すずめのしっぽ 16

「るんるんる~ん♪」
 涼子は機嫌良く歌っている。俺は面白くなかった。
「ご機嫌ね。涼子お姉ちゃま」
「あらそう?」
 涼子は美佳子に今嬉しいんだということを隠さない。
「ご機嫌斜めのヤツもいるけど」
 湊は俺を指差した。だって考えてもみろよ。その記憶もないのに『お前は犯罪者だ』と言われてもみろよ。記憶がないのが助けだけど――凹むぜ。
「遥、具合悪いの?」
 涼子が俺の顔を覗き込む。うう、何て穢れのない顔をしてるんだ。真雪やなぎさが気に入るのもわかるぜ。この人は、俺を信じてくれてる。
 俺はエンジニアらしいからその伝でいけば性犯罪は犯してないと思うんだが……うう……。
 あんまり無防備だと襲われても知らんぞ……。
「よぉし! 今日はご馳走作っちゃうぞ!」
「姉ちゃんの作れるご馳走なんてポトフぐらいだろ?」
「ポトフもいいけど、今日はビーフ・ストロガノフも食べたいな。両方作るわね」
 さぁ、買い物行くわよ、と涼子はおしゃれなスーパーに向かう。
「俺、先に帰ってる」
「あ、私は涼子お姉ちゃまの手伝いをするわ。お姉ちゃま一緒に行こ」
「俺達待ってる。男同士の話もしたいし」と湊。
 涼子と美佳子は手を繋いで店に入った。俺は湊と二人きりで待っている。
「…………」
「…………」
 気まずい。涼子達に続いて店に入ってもいいけど――。話があるんじゃなかったっけ? 湊。
「あんなぁ、遥……」
 湊が口火を切った。
「何だぁ? 湊」
「俺、お前が悪人だとはどうしても思えねんだよ」
 奇遇だな、俺もだ――なんて自分で言うセリフじゃねぇよな。
「やっぱ、桜井若葉ってヤツに騙されたんじゃねぇの? お前お人好しっぽいから」
「桜井博士は騙したりなんかしない!」
「怒んなって。記憶がないのにどうしてわかるんだ?」
「それは……」
 俺は口を噤んだ。どうして桜井博士――桜井若葉が悪いヤツじゃないと信じてるんだろう。俺は。もう少しで星間戦争の戦犯になる筈だった男なのに――俺もだけど。確かそんな話だった。
「遥がそう言うんならそうなんだろうな」
 湊は一応納得したらしかった。
「俺の言うこと、信じてくれるのか?」
「え? 信じるよ。だってお前、俺の友達だもん」
 湊!
「ありがとう、湊。ありがとう」
 俺は湊に抱き着いた。
 そうだ――俺がこの星に来て行き倒れになった時からこいつはいた。涼子にも会わせてくれた。
 俺は少し泣いてしまった
「離せぇ、男に抱き着かれて喜ぶシュミはねぇー!」
 湊はじたばたと足掻いたが、やがて大人しくなった。
「まぁ、その、何だ? 出会ったヤツが悪かったんだよ。そうだろ? 遥」
 湊が俺の肩をぽんぽんと叩く。湊が俺より大人になった気がした。――俺は笑おうと試みる。湊のすずめのしっぽがちらりと覗く。
「俺にだって満更悪い出会いばかりがある訳じゃないぜ。なぎさや真雪みたいなヤツらもいるだろ? それに、お前らとも会えた」
「なぎさと真雪かぁ……いいヤツかどうかよくわからないじゃねぇか。まぁ、悪いヤツでもなさそうだけど」
「真雪とは仲良かったじゃねぇか。お前」
「そうかぁ? ま、何か似たモンは感じてるけどよ」
「あいつもきっと湊みたいな子供だったんだぜ。昔は」
「それはちょっと複雑だな~……それより気が済んだならもう離れろよ」
「――と、わりぃ」
 俺は湊から離れる。そして涙の残滓を指で拭った。

「……来ねぇな、あいつら」
 湊がそう言った時、店の自動扉が開き涼子と美佳子が現れた。荷物袋もパンパンだ。
「――待たせてごめんね。いっぱい買っちゃった」
「今日はお料理たぁくさん出るからね~」
「俺、持つの手伝うよ」
「ありがとう」
 俺は涼子の荷物を引き受ける。涼子が一番大変そうだったからだ。湊も不承不承と言った体で美佳子を助けている。その為、涼子はバッグだけ。美佳子も手ぶらに近い。ありがと、と可愛い少女にほっぺにキスされ湊は危うく袋を落っことしそうになった。ちょっと買い過ぎちゃったかしら、と、涼子が独り言ちる。
「そうだ! 夕食に真雪となぎさもよぼうぜ」
「湊……お前真雪となぎさに対しても懐疑的だったじゃねぇか」
「だからだよ。あいつらが本当に正義の味方かどうか見極めるんだ」
「一応いいヤツらだとは思うぜ。俺は」
「そう言えば私はフリーパスだったわね。――連絡してみるわ」
 俺達は『Long time』から帰る前に連絡先を交換し合っていたのだ。
「私も賛成だわ」
「美佳子も来んのかよ」
「あら、湊ったら。何の為に買い物したと思ってるのよ」
「私は別に構わないわよ」
「やったぁ、お姉ちゃま大好き!」
 美佳子が涼子に抱き着く。こうしてみると微笑ましい光景なんだけど、俺が湊にやったのはショタコン男が可愛い少年に過度なスキンシップを求めてる図にも見えるんだろうな、人によっては。今は美佳子が涼子に抱き着いているけれど、その反対でも可愛らしい絵になるんだろうな。
 くそっ! 女はトクだぜ! 何やったって絵になるんだから!
 涼子がスマホをバッグから取り出した。
「あ、真雪さん? 私達、今日ホームパーティーするんだけど……」
 家族の内輪での食事がパーティーになってるよ。金持ちって怖いね。
「え? あ、楽しみにしてるって? ありがとう。私も楽しみに待ってるわね。それじゃ」
 涼子が電話を切った。
「真雪さんとなぎささん来るって」
 あれ? 涼子ってばいつの間にかファーストネームであいつらを呼んでる。――まぁいいか。
「じゃあ、腕によりをかけて手伝うわね」
「うん。美佳子ちゃん器用だもんね」
「むしろ死角なし?」
 美佳子が楽しそうに笑った。
「万能そうだしな。美佳子ちゃん。いい嫁さんもらったな。湊」
「俺、あんまり多芸多才な女はイヤだな……」
 湊がぼそりと言った。だから美佳子が苦手なのか?
「お前、ドジっ娘は?」
「超好き!」
 湊が嬉しそうに笑った。でもなぁ、湊。夢を壊すようで悪いけど、二次元にいるような可愛いドジっ娘は現実にはいねぇんだぜ。
 ――俺はつまずいて転んだ。
「あーあ、何やってんだよ、遥」
「す……すまん」
 俺自身がドジっ子だったわ……。湊が呆れている。
「大丈夫? 遥。あなたにばかり持たせてごめんね」
「気にしないでくれ。涼子」
 荷物は平気そうだな、よしっ。
 俺達一行は懐かしの幸田家に帰って来た。懐かしの――というほど時間は経っていないが、今日はいろいろなことがあったもんなぁ……。
 手早い涼子と美佳子のおかげで予想以上のスピードで料理ができあがる。真雪となぎさが我が家――というか湊と涼子の家――にやって来た。

2019.06.28

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