すずめのしっぽ 14

『Long time』は洒落たアンティークショップだった。時計がたくさん置かれている。
「風見さん、風見さん」
「あいよ」
 なぎさに風見と呼ばれた男は返事をする。かなりの年輩だ。でも、眼鏡の奥の目は優しい。この人はいい人なんだろうな、と一目見て思った。
「今日はお客様を連れて来たの」
「おや、可愛いお客さんだね」
「――可愛いって」
 美佳子がえへへ、と笑う。湊も満更悪い気はしないようだった。
「それに……遥も一緒かい」
「え? おじさん俺のことわかるの?」
「君のおじいさんの竜月にはいろんな意味で世話になった。何でも記憶をなくしたそうじゃないか」
「へぇ、もう知れ渡っているんだ」
「しかし、それで悪党桜井と手が切れるならいいと思うんだが」
「風見のじいさん、のんきなこと言ってんじゃねぇよ」
 真雪はかなり苛ついている。
「桜井ってどんな人? 悪い人なの?」
 美佳子が訊く。風見さんが肯定する。
「宇宙を股にかける悪党だよ。マッドサイエンティストでもあるかな」
「あいつのせいで遥の記憶が飛んだんだ」
 真雪が脇から説明する。
「うん。でも、俺は桜井博士に捨てられたから」
「捨てられて良かったと思うぜ。はっきり言って」
「何だかわからないけど、遥も大変だな」
 湊が同情するように言う。
「あ、自己紹介まだだったな。俺、幸田湊って言うんだ。こっちは姉貴の幸田涼子」
「宜しくお願いします」
「幸田美佳子です。湊の従姉妹でフィアンセです」
「違うって言ってるだろうがー!」
 湊の癇癪に、風見のじいさんはくっくっと笑った。なぎさも真雪も口元が笑んでいる。
「愉快な仲間達じゃの。さてと、鏡の国に案内するか。クロ」
「にゃあん?」
 ずるそうな目をした猫が出て来た。鏡から何が出たって俺は驚かないもんね。モニターの向こうから人が出てくるのを見たんだから。
 ――それに、俺はもっと不思議な目にいっぱい会ってきたような気がする。
 クロとも会ったことがあるような気がする。
「クロ」
「なぁに?」
 わっ、喋れたのか――さすがにびっくりした。
「俺はクロとも会ってんだな」
「当たり前だにゃあ」
 うう、記憶がないのが悔やまれる。俺はクロを可愛いと思い、その頭を撫でた。びろうどのような感触がした。
「遥。君は私達の味方にも敵にもなりうる。自分の影響力の大きさをよく考えることだな」
 風見さんの言葉を聞いても、俺はぴんと来なかった。
「多分、桜井の方も遥を一生懸命探していると思うぞ。君が鍵だ」
「俺が鍵……」
「遥さんは普通の人ではないのよ」
 美佳子が言った。俺は至って普通のつもりなんだがなぁ。環境が変なだけで。
「そういえばさ、俺が遥と会った時、遥、なんかぶつぶつ呟いてたな。関係あるかどうかわからんけど」
「言ってごらんなさいよ、湊」
 美佳子が湊を促した。俺も訊いた。
「俺は何と言っていたんだ? 湊」
「えーと、確か……アーレルダンダカリヤサンタラリア……」
「――パル星の言葉だな」
「えーっ、大澤君達、パル星まで行ってたの?!」
 なぎさが驚きの声を出した。
「で、どういう意味なの?」
 美佳子の言葉になぎさは肩を落とした。
「大したことは言ってないわね。ここはどこ? 私はだれ?という意味よ」
 なんつーベタな……。俺自身が言ったこととはいえ……。
「桜井一味がパル星まで出かけていたことがわかっただけでも大きな進歩だわい」
 風見さんは嬉しそうに言った。
「ところで、お茶は飲まないかい?」
「いただきます」
「私は甘い物を食べた後なので……」
 なぎさがお茶を辞す。
「俺もだな」
 真雪が続ける。
「俺は飲むよ。喉乾いてんだ」
 俺が答える。風見さんが出してくれたのは、それは美味しい紅茶だった。なぎさも真雪も勿体ないな。こんな美味しいお茶を飲まないなんて。俺がそう言ったら、
「私達、いつも飲んでるから」
 との答えが返って来た。羨ましい。
「美味しいけど、変わった味がする。美味しいけど」
 湊が飲みながら話した。こいつらも金持ちだからさぞかしいいお茶飲んでるんだろうな。
 でも、俺もこの味、何だか記憶にあるような――。
「何か思い出したかね?」
「――懐かしい味だ」
「そうだな。遥はこのお茶が好きだったんだよ」
 俺、大澤遥という現実の存在と、大澤遥として記憶にある存在とが重なり合おうとしていた。
「あーーーーーーーっ!!!!!」
 俺は叫んだ。力の限り叫んだ。
「なっ、何だよ、遥!」
「遥さん大丈夫?」
 小学生ズに心配されてりゃ世話はない。
「何か……何かとても大きなことを思い出せそうだったんだよ……桜井若葉。あーっ!」
「うるさいからやめろって……」
 湊が窘める。風見さんはクロを膝の上に乗せながら俺の様子を見ていた。クロがゴロゴロと喉を鳴らす。
 桜井若葉……彼はなぎさや真雪の言うようなマッドサイエンティストでもなければ、風見さんの言うような悪党でもない。ただ、袂を分かたなくてはならない出来事が起きただけだ。それはまだ思い出せていないのだが。
「桜井博士は――真雪やなぎさ達の仲間だったんだね」
「――そうだ」
 俺の言葉に風見さんは重々しく頷いた。
「百年に一人の天才と呼ばれた男だ。彼がいなければタイムパトロールは今の形に進歩しなかっただろう」
「あのー……タイムパトロールって、俺達初めて聞いたんだけど……」
 湊がおずおずと挙手する。
「私だって初めてよ」
 と、美佳子。
「桜井さんて昔は偉い人だったんですね」
 涼子はちょっとずれたことをおっとりと口にする。
「彼は裏切り者だ。業績は認めなければならないが」
 風見さんは渋い顔で呟いた。俺はきっと桜井博士についていったんだ――。
「俺達は宇宙警察の者だ。本当なら大澤遥、お前も有罪なんだが、お前は俺の庇護の下にあるから上司も迂闊には手を出せない。奴らはお前の身柄を拘束したくてうずうずしてるんだが」
 真雪が改まった顔で言った。俺が、有罪……? 俺も、もしかして犯罪者だったんだろうか。

2019.05.20

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