すずめのしっぽ 11

「湊、ご家族は?」
 真雪が訊く。
「姉ちゃんは学校。お父さんとお母さんは死んだ。――交通事故で」
「それじゃ、俺とおんなじだ」
「え? 鈴村さんも交通事故で家族を?」
「ああ――俺も両親を車の事故で亡くしたからさ」
「そう、俺も俺も」
「その時は俺、子供だったからよくわかんなかったけど、かなりモメたらしいぜ。でも、兄貴がいたからかなり助かったんだ」
「そっか――鈴村さんも大変なんだな」
 へぇ……真雪も両親を事故で亡くしたのか。湊を騙す為の嘘とは思われなかった。何か、腑に落ちる感じ。真雪は本当のことを言っているのがわかる。
 両親を事故で亡くした者同士――これは偶然なんだろうか。
 なぎさの方に目を遣ると、なぎさは哀しそうな目をしていた。
「兄貴がいたから良かったんだよ」
「ん。俺も姉ちゃんがいて良かった」
「お前の姉か……美人なんだろうな」
「うん。美人だよ。俺の姉ちゃんだもん」
 ――湊はちょっとシスコンではないのだろうか。でも、小学生なんだから大学生の姉に頼るのもわかる。それに、涼子は本当に美人で何でもできるし。
「車って、いろんなことが試されるよな。反射神経やら倫理観やら運やら――」
「――ふぅん」
「俺、大人になっても車なんか運転するものかって思ってたよ。そうは言ってらんなくもなったけどさ」
 真雪が言った。今は車社会だ――テレビで今朝やっていた。
「事故に遭ったのは俺達じゃねぇもんなぁ」
「そうだな。親父とお袋はさぞかし辛い思いをして死んでったと思う」
「姉ちゃんはお父さん達は天国にいるって言ってたけど本当かなぁ。あ、俺、教会通ってるんだよ。日曜日に」
「エライじゃん」
 真雪が湊の頭を撫でた。
「親達がクリスチャンだったものでね。俺も姉ちゃんも洗礼受けてるよ」
「洗礼名ってあるの?」
 なぎさが訊いた。
「ないよ。プロテスタントは洗礼名がなくてもいいんだ」
「そうなんだ。初めて知ったわ」
「うちの教会の近くにお父さん達のお墓があるんだよ。教会もここから近いんだ。――いつお父さん達が復活してもいいように、部屋はそのままにしてる」
「復活を信じているのか?」
「わからない。俺、キリスト教のことなんて殆どわかんねぇもん。毎日寝る前には聖書読んでるけど、それだけじゃ身についたことにはならないだろ?」
「子供でもわかるキリスト教の世界とか、そんなもんないの?」
 真雪は物珍しそうに湊に質問する。湊は、
「あるよ」
 と、答えた。
「イエス様の復活とか、自分を愛するように隣人を愛しなさいとか――あ、そうだ」
 湊がこっちを見た。
「遥、俺ね、あの女子、ドッジで狙わなかったよ。それどころかかばってやった」
「そうかそれは偉いな」
「えへへ。皆もそれでそのことについては何も言わなかったし」
「そうかそうか。天国のお父さんお母さんも喜ぶぞ。きっと」
 と、俺は言ってやった。
「んー。でもね、いいことしても、人は生まれながらにして罪を背負っているんだって」
「原罪――というんだっけな」
 真雪が言った。
「そう。原罪。でも、罪があるって言うんなら、地球上になんか誕生させなくたって、天国でのんびりさせて欲しかったよ」
「俺もそう思ったことある」
「そっかー。鈴村さんも俺の仲間だね」
「ああ、仲間だ。だから真雪でいい」
 真雪と湊はがっちり握手した。
「あらあら、すっかり仲良くなって」
 なぎさが微笑んでいる。ああ、そういえばなぎさもいたんだっけ。
「私のこともなぎさでいいわよ。親だと思って存分に甘えてちょうだい」
「うん!」
「なぁ、湊――」
 俺が声をかけた。
「なぁにぃ?」
「昨日さ――いつかお前らの両親の墓参りに行こうって約束したじゃないか」
「ああ、そうだったな」
「行ってみたいんだけど、いいかな」
「うん。真雪となぎさはどうする?」
「――ついて行ってもいいなら、同行させてもらおうかしら」
「これも何かの縁だからな」
 ――なぎさと真雪は湊に向かって笑いかけた。
「姉ちゃんはどうしよ。午後の講義に出るって言ってたな。ま、一応連絡しておくか」
 湊が薄っぺらい何かを取り出した。何か似たようなものを見たことがあるような気がするんだけど……。
「湊、それ、何だ?」
「ああ、これ? スマートフォンだよ。スマホって呼ばれてるけど。今みんな持ってるぜ。ガラケー派のヤツもいるけどな」
「ガラケー?」
「ガラパゴス携帯――って言っても、遥は知らねぇのか」
「ああ。知らない」
「独自の新化を遂げてきた日本の携帯をガラパゴス諸島の生物にたとえて言うんだぜ」
「へぇー……詳しいな」
「へへっ、ちょっとぐぐってみたんだぜ」
「ぐぐる?」
「パソコンなんかで物事を調べること。――遥、本気で今の流行りとか研究しないと乗り遅れんぜ」
「知ってたか? なぎさ、真雪」
「勿論よ」
「まぁ、この時代の風俗はちゃんと調べてから来てるな」
 なぎさも真雪も知ってたか――あー、敗北感。記憶喪失だからしゃーねぇけど。
「電話機能ついてんだぜ。これ。慣れると手放せなくなる。LINEとかも便利だぜー」
 湊が説明する。LINEって何だ?
 俺が考えているのを他所に、湊は涼子に電話し始めた。電話――してるんだよな、あれ。何か薄い板を耳に当ててるようにしか見えんが。
「あ、姉ちゃん。おれおれ、湊。遥やなぎさ達と一緒に墓参り行くんだけど――え? 誰のって、お父さんとお母さんに決まってんじゃん。あ、姉ちゃんも来る? わかった」
 湊がこちらを振り向いた。
「姉ちゃんも来るって」
 そうか。良かったな。湊達の両親。きっと喜んでくれるだろう。でも、講義はどうすんだろ。勉強も大事じゃないか?
 湊と涼子はきっちり俺がサポートします。なぎさと真雪という、まぁ、いろいろ変だけど悪いヤツではなさそうな仲間(?)もいます。どうかご安心ください――。
 音楽が鳴った。湊のスマホから音楽が鳴った。湊が鼻に皺を寄せた。
「どうした? 湊。出ないのか?」
「――出ねぇ」
 真雪の問いに湊は嫌そうな顔をした。
「誰から?」
「美佳子からだよ。俺の従姉妹」
「仲悪いの?」
「いやぁ……ただなぁ……苦手なんだよ。あいつ。いつも俺の都合考えないでスキスキばかり言ってくるしさぁ――」
 ――湊に苦手なヤツがいるなんて知らなかった。

2019.04.04

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