すずめのしっぽ 10

「今から行くのか。わかった」
 途端に俺の腹がぐ~っと鳴った。なぎさと真雪が笑った。俺もつられて笑った。
「そっか。お前まだ昼飯食ってねぇもんな。何か食うか?」
 ――こいつら、変だけどいいヤツだな。
「なぎさの料理は最高なんだぜ」
「やだ……真雪君たら……」
 アツアツだな。見てるこっちが照れちまう。
「なぎさと真雪は付き合ってんだな?」
「まぁな」
「ええ、まぁ……」
 真雪となぎさが答えた。なぎさの言ってた彼氏って、やっぱ真雪のことだったのか……。
「良かったな。幸せになれよ」
「仕事が忙しいから、まだ結婚できそうにないけどね」
「ふぅん、大変なんだ」
「てめーのせいでもあるんだぞ! 大澤遥!」
 真雪がびしっと人差し指を突き付けた。
「え……俺……?」
 どうしよう。心当たりないんだけど……。
「真雪君。大澤君を責めちゃ可哀想よ。大澤君は何にも知らないんだもの」
 ああ、なぎさ、君はいい人だ……。真雪や涼子がいなかったら本気で好きになったかも。
 真雪は苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向いた。
「今日はコロッケね。一応大澤君の分も用意してたんだけど」
「やった! コロッケ大好き!」
 それにしても、用意がいいな。なぎさ。
「お前は何でも良かっただろうが」
 真雪が言う。確かに俺は好き嫌いがないらしい。いや……。
「――納豆はごめんだからな」
「お前、記憶喪失になってもまだ納豆嫌いなのか」
「……まぁね」
「よし、食べたら幸田家に行こう」
 ――なぎさのコロッケは美味しかった。熱くて、衣がサクサクしてて。
「うめぇ! お店のみたいだ!」
「本当? ありがとう」
「真雪は幸せもんだな。こんな料理の上手い人が彼女だなんて」
「あら、真雪君もなかなか上手いのよ」
「時々作ってたからな。でも、なぎさには敵わねぇぜ」
「真雪君……」
 ラブラブいちいちゃが始まった。あー、わかったわかった。お前らの仲のいいのは充分わかったからさ。
「俺なんか、ラーメンとギョーザしか作れないもんな」
 ――あれ? 何でこんな妙なこと思い出したんだ?
「それだけ作れれば立派じゃない」
「だな。一人暮らしもできるぜ。――ま、ラーメンとギョーザだけじゃ飽きるかもしれねぇけどな」
「そしたらコンビニので我慢します」
「最近のコンビニの料理は旨いからな。ま、手料理には敵わないけどな」
 真雪が笑った。
 俺は出された料理を平らげた。
「まだ食べる? 焼き茄子も作れるけど」
 ――なぎさが勧めるのへ、俺が食べたい!と答えたのは言うまでもない。

「後で『Long time』に行くからな。そこで俺の仲間のオヤジが待ってんだ」
 真雪は話が好きな青年らしかった。美形なのにちゃんと男に見える――俺にはな。でも、化粧したら女に化けられそうだ。なぎさも美人だ。
 ――美男美女のカップルか。
 俺もそうなれるといいなぁ。――誰かと。
 その時、涼子の顔が思い浮かんだ。涼子でもいいなぁ。可愛いし、なぎさと同じで料理も得意だし。
 涼子となぎさって、ちょっと似てんなぁ。どこが似てる、と言われたら咄嗟には言葉に詰まるけれど。
 幸田家に着いた。俺がチャイムを押す。
「はーい。あ、遥」
「湊ー。ただいまー。客もいるぞ」
「白鳥さんでしょ? ――そっちの女の人誰?」
「お……女……?」
「真雪君のことよね」
 俺達は笑いを堪えている。真雪が叫んだ。
「いいか! 俺は鈴村真雪! これでも男だ!」
 その後真雪がくっそ!と呟く。真雪君は何度も女の人に間違われたことあるのよ、となぎさが教えてくれた。だ、ダメだ、笑いが止まらねぇ……。
「おい、いつまで笑って……」
 ガチャッと扉が開いた。
「どうぞ。入ってください」
 湊がお茶を淹れている。俺がやろうか、と言ったら、いいから待ってろ、て台所から追い返されちまった。
「はい。鈴村さん、白鳥さん」
「ありがとう」
 二人は優雅にティーを飲む。うーん、絵になるなぁ。
「やっぱ綺麗な人だなぁ。鈴村さんも白鳥さんも」
「綺麗……」
 湊は心から褒めたんだろうが、真雪は複雑らしい。
「あ、気に障った?」
「うん。男が綺麗で何になる、という気持ちはあるな。――ところで、お前の髪型可愛いな」
「そ、そう……?」
 えへへ、と湊が笑う。
「うん。すずめのしっぽみたいだ」
 ブフォッ!
 真雪の台詞に俺は口に含んでいた茶を噴いた。
「んだよ。遥。汚ねぇなぁ」
「俺もすずめのしっぽみてぇだなぁと思ってたからな。その縛った髪」
「どうせすずめのしっぽだよ」
 ――ったく、どいつもこいつも、と湊はぶつぶつ言う。
「おやつでも用意する? 昨日のケーキ、まだ残ってるぜ」
「湊、お客さんに残り物は……」
「そうだな。遥。俺、何か買ってこようか? 姉ちゃんみたいにお菓子作れないからさ」
「気を遣わなくていいよ。湊君」
 真雪が微笑んだ。
「そうよ。湊君はいい子ね」
 そうだろう? なぎさ。湊はいい子だろう?
「俺のことは湊、でいい」
「俺、この紅茶の方が好きだな。お茶請けなんてなくたって充分旨い」
「そうよね。真雪君」
 真雪となぎさは見つめ合ってにっこり笑った。
「おい、ちょっと遥」
 湊が物陰へ俺を引っ張って行く。
「あいつら、デキてんのか?」
 お金持ちのボンボンにしてはぞろっぺぇな口調だが、確かにその通りだ。苦笑いしながら俺は「ああ」と肯定した。

2019.03.25

次へ→

BACK/HOME