すずめのしっぽ 19

「おめでとう。実験は成功だな」
「おめでとう」
「おめでとう」
 白衣を着た科学者みたいなヤツらが拍手をしている。
「――俺は、お前らの為に遥を改造した訳じゃない……」
 桜井博士が泣いてる。
「すまない、遥――」
 どうして桜井博士が謝るのだろう。俺は、桜井博士の言うことだったら何だって聞くのに――。

 あ、目ぇ覚めた。今のは夢か――。後で真雪にも話してみよう。
「あ、遥起きた? おはよう」
 涼子が朝ご飯を作っていた。旨そうな匂い。
「昨日の残りもあるから食べてね」
「ああ、うん。ありがと」
「おはようございます。遥さん、涼子おねえちゃま」
「美佳子ちゃん、おはよう」
 ――そうだ。昨日は美佳子も泊まったんだっけ。結構そういうことはあるらしく美佳子はリラックスしているようだった。
「おはよう、姉ちゃん」
 湊もやって来た。
「真雪さんとなぎささんはまだ寝てるのかしら」
「さぁ……」
 そこへ、きちんと着替えたなぎさの姿が。
「おはようございます。涼子さん」
「おはようございます。そこに座っててください」
 涼子はソーセージを焼いている。
「後は真雪さんね」
「真雪君、朝弱いからね」
「低血圧なの?」
「そういうこともなさそうだけど」
「ふぅん……」
 涼子が火を止めた。
「俺、起こしてくる」
 湊が食堂を出て行った。そして――湊と一緒に真雪が現れた。真雪の髪の毛はぼさぼさだ。だが、それが寝起きの美少女を連想させる。いやに色っぽいなと思った。
 真雪がくぁ……と欠伸をした。
「おはよう、みんな」
 涼子の朝食は旨かった。美佳子も手伝っていた。幸田家の女は家事に強いらしい。なぎさも相当すごいけど。
「おう。今日、聡が来るからな」
「聡さんをよんだの?」
「あ、そっか。涼子には話通してなかったな。――俺がこの家に来いと言ったんだ。まずかったら他のところに待ち合わせ場所変えるけど」
「構わないわよ。でも、お茶菓子用意しないと」
 涼子は素敵な女だな――真雪は俺に耳打ちした。俺は少々得意になった。真雪は、
「ま、なぎさの方がいい女だけどな」
 と付け足すのも忘れない。
「今回はハイ・ティーでも用意する? 久しぶりに」
「おう! 買い物なら任せとけ!」
「いや、そこまでしなくてもいいんだけどさ――」
 張り切る幸田兄弟に真雪が些か慌てる。
「なぁ、姉ちゃんの作るスコーン旨いんだぜ」
「そういうことなら……」
 真雪は陥落した。
「ほんと、何から何までお世話になります」
 なぎさが改めて礼を言った。
「私達、お客様来るの嬉しいのよ。いつもは二人だったから。――あ、でもこれからは遥も入れて三人ね」
 涼子がほんのりと赤くなった。俺もちょっと意識してしまう。
「私は帰るわね。おうちのご飯も食べたいし」
 美佳子が、バイバイ、と手を振った。湊は相当ほっとしたようだった。

 聡は昼過ぎにやって来た。真雪が道順を教えたのだ。
「鈴村聡です。お久しぶりです」
 鈴村聡は確かにハンサムな顔をしていた。それに――。
 俺はデジャヴを感じた。何だろう。この慕わしい思い。
「聡さん……」
「おいおい。僕は君のひとつ下の学年だったんだよ。聡でいいって」
「聡……」
 俺は少しぼーっとしていたようだった。
「おい、遥、遥……」
 真雪の袖を引っ張るので、俺は我に返った。
「まぁ、見惚れちまうのもわかるけどな。聡はいい男だからな」
「それもあるけど、懐かしくてつい……」
「懐かしい?」
「うん。そんな気がしたから」
「だろうな。お前、聡とも仲良かったもんな」
 真雪が頷いた。涼子がティーポットを持ってきた。午前中はハイ・ティーの準備をしていた涼子だった。ちなみに今日は祝日で学校は休みらしい。
「聡は作家なんだってな」
「そう。学生時代からの夢が叶ったんだ。あの頃はいろんな雑誌に投稿していたからね」
「良かったな。聡」
 俺は心から祝福した。何となくそうさせる雰囲気が聡にはある。真雪にとってもそうだったらしい。真雪にとって聡は可愛い弟なのだろう。
 俺は涼子が注いでくれたお茶を口にした。――旨い。
「あのな、聡――俺達、遥を匿っているんだ。桜井若葉の一件で」
 真雪が話を切り出した。
「桜井若葉、とは?」
「話してなかったが、あいつは犯罪人で遥をいいように扱っていた。けれど、遥はまだ目が覚めないらしい」
「僕は遥の人を見る目を信じるよ。昔から遥は鋭かったろう? いつも僕達の見ていないところを見据えていた」
「それはそうだが……」
「聡君の言う通りだと思うけれど、今回は真雪君の肩を持つわ」
「なぎさまで……」
 俺はちょっとショックだった。でも――。
「俺、夢を見たんだ――」
「どんな夢?」
 聡が俺の顔を覗き込む。湊が足をぶらぶらさせている。
「桜井博士、俺にすまないと泣いていた――」
「あの頃はすげぇいいヤツだったんだよな。桜井若葉」
 真雪の言葉に俺は頷いた。
「どこで変わっちまったんだろうな」
「――変わってないと思う」
 記憶にある訳ではないがこれは勘だ。
「だったらその人のことを信じればいい。僕は遥を信じてる」
 そう言って聡は笑った。
 そういえば――もうひとつ疑問に感じたことがある。
 桜井博士が手術を施したのはわかる。けれど、どうしてその後の記憶も吹っ飛んでいたのだろう。例えば、桜井博士が俺を見捨てた(逃がした?)ところとか――。

2019.08.12

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