すずめのしっぽ 13

 教会の裏手にキリスト教式の墓地がある。へぇー、こんなところがあるんだ。日本じゃあまり見ないような気がしたけど。
 俺達は墓地を訪れて、湊の両親が好きだったという薔薇の花束を置いた。
「やぁ」
 白髪の老人――老人と言ったら失礼かな?――が、俺達に声をかけた。
「堺牧師!」
 湊と美佳子は嬉しそうに堺牧師とやらに飛びつく。
「なんかえらく懐かれてますね」
「ああ――私はこの子達の幼い時から面倒を見てますからね。そういう君達は初めましての方ですね」
「大澤遥です。んで、こっちが俺の知り合いだったという白鳥なぎさと鈴村真雪」
「おい。過去形にすんな。水臭い」
 真雪の綺麗な形の唇から乱暴な言葉が出てくるが気にしない。
「堺友弘です。宜しく」
 堺牧師は人を逸らさぬ笑みを浮かべた。
「あ、そうだ。祈ってもらったら? 遥」
 傍らの涼子が言う。祈って記憶を取り戻してもらおうというのであろう。俺は徐々に記憶を取り戻しつつあったが。
 桜井博士の顔はぼんやりとしか思い出せてないけど。夢の中で、「確かにこの人だ!」と思っても次の瞬間、輪郭すらもあやふやになる程度の人だけど。
 なぎさや真雪にとっては桜井博士は重要な人物みたいだ。悪い方の意味で、だけど。
 俺は、博士のことをほんの少ししか知らない。いや、ほんの少しの記憶だってはっきりしない。
「教会に来ませんか? 美味しいクッキーがありますよ」
 そう言って堺牧師は人の好さそうな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
 クッキーは大好物だ。多分、昔の俺の好みだ。
「姉ちゃん、大学はどしたよ」
「講義はキャンセルしたわ。あまり長く休むと単位あげないよって窘められちゃった。でも、いいんだ。四年で卒業できるとは思ってないから」
「俺が誘ったからか?」
 涼子は湊の言葉に首を横に振った。
「私もお父さんやお母さんに会いたかったの。ちょうどよかったわ」
「涼子お姉ちゃまはお人好しなんだから。せめて自分の人生を好きなように歩んでも罰は当たらないわよ」
 美佳子はこまっしゃくれた顔で言う。そういえば、いくつなんだろう。この子。俺は訊いた。
「美佳子ちゃんていくつ?」
「ナンパ?」
「悪いが子供に興味はない」
「誰が子供よ――湊と同い年よ。小学五年生」
 そうか――それにしても最近の小学生は大人びてんな……。
「堺牧師、どうしてここへ?」
 涼子が訊く。
「私も墓参りに来たんだよ。家内のね」
「へぇー、偶然」
 湊が呟いた。
「私達も行くわ。昭子先生にはお世話になったもの」
「ああ。これも神様のお導きだ。携挙の時一緒になれるよう、祈ろう」
「携挙って?」
 俺は質問した。涼子が携挙のことを説明してくれた。
 何でも、敬虔なクリスチャンは世界が終末を迎える前に天に引き上げられるんだと。確かそんな内容の話だった。涼子は付け足した。
「――まぁ、私は信じていないんだけど」
 堂々とそんなことを言っても、堺牧師はにこにこと笑ったままだ。
「いずれわかる時も来ますよ」
 ――と。
 え? でも、携挙? 何か引っかかる。気のせいかもしれないけど。
「ねぇ、みんな、早く教会行きましょ?」
 美佳子がスカートを翻す。
「あ、ああ……そうだな」
 湊も追いかける。
 教会――。そこは厳かな雰囲気に満ち満ちている。と、思ってたんだけど。
「湊、それちょうだい!」
「やぁだよ。早い者勝ちだもんね」
 結構賑やか、というか煩かった。花園教会はアットホームな雰囲気の教会だった。ステンドグラスを通して届く光が眩しい。湊達がいなければ美しさに酔い浸っているところだ。
「遥お兄さんもクッキー食べる?」
 俺はそう言った美佳子に笑いかけた。
「もらうよ。気を使ってくれてありがとう」
「やーん。遥お兄さんも魅力的。でも、私は湊一筋だから……」
「この際乗り換えてもいいんだぜ。あ、でも、遥には姉ちゃんがいるからなぁ……」
「やだ、湊ったら……」
 涼子が恥ずかしそうに俯く。満更でもなさそうだと思うのは俺の自惚れかな?
「遥さんと涼子お姉ちゃまはとってもお似合いだと思うよ。ね、そうでしょ? 湊」
「え……あ、うん」
 湊はクッキーを頬張る。
「湊ー。そんなに焦んなくてもクッキーだったらまだあるわよ」
「ぼやぼやしてるとお前に取られるんだ!」
 そんな美佳子と湊のやり取りをなぎさと真雪が楽しそうに見つめている。真雪など笑いを堪えている。子供の繰り広げる話って、何となく面白いよな。うん、俺、真雪の気持ちわかるよ。
「でも、本当にいっぱいあるから――」
「じゃあ、お土産にくださらない?」
 美佳子はちゃっかりしている。
「俺もこんなに美味しいクッキーだったら欲しいな」
 湊もそれに乗っかる。まぁ、似てるんだな。この二人。だから反発もするんだろう。あ、反発してるのは湊一人か。
「湊、美佳子。先に帰っててくれ」
「まぁ――私達を邪魔にする気? 真雪お姉様」
 美佳子が言う。真雪のこめかみにぴきっと青筋が浮かんだような気がした。真雪は女に間違われるのが一番我慢がならないらしい。大澤君なら知っていると思うけど、と前置きをしてからなぎさが話してくれた。
 天然パーマのふわふわした髪、長い睫毛、紅い唇――確かに真雪は美人と言ってもよかった。美人と呼ぶのもやめてあげてね――これもなぎさの言ったことだった。
 きっぱりとした男性形の顔、そしてかっこいい――と自分では思ってるんだけど――俺とはやっぱりどこか違う。
 でも、真雪は性格がきつい男だ。真雪の不幸は顔立ちは女なのに、中身は男性――それもかなり剛毅な――というギャップがあるところだ。そこが好きなヤツが好きなんだろうけどねぇ……。俺も真雪は好きだよ。
「じゃあ、俺達が先に帰る。寄るところがあるんだ」
「私達も行っちゃダメ?」
「ダメだ。子供は足手まといだ」
「あら。『Long time』だったら連れて行ってもいいじゃない」
 なぎさが口を挟む。
「しかし――」
「いいわよね。大澤くん」
「え? どんなところだかわかんないけど、いいんじゃね?」
 俺ももふもふとクッキーを頬張る。
「桜井若葉のことも相談したいんだけどな――」
「そんなの後ででいいじゃない」
「あのなぁ、仕事は真面目にやってくれよ。なぎさ。桜井若葉は犯罪人なんだぞ。早く捕まえなければ――」
「それにしては真雪君も遊んでばかりいるじゃない」
「情報収集と言ってくれ」
 なぎさと真雪はその後も言い合いをしていた。
「あの二人、恋人同士?」
 涼子が訊いたので、俺は頷いた。そろそろ言い合いも終わるだろう。
「なんか――喧嘩するほど仲がいいっていうよね」
 まぁねぇ――結局口では真雪はなぎさに敵わなかったみたいだ。俺達は教会を辞すると『Long time』へと向かった。何でも、子供の好きそうなものがたくさんあるらしい。

2019.05.05

次へ→

BACK/HOME