おっとどっこい生きている すっかり飼い主馬鹿となったリョウは、腑ぬけのような状態になった。 「ポスター作りも手伝いたいけど、フクの本当の飼い主が見つかったら、返さなきゃいけないんだよな……」 「猫ぐらい、飼ったっていいわよ。別に」 「純也がいるのに、これ以上もうムリだろ。それにな……オレはフクがいいんだ!」 おやおや。駄々っ子のようね。私はくすりと笑いを洩らした。 「何笑ってんだよ。秋野。オレはえみりサンに協力してなおかつフクを手放さずに済む方法を考えてるんだぜ」 「でもさ、ポスター作ったくらいじゃ、反応ないかもよ」 「え……じゃあ、フクはオレがもらっていいのかな……」 「首輪してないでしょ。捨て猫な可能性は充分あるわよ」 リョウと同じにね。私は心の中で密かに呟いた。口には出さない。傷つくの、わかってるから。 でも、リョウは私の心を知ってか知らずか、 「そうかー。フクはオレと同じなんだな……」 と、やけににやけ面して言ったもんだ。これが女のことなら、イヤらしい気もするけど、猫相手なら可愛いもんだ。 「ま、私も、フクの飼い主なんて名乗る人が出てこないことを祈るわ。アンタの為に」 私は、元気づけようと、リョウの肩をぽんと叩いてやった。 「あんがと、秋野」 リョウは泣き笑いをした。なんだか複雑な表情だった。 放課後――『黄金のラズベリー』の推敲を終えた私は、図書室を出て学校から帰ろうとしていた。 廊下で麻生を認めた。 「あ、麻生先輩……」 名前を呼んでみたものの、少々バツが悪くて、私はそのまま通り過ぎようとした。 「秋野!」 麻生が叫んだ。当然、私は振り向く。 「冬美と別れたからな」 「へーえ」 思わず足を止めた。代用品はいらなくなったか。 だが、次のセリフは、私をぶっ飛ばすに足るものだった。 「おまえも桐生と別れて来い」 なッ……冗談……ッ! 私達はとても上手くいってるのに、なんでよッ! いつの間にか、麻生は近くに寄ってきていた。 「なんでよって面してんな」 「当たり前でしょ?!」 「おまえと桐生が別れれば、アンタはフリーになる」 「それがどうしたのよ」 「もしイヤじゃなければ、俺と付き合いな」 「イヤよ。イヤに決まってるでしょ!」 「桐生とおまえが別れれば、しおりも喜ぶだろうなぁ……」 こいつ、人の話全ッ然聞いてない! あまつさえ口笛など吹いて。 「アンタ、溝口先輩のこと、好きじゃなかったの?」 口笛が途切れた。 「妙子は好きだ。でも、おまえも好きだ」 「なんでよッ!」 「知るもんか」 そうして、麻生はまた口笛を吹きながら去って行った。 なんで? なんで麻生が私を好きなの?! だって、麻生家を引っ掻き回した張本人の一人じゃない、私は! 麻生って、強引なタイプが好きなの? ちょっと待ってよ! この話、将人に聞かれたらどうしよう! そうだ。しおりに連絡を。向こうも部活とか終わっているといいんだけど。ともあれ電話しよう。出なかったら留守電にメッセージでも残して。とにかくしおりと話がしたい。私は屋上に向かった。 呼び出し音がしばらく鳴った後、しおりが出た。 「あ。しおりちゃん」 『あー。みどりさん。元気してたー?』 「う……うん、私は元気。でもね……」 『おっ、その様子だと、兄貴、みどりさんに告白したね?』 「な、何で知ってるの?」 『兄貴に聞いたから』 しおりにはこれっぽっちも、悪びれる様子はない。 「でも、妙子さんも好きだって……」 『あー。兄貴はねー。妙子さん美人だから好きだけど、本当はみどりさんのようなのタイプなんだわ』 「私って、どんなタイプなの?」 しばらく間があった。 『んー。これ、言っちゃっていいんだろうか』 「いいよ。早く言って!」 『周りのことなんかお構いなしに、我を貫くところ。多少、というか、結構強引なとこ……兄貴って、かかぁ天下に憧れてるのかもしれない。後……』 「待って! やっぱり聞きたくない!」 『へぇー。みどりさんでも、そうなんだ』 「私、自分に都合の悪いことは、聞かない主義なの!」 『……矛盾してるよ、みどりさん。でも、それが賢明かもね』 うん。私も我ながら矛盾してるとは思うけど。賢明と言ってくれたしおりは、これでも気を使ってくれているのかもしれない。 『気になるけど、きけないってところよね』 「うん、そうなの」 『わかるなぁ……しおりもびっくりしたもんね。「え? 何それ」って。でも、過去を思い返してみれば、ちっとも不自然じゃないのよね』 「しおりちゃん、溝口先輩と麻生先輩はお似合いって言ってなかった?」 『言ったよ。その時はそう思ったし。でもねぇ、みどりさんがお義姉さんになるってのも素敵だな』 「冗談はよして」 『冗談じゃないもん。ほんとの話。それに、桐生さんがしおりのものになるんなら、しおりどっちでもいいよ』 「しおりちゃん。アンタがこんなに利己的な子だとは思わなかったわ」 『利己的か……んー、そうだねぇ。あたし、親よりか兄貴の方に似てるし。兄貴がぐれなきゃ、兄貴べったりになっていたかもよ』 それは……言えるかも。 『でもさ、ムリして別れさせても、桐生さんがしおりのものになるとは限んないんだし……あれ?』 しおりの声が、一旦途切れた。 なんか、電話がぐすぐす言ってるけど……もしかして泣いてるの? 「しおりちゃん? 大丈夫? なんか……」 『あ、勘違いしないでね。花粉症だから』 花粉症? そんな話は聞いたことないけど。まだ付き合い浅いからね。でも、それとは違うだろうと私にもわかった。嘘が下手ね。しおり。 「しおりちゃん。誤魔化さないで……泣いてるのね?」 『しおり、兄貴には溝口さんかみどりさんに付き合ってほしいよ。それはホントなのね』 「うん。わかってる」 『でも、兄貴は両方手に入れたがってるの。それがやなの』 「うんうん」 『今の兄貴じゃ、溝口さんもみどりさんも傷つけるよ……』 「それが、本音なの?」 『うん。兄貴、裏じゃ結構遊んでるから……そういう付き合いしかできないんだよね、だから……』 「だから?」 『しおり、みどりさん怒らせて、兄貴にけしかけようとしたんだけど……ああ、神様、しおりにはとてもできません……覚悟を決めて電話に出たはずなのに、なのに……』 この子は……あの麻生の妹であると同時に、牧師の娘でもあるんだ。私は不意に悟った。しおりは泣いている。泣き声が聞こえる。 「ごめん……しおりちゃん……あたしには将人がいるんだ……先輩にそう伝えておいてくれない? 私の……初恋なの。大事にしたいの」 おっとどっこい生きている 99 BACK/HOME |