すずめのしっぽ 12

 バーン、と扉が開いた。
「不用心よ湊! 鍵もかけないで!」
 スマホとやらを片手に持った女の子が登場した。湊はガクガクブルブル。
「あら、お客様が来てたの? なら仕方ないわね」
 何が仕方ないんだろう。女の子は一人で勝手にうんうんと納得している。
「なぁ、美佳子ちゃんて……」
「わかるだろ? そいつだよ」
 俺の疑問に湊は不愉快そうに答えた。
「幸田美佳子です。宜しくお願いします」
「あ、ああ……宜しく」
 美佳子が俺達にした挨拶は至極真っ当なものだったが、登場シーンがシーンなだけに、ちょっと毒気を抜かれていた。
 それにしても幸田――ということは父方の従姉妹なんだろうな。
「美佳子ちゃんは湊くんの彼氏?」
 なぎさの問いに、
「そうでーす」
「全然違う!」
 との答え。答えは正反対なのにタイミングがぴったりなところが笑えた。
「何笑ってんだよ遥!」
 湊はおかんむりだ。でも気にしない。
「私達フィアンセよ。ねぇ、湊」
「おまえ、フィアンセという言葉の意味知ってっか?」
「湊ったらずいぶんじゃなーい。これでも湊よりは成績はいいつもりよ」
「うう……」
 おかしいぜ! あの湊がやり込められてる!
 でも、こんな押しかけ女房はちょっと遠慮したいかな。俺には湊の苦労がわかったような気がした。
 他人事だから笑って済ませられるけど、自分のこととなるとねぇ……。
 俺は生涯で初めて自分がモテなくて良かったと思った。こいつはほんとだぜ。
「美佳子……俺達は忙しいんだ。帰ってくれるか?」
「何よぅ。こんなに父兄集めて――湊何かしたんでしょ」
 父兄?! 俺達が父兄!
 なぎさはあんぐり口を開け、真雪は笑いを我慢してるのかぷるぷると肩を震わせていた。
 しかし、衝撃から立ち直ったなぎさは言った。
「あのね、美佳子ちゃん。私達湊くんのお父さんとお母さんのお墓参りに行くの。涼子さんが帰ってきたら」
「――アンタら湊とどんな関係?」
 美佳子が横柄な態度で訊く。
「友達だ」
 俺が返答した。
「こんなうさんくさい大人三人が?」
 美佳子が首を捻る。
「美佳子ちゃん、湊くんととってもお似合いね」
「湊、この女の人いい人ね!」
 なぎさの言葉に美佳子は目をうるうるさせている。湊はぶつぶつ呟いている。
「あー、みんな美佳子の怖さ知らねぇんだ……ここには誰も俺の味方なんかいやしねぇんだ……」
 と言う声が耳に入ってくる。
「美佳子ちゃん可愛いじゃない。どうして困ってるの?」
 なぎさには本気でわからないようだった。
 確かに美佳子は可愛い。ふわふわの長い茶色の髪、色素の薄い緑色の目、口さえきかなければ人形のように思う。――そう、口さえ開かなければ。
 俺は無意識のうちに真雪に目を遣った。真雪も今はちょっと気の毒そうな顔をしていた。湊の気持ちは同性である俺達がわかるのだ。
「ま、いいや。自己紹介。まず俺、大澤遥」
「白鳥なぎさです」
「――鈴村真雪」
 やぁ、皆の個性が溢れる自己紹介でしたね。さぁ、それでは次行ってみよー。
 とことこと美佳子が俺に近寄る。
「遥っていうの? お兄さん」
「そうだけど?」
「その名をつけたのはご両親? いいわね。あなたにぴったりの名前よ。大きく遥かなる存在。あなたはこの世を変える為に生まれてきたのね。勿論、この世に生まれてくる魂はみんなそうだけど」
「美佳子には霊感があるんだ」
 湊がぽつりと呟いた。
「信じねぇだろ?」
「――多分、ずっと昔の俺ならな」
 でも今は。
 モニターから出てくる真雪とか、何だかわかんねぇけどミステリアスな雰囲気を纏っているなぎさとか、俺のことを捨てた桜井博士とか、記憶の一部分を欠損した俺とか――。
 超常現象どんと来い!な体質になっちまったもんで、信じないわけにはいかない。――なぎさが優しい声で美佳子に言った。
「美佳子ちゃんは湊くんのご両親てわかる?」
「うん、わかるわよ。今だって湊は両親に見守られているもの」
「うう……俺、幽霊とかそういうの苦手なの知ってるだろ!」
 と、湊。
「うふふ……守護霊様はほんとはそんなに怖くないんだけどねー」
 ――湊が美佳子を苦手とするわけがこれでまたひとつわかったような気がした。湊も大変だな。
「ねぇ、占いやってかない? 私の占い、よく当たるのよ」
「聖書には占い禁止って書いてあんぜ」
「聖書のどこに載ってたのよ」
「――昔姉ちゃんが言ってたんだよ!」
「湊ってシスコンよね。ねぇ、皆さんそう思うでしょ?」
 俺達は一斉に「うん」と頷いた。湊は舌打ちした。自覚はあるらしい。
「だって仕様がねぇだろ? 弟が姉ちゃんの心配したって。俺達には親はいないんだから」
「頼りになりそうな人ならいっぱいいるじゃない。例えば私とか?」
「え?」
「例えば私とか」
 美佳子はスルーされてもめげない。こういうところは湊に似ている――かもな。
「おまえなんかいなくても、頼りになる大人ならいくらでもいるよ」
「え……」
 美佳子はその場に立ち尽くした。やべぇ……これは泣くんじゃないか?
「でもまぁ、おまえがいると賑やかになるのは確かだな」
「湊……」
 美佳子は、ぱああっと輝くような笑顔を見せた。今の湊の台詞が彼女を褒めたものであるのかどうかはいまいち疑問だが、美佳子にとってはそれでよかったらしい。けれど、美少女の笑顔って眼福だな。俺はロリコンじゃねぇけど。
「じゃあさ、結婚してくれる?」
「それとこれとは話が別だ!」
 でもなんか――微笑ましいじゃん、この二人。
 チャイムが鳴った。涼子かなと思って出てみたら、案の定涼子だった。
「ただいま」
「涼子お姉ちゃま!」
 美佳子は嬉しそうに涼子に抱き着いた。あー羨ましい。俺も湊に羨ましいと言われたことがあるけど、なぎさは彼氏持ちだしな。
「涼子お姉ちゃま、叔父様と叔母様のお墓参り行くんでしょう?」
「ええ、そうよ。ついでに教会寄ってく?」
「わーい。教会大好き!」
 美佳子が万歳をした。俺は言った。
「俺、教会って行ったことないんだけど」
「じゃあ、行ってみる? 好きになるよ、きっと」
 ペースはすっかり美佳子にリードされている。真雪が笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。きっとこいつも楽しんでんだな。湊や美佳子達の会話を。

2019.04.24

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