おっとどっこい生きている 私は溝口先輩に向かってアイコンタクトをした。 「じゃあ、私も行く」 何っ?! 溝口先輩まで! 「みどりさんは帰ってもいいわよ」 溝口先輩……止めてくれると思ったのに……。 「ご家族が心配してらっしゃるでしょう?」 溝口先輩が更に言った。 家族……家族ねぇ……兄貴の他は、みんな居候だし。それに―― (兄貴は私に似た女と寝たんだ) その想いが突きあげてくると、私の心には嫌悪感みたいなものが生まれた。今は……帰りたくないかも。兄貴と顔を合わせたくない。 兄貴は、私や哲郎(この人は童貞だ)みたいに、清らかじゃない。 私は、溝口先輩としおりの顔を交互に見た。 いいわ、こうなったらとことんしおり達に付き合ってあげる。 「私もついていくわ」 堂々と宣言した。 「でもちょっと待って。電話するから」 あんな兄貴でも、心配させるわけにはいかない。一応携帯を持って来た。しおりからまたメールが来るかもと思って。 呼び出し音が鳴って、受話器を取る気配がした。 「はい、秋野ですが」 兄貴の声だ。 「あ、兄貴……帰りちょっと遅くなる」 「え? みどり、それってどういう――」 みなまで言わせず、切ってしまった。 「でも、いいの? みどりさん、溝口さん、本当に――」 しおりがすまなそうな顔をする。 「いいって言ってるでしょう?!」 私は、思わず声を荒げてしまった。 「今のしおりちゃんを、放っておくわけにはいかないわ」 溝口先輩も言った。 「まぁ、何年もこの教会に来なかった私のセリフじゃないけど」 そう、言い足して。ああ、本当に、溝口先輩はいい人だなぁ……。 「じゃあ、行こう。エイエイオー!」 しおりは、なんだか気合いが入っている。 「お父さん、出かけてくるよ。みどりさんも溝口さんも一緒だから」 「そうか――あまりご迷惑かけるんじゃないぞ」 うーん。人様の家庭に立ち入ってはなんだけど、やっぱり麻生牧師は、子供に甘いんじゃないかしら。父親失格とは思わないけど。 たった一言で許すなんて――どこへ行くかも尋ねずに……。 うちの親は一見甘かったけど、門限には厳しかったな。遅くなる時は連絡入れろって、口酸っぱくなるほど言ってたっけ。 門限は八時。兄貴よりも厳格だった。――兄貴のことは忘れよう。 とにかく、私はしおり達と、この近くの繁華街へと繰り出したのだった。遊びではなく、麻生清彦を捜しに。 自転車は、ちょっと迷った末、教会の駐車場に置いて行った。動くなら身軽な方がいい。 街は、混雑していた。 人々のざわめき、車の音。自転車で通り過ぎる人。 賑やかだけど、怪しいところは何もない。 そんな事実に、少しほっとした。 こんな時間にこの街に来ることは、あまりない。 「夜の街って、ドキドキするね」 しおりが、わくわくを抑えきれないように言った。 「しおりちゃん、麻生くんを見つけたら、すぐ帰るのよ」 「……はぁーい」 「それにしても、どこら辺にいるのかしら」 私が訊いた。 「それがわかっていれば、苦労はないよ……」 その時、どんっと人にぶつかった。 「あっ、ごめんなさ……って、由香里?」 「秋野さん!」 な、何?! やる気?! 私は少々身構えた。 「みどりさん、知り合い?」 「クラスメートよ」 「秋野さん……お願い、私がここにいることは誰にも言わないで!」 へぇ、珍しい。由香里が私に頼み込むなんて。 それに――私と将人を隠し撮りしたのは、この人じゃなかったっけ? ――ああ、あれは加奈か。 でも、由香里も一枚噛んでいたんだよね……それなのに、虫が良すぎるとは、思わないでもなかったけど。 今は、由香里どころではない。 「いいわ。何があったか知らないけど、黙っててあげる」 「恩に着るわ」 そう言って、由香里はいそいそとその場を離れた。 訳ありみたいね。いいわ。こっちも訳ありなんだから。 しかし、こんな時間にうろついている私のこと、どう思ったかしら。しおりはともかく、溝口先輩も一緒だし。抜き打ちの取り締まりかと勘違いしたかしら。その場合は、先生が一緒だろうけど。 考えたって仕方がない。今は、麻生の馬鹿野郎を捜すことが大事。私達は歩いた。 「ねぇ、しおりちゃん。食堂とか……カラオケボックスに入っていたら、麻生くんつかまらないかもよ」 溝口先輩が尤もなことを言う。 「その時は――諦めるよ」 しおりが爪を噛んだ。癖らしい。 「しおりちゃん。爪を噛んじゃいけないわ」 あ、私のセリフ、溝口先輩に取られた……。しおりは気がついて、すぐにやめた。 私達は運が良かったのか――。 腕を組んで歩いている麻生と女生徒を目撃した。女の方は知らない。だが、他校の制服を着ていた。 (あの制服――城陽?) 「どうしたの? みどりさん。――あ」 しおりも気がついたようだった。 「麻生くん……」 溝口先輩も呆然としている。 「兄貴!」 しおりが、麻生を呼び止めた。気がついた麻生が、びっくりしたようにこっちを見ている。 「しおり! 秋野――それに妙子!」 そうか――麻生は、溝口先輩のこと、妙子って呼んでるんだ……なんて、そんなことで感心してる場合ではない! 「なぁにぃ。知り合い?」 「ああ……ちょっとな」 「あの美人な人、本命の彼女?」 「いや、違う……」 麻生は、こんな時だと言うのに、苦笑いしている。 「そっちの人も可愛いけど、この美人に比べると、一格落ちるわね」 城陽の女生徒は、私を指差した。 な……何よ、失礼ね! 「兄貴、帰ろう。パパが心配してるよ。溝口さんも、兄貴が気になってここに来たんだよ」 麻生は、何か言いたそうだったが、でも何も言わずに俯いていた。 おっとどっこい生きている 91 BACK/HOME |