すずめのしっぽ 17

「ようこそ、真雪さん、なぎささん」
「よぉ」
「こんばんは」
「何だ? パーティーだなんて呼び出して。急に決まったことなのか?」
「うん、そんなとこ」
 涼子は嬉しそうに笑う。ピンクのエプロンが眩しい。――やましいことなんて考えてないからな。天地神明にかけて考えていないからな。
「まず、これでしのいで」
 涼子が前菜を出す。
「これ、私が作ったの」
 美佳子は得意げに自慢する。
「うん、うめぇ」
「美佳子ちゃん、いいお嫁さんになれるわよ」
「えへへ。だって。――湊」
 美佳子は湊に笑いかけた。湊はふん、とそっぽを向いた。
 湊は美佳子に怯えていたけど、ホントは結構お似合いなのかもな。
「俺、湊達のおかげで昔の記憶はだいぶ思い出したぜ」
 俺は湊に対する助け船のつもりで話題を変えた。
「へぇー。そいつは良かったな。ありがとう、涼子さん、すずめのしっぽ!」
「誰がすずめのしっぽだ!」
「お前なんかすずめのしっぽで充分だよ」
 真雪……俺も同意見だが口にするのは何だか大人げないぞ。
「俺は幸田湊! 『みなと』なら三文字ですむじゃねぇか!」
「わかったわかった、すずめのしっぽ」
「何だよー」
 湊は真雪に向かって指を差した。
「遥。やっぱりこいつら悪いヤツらだな」
 ――オレはつい吹き出してしまった。
「まぁ、冗談はこのくらいにして。……どんなことを思い出した?」
「昔やったゲームとかトランプとか……」
「遊びばっかりだな」
「真雪君。遊びを馬鹿にしてはいけないわ。遊びは脳を活性化させるのよ」
 なぎさが真雪を窘める。
「脳を活性化……?」
 湊が首を傾げる。
「つまり賢くなれるのよ」
「じゃあ、俺は天才だな」
「自分で言うなっての」
 真雪がツッコむ。俺達がじゃれ合っている間に、涼子はメインディッシュの用意をする。
「ビーフ・ストロガノフよ。ポトフは煮込んだ方が美味しいからもうちょっと待っててね」
「旨そうじゃねぇか。しかし、ロシア料理とフランス料理か。ちぐはぐじゃねぇ?」
「すみません……」
「涼子さんが謝ることないわ。――真雪君が一言多いのよ」
 なぎさの言う通りだ。しかし、不思議と悪い気はしない。
「すまねぇな。――うん。旨いぜ。これ」
「ありがとう。今日は子供達もいるからワインはなしね」
「何だ、期待してたのに」
「――真雪君」
 なぎさがじろりと相手を睨む。
「あんまりお酒ばっかり飲まないの。アル中になっても知らないんだから」
「だから冗談だっての」
 なぎさの言葉に真雪は膨れる。この二人、湊と美佳子に似ているような似てないような。
「――大澤君。私達のことは思い出した?」
 うーん、具体的なことはあんまりだけど……。
「何となく、懐かしいような気は、してる」
 俺は途切れがちに言った。なぎさが嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「ほんと?! 嬉しい!」
「遥。良かったわね。いいお友達がいて」
 友達……か。
 まだ実感湧かないけどこいつらとなら友達になってもいいと思う。勿論、湊はもう友達だが」
「ようし、お前らも俺の友達にしてやってもいいぜ。真雪もだ。――俺のことをすずめのしっぽと呼ぶのをやめればな」
「すずめのしっぽ、すずめのしっぽ」
「……てめぇ、わざとだな」
 湊は舌打ちをする。
「私は湊の友達じゃなくて花嫁よね。ハネムーンはどこにする?」
「――お前のそういうところが嫌いだ」
 やぁ、ほんとに苦労してんな、湊。美佳子は美少女だけどちょっと強引だからな。結婚したらかかあ天下になりそうだな。

 食べ終わった後、涼子と美佳子は食器を洗っている。食器洗い器もあるけど二人とも自分の手で食器洗う方が好きみたいだ。
 まぁ、気持ちはわかる。単純作業って気持ちが落ち着くよな。
「真雪、ちょっと話したいことがあるんだけど」
「おう、何でも聞くぜ」
「桜井博士のことだけど――」
 真雪は湊の方のちらっと見た。
「ちょっと――ここでない方がいいな」
「何か思い出したか、遥」
「大人の時間だ。ガキはねんねしてな」
「何だよ。真雪のホモ! 遥、襲われないように気をつけな。――あ、真雪が襲い受なのか?」
「ったく、近頃のガキと来たら……そんな言葉どこで覚えてくんだよ」
「同人誌。それからネット」
「マジ顔で返すんじゃねぇ。――ったく」
 真雪は焦げ茶の巻き毛をくしゃくしゃにした。
「子供が平気で同人誌を買える世の中は変えた方がいいな。ネットも制限した方がいい」
「それは――でも、言論の自由というものがあるぜ」
「おっ、遥、言論の自由なんて思い出したのか?」
 ――真雪ってば密かに俺のこと馬鹿にしてない?
「まぁ、それだけでも収穫かもな。湊――やっぱ気が変わったからお前も入っていいぜ」
「うん! わかった! ありがと真雪!」
「言っとくが3Pじゃねぇからな」
「3Pって何?」
 湊が質問した。真雪がコホン、と咳払いをした。
「――スリーポイントシュートのことだ」
「なぁんだ。バスケか。そういえば、『黒子のバスケ』って前にクラスでも流行ってたんだぜ」
 ……ごめん。湊。俺、思い出さなくてもいいことまで思い出した。でも、お前に真相は教えられん。
「俺なー、緑間好きなんだよ」
 ……尚更教えらんなくなった。
「敦子も緑間好きだって」
「敦子? 誰だそれ」
「遥には話しただろ。ドッジでいつも狙われてた女子だよ。話すと結構気が合ってさ」
 湊の頬が紅潮している。ははぁん。敦子という女が湊の本命か。
 ――何だかこっちを見ている美佳子の視線が突き刺さってくるような気がする。気のせいか? 湊は感じないのだろうか――。

2019.07.12

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