すずめのしっぽ 18
「敦子……それが湊の好きな人って訳ね」
美佳子は湊に詰め寄った。
「いや……ちが……そういう訳じゃ……」
湊は慌てて胸の前で手を振った。否定の意味らしいが、それじゃ肯定したも同じだぞ。湊……。
「さぁ、早く行こうぜ。湊、お前の部屋で話できるか?」
真雪が助け舟を出した。
「俺の部屋だったら自由に使っていい」
「と、言う訳で俺達は男同士の話があるからお嬢ちゃんはそこで待ってな」
「……うん」
さすが真雪。見事美佳子を説得してしまった。宇宙警察というより街のおまわりさんみたいだけど。
「んで、桜井若葉に関する話とは?」
「んー、夢を見たんだ?」
「どんな夢?」
「桜井博士に捨てられた時のことと――後、それから、あれは改造された時の夢かな」
「それは収穫だな」
真雪が真面目な顔で頷いた。
「確か――手術をすれば前のことはみんな忘れてしまうんだって。でも、俺、思い出したこともたくさんあるからな」
「一部分の記憶がすっぽ抜けているんだろう」
真雪はしかつめらしい顔で答えた。
「でも、俺、桜井博士は悪い人だと思えないんだ」
「お前は桜井若葉のことをどこまで知ってる。大方あいつに丸め込まれたんだろう」
「――それは違う!」
俺は叫んだ。
「桜井博士は俺の見込んだ人だ!」
「はぁ~あ。これじゃ平行線だな」
「そうでもないぞ」
今まで黙って話を聞いてた湊が言った。
「桜井若葉とかいうヤツは真雪達にとっては敵で、遥にとっては――まぁ、お師匠さんみたいな人じゃない?」
「ああ……」
「もしかしてこう考えたことはないか? 桜井若葉は宇宙警察にとって敵にさせられてると」
真雪のこめかみがぴくっと動いた。
「じゃあ俺は何か? 桜井若葉に冤罪の濡れ衣を着せているってことか?」
「――そうでないことを祈るね」
真雪と湊の間にバチバチッと火花が散った。俺はちょっとおろおろした。湊……お前賢過ぎるよ。それに正直過ぎる。
早熟って言うのかな。湊にはそんなところがある。優しさに裏打ちされてはいるけれど。家族が良かったんだな。
でも――湊は真雪をあまり快く思ってないところもあるんじゃないか? 言葉の端々に見受けられる。だけど、ケンカするほど仲が良いとも言うし――。真雪と湊は似てるから反発したり惹かれあったりもするんだろう。
「俺は――桜井博士のことはよくわからないけど……捨てられて悲しいと思った」
俺はしょげた。湊が言った。
「だーかーら、本当に捨てられたかどうかもわかんないっての! 桜井ってヤツにしてみりゃ、最後の手段だったかもしれないじゃないか!」
例えば――。
「俺を逃がす為……?」
「――外れてるかもしれないけどね」
「……桜井博士は俺に、『後は頼む』と言ってた――」
俺ははらはらと涙をこぼした。
「後を頼むって何だろう――桜井博士は生きてるんだろうか」
桜井博士が世紀の大悪党でも構わない。俺は――桜井博士を信じる。
「桜井若葉は生きているよ」
真雪がぽつんと言った。
「生体反応がある。何とこの地球にだ」
「何だって?」
「しかし――いやに桜井若葉に懐いたもんだな。遥」
「それだけどさ。どうしてアンタ達は桜井のこと『桜井若葉』とフルネームで呼ぶの? 桜井でも若葉でもいいじゃん」
湊が疑問を発する。確かにそうだよな……。真雪が答える。
「つい、慣習でな」
「犯罪人だからそんな風に言ってるの?」
「まぁ、それもあるけどな。昔は桜井って呼んでたもんな。そういえば」
「ふぅん、まぁいいけど」
そう言って湊は壁に寄り掛かった。真雪が続ける。
「お前は優れたエンジニアだ。師匠が良かったんだろうな。だから桜井若葉も目をつけた。そこんところ思い出さないか?」
「別に……」
記憶を失ってから桜井博士の出る夢は二度くらいしか見てない。
そういえば俺もずっと桜井博士と呼んでるな。――まぁいいけど。
「俺達のことは思い出さないか?」
「うん……」
「そっか……」
「すまん」
「いや、いいんだ」
真雪は哀しい笑みを浮かべた。
「お前は生まれ変わったんだ。死ぬような目に遇って――俺達のことは……そうだな、前世のこととして捉えてくれればいい」
そんな真雪は寂しそうだった。さっき泣いた俺より何倍も寂しそうだった。
「――ティッシュを貸してくれないか。湊」
「ああ、棚の上にある」
俺はティッシュを借りて鼻をかんだ。湊は立ち上がって俺の前にゴミ箱を置いた。俺はティッシュを捨てた。
「これから俺とお前は新しい歴史を築いて行くんだ」
「――俺もいるぞ」
湊が独り言のように呟く。
「――そうだな。宜しく、親友」
「ばぁか。親友になるかどうかはこれからの展開次第じゃねぇか」
そう言いながらも真雪は照れ笑いをした。うん。可愛い。女じゃないのが勿体ないくらいだ。
――って、何を考えているんだ、俺は。俺には涼子がいるのに。
そういえば、湊も涼子が俺のことを憎からず思っているというようなことを言ったことがあるな。
まぁ、涼子と俺じゃ釣り合わないかもしれないけど――。
それにしてもやっぱりなぎさと真雪のことは気になる。真雪には聡、という弟もいたって話だったな。作家だと言うから頭は良いかもしれない。
「なぁ、聡に連絡は取れないか?」
「そうだな――聡を巻き込みたくはないが、非常事態だもんな」
非常事態にしては随分のんびりムードだけれど――。
「それにあいつだったら何らかの結論に導いてくれるかもしれん」
既に弟頼みだけれど。真雪はスマホを取り出して聡とやらに電話した。
「――うん。必ず来てくれよ。それじゃ」
真雪は電話を切った。
「明日来るって。――という訳で今夜はここに泊まらせろ」
「なんつー高飛車な頼み方だ」
「聡が明日ここにいつ来るかわかんねんだよ。俺もいなきゃいけねぇだろ?」
「なぎささんも泊まるの?」
「さぁな――訊いてみっか。なぎさと涼子さんに」
「いいわよ。大勢の方が楽しいものね。今日の夕食の残りがあるから朝ごはんは大丈夫よ」
と、涼子。
結局なぎさもこの鈴村邸に泊まることになった。明日は真雪の弟に会う。鈴村聡か――いい名前だ。いろいろ想像しているうちに俺は眠ってしまった。
2019.07.22
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