜井若葉さんと名乗る人が来たの」

「ええっ?!」
 真雪が大声を出した。
「今更どの面下げて来たんだあいつ」
 真雪となぎさの顔が険しくなった。湊は素知らぬ顔で茶を飲んでいた。
 桜井博士が現れた。セットされた茶色の髪。銀のフレームの眼鏡。整った顔に長身。おお、桜井若葉!
 俺は懐かしくその人の顔を見た。
「桜井博士――」
「遥――すまなかった」
「謝るくらいなら最初から現れんなよ」
「そうよ――大澤くんはあなたのせいでえらい目に遭ったんだから」
 真雪となぎさは喧嘩腰だ。
「遥……まさか地球に来てるとは……」
「お久しぶりです。桜井博士」
「改まらなくていい。私は君には引け目を感じているんだ。鈴村の言う通り、俺はここに来ない方が良かったかもしれない。けれど――」
 一拍置いて桜井博士が言った。
「――最後にどうしても遥に会いたかった」
「遥なんて気安く呼ぶんじゃねぇよ。このバカが」
 真雪は怒っているようだった。柳眉を逆立てて威嚇していた。
「真雪……取り敢えず話を聞こうじゃないか」
 聡が言った。
「そうね。座って。桜井さん。紅茶飲む?」
「――いただきます」
「涼子さん、こんなヤツに茶ぁ出す必要ないですよ」
 真雪、敵意が剥き出し――つーかダダ漏れって感じだな。
「いいじゃない。悪人だってお腹はすくわ。ね?」
「――あなたは話のわかる人みたいだな」
 桜井博士が席に着いた。険悪なティー・タイムになりそうだ。
「単刀直入に言おう。私は不治の病に侵されている」
 俺の飲んだお茶が気管に入って俺は噎せた。
「そうか……だからあんな無茶なことを……」
 真雪が独り言つ。
「手術台に上るのは私でも良かった。寿命が近づいていたからな。だが――私はそんな体になっても死ぬのが怖かった。手術で死んでしまうかもしれないと思った。だから、遥を生贄にした」
「若葉、死ぬのは私だって怖いわ」
 なぎさが桜井博士の味方をするのは初めてだと思う。
「でも、寿命は受け入れなきゃ」
「そうだ――けれど私は、遥の命より自分の命の方が大事だった」
 桜井博士は一筋の涙をこぼした。
「桜井――」
「私は永遠に生きていたかった。けれど、あいつらは私を利用していただけだった。私は誓った。この世界に、復讐を」
 桜井博士は声高に言った。
「今まで遥にさえ伝えたことがなかった」
「やっぱ復讐目的だったか……」
 真雪が顎を撫でる。
「アンタ、罪を犯したのか?」
 そう訊いたのは湊だ。
「ああ……私は命惜しさにいろいろなことをした。そのうち、宇宙警察に目をつけられた」
「俺達のことだな」
「ああ。真雪――謝ってどうこうなることじゃないが、済まない」
「アンタのバックには誰かついているのか?」
「……ああ」
「それは誰だ」
「それは――ここでは……」
「ちっ、まぁいい。桜井、しばらくお前は泳がせておく。それから――こんなことで罪滅ぼしになると思うなよ――俺達の力になれ」

2019.08.24

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