おっとどっこい生きている リョウは、メロメロになりながらフクを撫でていた。 フクは、えみりが拾ってきた猫である。 「でしょう。可愛いわよね」 えみりも得意になっている。 「えみりは何でも拾ってくるんだなぁ。リョウのことも拾ってきたし」 雄也が揶揄するように言う。 「あら、いいじゃない」 「悪いとは言ってねぇけどさぁ」 「ていうかさー、俺、犬猫じゃないんだけど」 リョウの抗議はしかし、雄也とえみりはきかなかったようだった。 「この子、オスよ」 「へぇー。見たんだ」 「もちろん」 二人で盛り上がっているのを、リョウは面白くもなさそうに聞いていた。もちろん、フクの頭を優しくさすりながらだけど。 「フクって名前はダサくねぇか?」 兄貴が口を挟む。 「あら。駿ちゃん、アタシのネーミングセンスに文句をつける気?」 「そうじゃないけどさぁ……」 兄貴はぼりぼりと背中を掻く。 「駿ちゃん。そんなところ掻いて、どうしたの?」 「ん。その猫、ノミいるんじゃねぇの?」 「やだ。どうしましょ」 「ノミ取り粉買ってくる?」 リョウが自発的に進み出た。 「いや。まだノミのせいかわからないし」 「あ、そうだ。この猫、洗ってくるね」 「オレがやるよ。えみりさんは、純也の面倒見る仕事があるだろ?」 「あら、そう? 悪いわね、リョウ」 リョウは、すっかりこの新しい小さな住人に参っているようだった。 「さ。おまえはこれからオレと一緒に風呂に入るんだぞ。できるだけ抵抗はしないようにしろよ」 フクは、これから何が起こるか知らないようで、「ニャー」と暢気に鳴いた。 「あ、こいつ、オレの言うことわかるのかな。賢いな」 親馬鹿……というか、飼い主馬鹿炸裂で、リョウが言った。 まぁ、本当の飼い主なんて、誰だかわかりゃしないけれどね。居候達だって、フクの飼い主といえば、飼い主なんだから。拾ってきたのはえみりだし、面倒を見る役は、どうやらリョウに決まりそうだし。 「でも、リョウが動物好きなんて知らなかったわ」 私は、本当に意外だったのだ。 「え? オレ、動物なら何でも好きだよ。秋野、おまえにそのこと言ったことなかったっけ?」 「聞いてない」 「そっか」 リョウは、自分の膝にフクを乗せた。フクは嬉しそうに喉を鳴らした。リョウがフクのこと好きなんだって、わかるんだ。この猫は。 「オヤジもオフクロも、ペット飼ってくれたことなかったしさぁ」 「それは、動物が死ぬ悲しさを味わわせたくなかったからじゃないの?」 「そんなタマかよ。あいつらがよぉ」 リョウが伸びをしながら言った。フクはちょこんと落ち着いている。 ふぅん。リョウが、家族のことを話してる。姉や兄もいるみたいだけど、滅多に話聞かないし。あ、朝、ちょこっとおばあちゃんのこと話題にしたけど。 どんな状況で育ってきたのかな。 私は、リョウの家族のことはあまり知らないが、それでも、彼が大変なところをくぐってきたのは想像がつく。 いつか、話してくれるだろうか。酒の肴でもつまみながら。私達はまだ未成年だから、大人になってからだろうけど。 その時は、リョウも、心の整理はついているだろうから。笑い話として話してくれるといいな。 なんたって、私達は、友達なんだから。そう思っているのは私だけかもしんないけど。 私は、恵まれている方かもしれない。彼に比べると。優越感とかからではなく、心の底からそう思う。 兄貴は一度、リョウの両親と話をしたことがあったらしい。――そちらに任せる、とのことだった。 「オレ、捨てられたんだよぉ」 その日、笑って酒を飲みながら、リョウは言っていた。 私は、いつもだったら「未成年のくせに酒なんて!」と怒るところだが、なんかリョウが気の毒になって、好きにさせておいた。 捨てられた。そうかもしれない。だから、私達がリョウを拾う。『捨てる神あれば拾う神あり』って言うもんね。 だから、フクのことは、リョウにとっても他人事ではないのかもしれない。同じような境遇なのだから。 フクが猫だから、というより、リョウはフクに同調してしまったのだろう。 「あ、そうだ。風呂だったな。駿サン、オレ達先に入っていい?」 「ノミは残すなよ」 兄貴が釘をさす。 「わかってますって」 リョウは嬉しそうにフクを連れてリビングを出て行った。 兄貴は、私の隣に座った。 「どうした? 気になるか?」 「え? どういうこと?」 「リョウとフクのことだよ。あいつら、仲良くなれそうじゃん」 「拾ってきたのはアタシなのにー」 えみりが河豚のように膨れる。 「まぁ、こればっかりは相性だからな。フクが来てくれて、俺、ほっとしてるんだ」 「あ。やっぱり?」 「やっぱりって……じゃあ、おまえもリョウのことは気になってたんだな」 「まぁね。クラスメートだし」 「でもな――フクが来たことで、変わると思うんだ、俺」 「僕もそう思うな」 哲郎が入ってきた。 「哲郎、いないと思ってたら、どこで何してたんだ?」 兄貴が訊くと、哲郎はくしゃっと笑った。 「やだなぁ。勉強してたんだよ。今、水を飲みに来たとこ」 「何だよ。俺の話、聞いてたのか?」 「ん、まぁ……」 哲郎、いたずらが見つかった子供のようだ、と私は思った。 「兄貴、声大きいんだもん」 私がフォローに回る。 「哲郎、哲郎も、フクのこと、よろしくな」 「わかった。僕も猫好きだからね」 この家には、猫が嫌いな人はいないらしい。私はほっとした。 純也のことがちょっと気にはなるけど……。 「ねぇ、純也くん、大丈夫? アレルギーとか……」 私は渡辺夫妻に問うてみた。 「え? 大丈夫だろ?」 「そんなひ弱な子、産んだ覚えはないわよ」 そうだね……純也くんは健康優良児だしね。しかも、親に似ず、いい子だし。――もちろん、そう思ったことは、二人には内緒だけど。 「ニャーッ!」と、悲鳴じみた声が届いた。フクだな……。リョウも動物好きとは言っても、お風呂の使わせ方は知らなかったに違いない。 それとも、フクが風呂嫌いなだけか……兄貴が「俺、行って来る」と言い置いて、風呂場に走った。えみりと雄也も後に続いた。 でも、私は行くわけにはいかない。これでも、まだウブな女子高生なんだ。全裸の男と猫なんて、見たくない。 哲郎は、台所に向かった。水を飲みに行ったらしい。まぁ、あんまり大勢で押し掛けるのもあれだと思ったんだろうな。 でも、リョウ達の苦労の甲斐あって、風呂から上がった後、ドライヤーで乾かされたフクの毛皮はつやつやになっていた。気分も直ったらしく、「ナー」と、リョウに甘えかかっている。 この二人――いや、この一人と一匹、うまくいくかもしれない。良かった。 おっとどっこい生きている 97 BACK/HOME |