すずめのしっぽ 15

「俺は何か悪いことをしたのか?」
 そうだとしたら償わなければ――。
「大澤君は悪くないのよ。悪いのは桜井若葉よ」
「でも、桜井についていったのは遥本人だしなぁ……」
 風見さんは小指で耳の穴をほじり、ふっとごみを吹いた。
「風見さん、冷たいのね」
 なぎさの声に苛立ちのようなものが混じった。苛立ちそのものではないんだけど、何かそれに近い物。
「俺は風見のじいさんの言う通りだと思う」
 真雪が冷酷に言い放った。俺は……一体何をしたのだろうか。そして桜井博士。考えれば考えるほどわからなくなってきた。
「遥、匿ってやるからしばらくこの地球にいろ。そんでそこのすずめのしっぽ達と暮らしてろ」
「誰がすずめのしっぽだよ! この女男!」
 湊が真雪に噛み付いた。
「なにぃ?!」
 真雪が湊の挑発に乗った。
「そんな場合じゃないでしょ? 鈴村さん!」
 美佳子が言うのも最もだ。俺は心の中で美佳子に賛成した。
「私、話がよく見えないんですけど……」
 と、涼子。
「つまり、遥が悪いことと知らず悪いことして、宇宙警察に追われてるからしばらく俺達の家に置いておけ、とこういう訳だ。わかったか? 姉ちゃん」
「さっすが湊。簡潔な説明ありがとう」
 と、美佳子が手放しで湊を褒める。
「いやぁ、それほどでも……」
 湊、照れてる場合じゃないぞ。俺は本当はこわぁい殺人鬼かもしれないのだぞ――可能性の話だけどね。
「わかった。じゃあ、遥は私達の家で暮らしていいのね」
「ああ。というか、是非ともそうして欲しい。命令違反なんだが俺やなぎさは遥のダチなもんでね。でなきゃ上司に突き出すんだが」
「私も協力するぞ」
 と、風見さん。皆の心が温かい。
「でも、何したんだよ。遥」
 湊が訊いてくる。
「う、それがわかれば苦労はないんだけど――何したの? 俺」
 俺は真雪に質問する。
「お前のおかげで星間戦争が始まるところだったんだよ。ま、俺達が食い止めたがな」
「ええっ?! じゃ、俺って戦犯?!」
「――のようなものだ。桜井がA級戦犯なんだが、お前の技術がなかったら俺達手こずることなかったんだからな」
「俺、エンジニアだったの?」
「そうだ。その辺はまだ思い出さないか? まぁ、思い出さない方が幸せかもな。桜井は逃亡したが行方がわからなくてな――まさかパル星まで飛んで行ったとは思わなかったぜ。あそこにいる種族は平和を愛すると聞いたがなぁ……」
「だから、あの星は格好の逃げ場となったのよ。きっと。パル星にはまず殺人事件は起こらないと言うし」
 なぎさが説明する。
「いい星なんだな」
「本当はパル星に押し込めておければ一番良かったんだけどな……地球は原始的過ぎる」
「真雪君! 地球を悪く言わないで! 私達は地球人よ! 地球があったから私達は出会うことができたのよ!」
「なぎさ……」
 真雪となぎさが見つめ合う。
「ラブラブね」
 と、美佳子はこっそり呟いた。
「桜井程度の男じゃパル星を戦闘民族に変えるなんて無理だったろう」
 風見さんが口を挟む。パル星はそんなに高度な文明を持っているのだろうか。
「その通り」
 クロの声がした。
「わっ!」
「ごめんにゃ。遥の心、読んだよ。うん。パル星人は平和を愛する種族。そして、高度な文明を持った星」
「素敵だわ。そんな星があるなんて……」
 美佳子がうっとりしている。涼子が、この紅茶の淹れ方が知りたいわ、とのんびり構えている。――湊が叫んだ。
「姉ちゃん! 宇宙の危機にお茶になんて凝ってる場合じゃねぇだろうが!」
「あら、危機を回避する為に宇宙警察があるんでしょ。それに変にわめきたてるより落ち着いて考えた方がいいアイディアも浮かぶってことよ」
「幸田涼子……是非とも宇宙警察にスカウトしたいぜ」
 真雪はそんなこと言ってるし。
「と、いうわけで、幸田家の諸君、しばらく普通では起きない事件があるかもしれないから覚悟していたまえ。まぁ、何も起こらないかもしれないが。こればっかりは俺にもわからない」
 風見さんが言う。わからない? 何でだ?
 とにかく、俺は涼子を守ると誓ったんだ。ついでに湊のことも守ってやる。美佳子を守ってやるのはまぁ、当たり前として――それは美佳子が子供だからだ。決して俺がロリコンだからじゃないぞ。
「大澤遥は不確定因子だ。湊くん、涼子ちゃん、美佳子ちゃん、少々危険な目に合うかもしれん。まぁ、そうはならないように我々が全力でサポートするがな。君達は普通の暮らしをしたまえ。本当は私は遥を幸田家に預けるのは気が進まないんじゃが、幸田家を離れたら今度は遥が微妙な立場になるでの。遥。この子達を守って点数稼ぎしておけ。そしたら刑罰が軽減されるかもしれんぞ」
 風見さんに言われなくても、俺は幸田家の皆を守ると誓ったばかりだ。
「気に入らないなー、俺ら遥の道具か」
「嫌ならまた別の手でも……」
「遥自身は好きだよ。俺は遥の友達だかんな。姉ちゃんも遥がいた方がいいだろ」
「ええ……そうね……」
 涼子は俺の方をちらっと見て視線を落とした。何だっていうんだろう。
「それに、人生はスリルとサスペンス。そうだろ?」
「おー、やっぱり湊は俺と気が合いそうだな」
「女男に言われたくないね」
「俺だって好きでこんな顔に生まれたわけじゃねぇ! それに、顔で言ったら聡の方がハンサムだぞ!」
「聡って?」
「幸田聡を知らないのか? よし、それじゃ『Satoru ten years old』を読め。まぁ、この世界とは違う話だけどな」
「こんなところで宣伝してどうすんのよ。真雪君。つまりね、聡君は真雪君の弟なわけ」
「聡は作家をやってるんだ。てんで売れねぇけどな」
 そう言って真雪はかかか、と笑う。女性的な外見に反して、真雪は豪胆で口さがない――と言ったら言い過ぎか。
「あ、でも、聡の話、面白いんだぜ。是非読んでくれよ、なぁなぁ」
「なぁ、真雪ってもしかしてブラコン……」
「しーっ、そんなこと言わないの」
 俺が言うのをなぎさが止めるのも虚しく、
「ブラコンね」
 と、美佳子がずばっと指摘した。
「まぁ、作家としてデビューすんのも大変なんだから、デビューするだけ大したもんだ」
 真雪は自分のことではないのに大威張りする。今度賞をもらうらしい。
「いずれ幸田家よりも金持ちになるかもしれないぜ。我が鈴村家はよぉ」
「宇宙警察ってシケてんの? 未だに金持ちになれないんだろ?」
 湊は喧嘩を売ってんだか何だかわからない発言をする。
「今でも充分潤ってるけど、更にだ」
「ふぅん……」
 湊には真雪相手に論争するつもりはないらしい。しかし、やっぱり何となくどことなく真雪は湊に似ている。美佳子はクロの頭を丁寧に撫でている。
「じゃ、これからは俺らの家にも遊びに来ていいからな。湊、涼子、美佳子」
「へぇ、楽しそう」
 湊が合いの手を入れる。
「おっと。ただし、チャイム押しても誰も出なかったらすぐ帰ること」
「はーい」
 湊と美佳子が同時に返事をする。
「そして涼子」
「は、はいっ!」
「できれば俺は君だけはフリーパスにしたい――なぎさに叱られるかな」
「あら、叱らないわよ。涼子さんなら大歓迎よ」

2019.06.16

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