おっとどっこい生きている 「ふーっ」 部屋で一息吐いて、これから勉強か小説書きでもやろうかって時に、リョウが現われた。 「秋野。――話があるんだけど」 「なぁにぃ?」 私は、自分でも間の抜けた声だな、という感じで応対した。 リョウと私は、男と女だが、友達っぽい、気楽な関係だ。それは、時として心をほっとさせる。 私には将人というれっきとした彼がいるし、リョウは、えみりさんのようなタイプが好きだし。 「桐生サンのことなんだけど――」 将人のことも頭の中に浮かんでいたので、私は思わず、(こいつはエスパーか?)なんて非科学的なことを考える。 だが、創作活動の時はともかく、私はあまりそういう超能力とかは信じない方である。 「あの人、ヤバくね?」 え? ヤバいって? 将人が? 「どういうことよ」 私もつい、口を尖らせる。 「なんというかさー……昨日、雨ん中来た時、オレ、そこまでしなくてもいいのになーと思ったんだよ。なんか、怖いもん感じなくねぇ?」 「別に……」 「無事を確かめ合うのだったら、電話でもいいじゃん。それをわざわざ秋野の自宅まで来てさぁ……ちょっとこいつ、ヤバいな、と思ったんだよ。おまえら両思いだからいいけど、あそこまで行くとストーカーっぽいぜ」 「そんなことないってばー」 私は笑おうとした。が、笑えなかった。 実は、私も心の底で、感じていたことだったから。 今はいい。今は――私達上手くいってるから。でも、一旦こじれると面倒そうだなとは思った。 まぁ、私も将人と別れる気ないから、杞憂ってもんかもしれないけどね。 「しおりは? 桐生サンのこと、なんか言ってた?」 「なんでそこでしおりちゃんが出てくるわけ?」 「いや、しおりって、桐生サンのこと好きみたいだから。コトバとか、態度でわかるよ」 そうねぇ……まぁ、しおりも、隠しはしないからねぇ。 「オレさぁ、ちょっとはアンタのこと、好きなんだぜ。レンアイとかじゃなくてさ――姐御、みたいな感じで」 「だから、忠告に来たってわけ?」 「ピンポンピンポン」 リョウは口でそう言った。 「だからさ――あんなヤツ、しおりにやっちゃえよ」 「やだ」 「なんで」 「私、誰が何と言おうと、将人のことが好きだから!」 絶対絶対、好きだから! それなのに、うちの男連中は、どうして、将人とのことにやいのやいの口挟むわけ? 「しおりちゃん、モテるんだから。将人のことだって、一種の熱病でしょ?」 「オレ、アンタも同類って感じがしないでもないんだけど」 「ほー。同類なんてよく知ってたわねぇ。えらいえらい」 「あのなぁ……こうやって茶化されるんだったら、ほっといた方がよかったぜ」 リョウがべぇと舌を出した。 「そうだなぁ……もし、もしだよ。綿貫が雨の中、この家に訪ねてきたらどうする? 雷も鳴ってる中でだよ」 私は、そのことを想像してみた。そしたら、ぶるりと寒気がしてきた。 「わ……悪かったわ、リョウ。アンタの言うことも、一理はありそうね」 「まぁ、綿貫はそんなことしないだろうけどさ」 だったら、比較の対象にしないでよ。失礼でしょうが、わだぬきに。 まぁ、将人にはもっと失礼なことを私達は話しているんだけどね。 「あ、えみりサンが呼んでたよ」 「えみりが? 何だろ」 「アンタがえみりサンと話す前に……一応オレの考えも話しておこうと思ったんだけど……あんまり待たせると怒られるかな」 「えみりはそこまで四角四面の人ではないわよ」 「だよな! えみりサンて、ホントに、大人の女性って感じだよな! 色っぽくて、華奢だけど、胸はあるし、性格も好みだし……」 「ちょっと……アンタがヤバくなってない?」 「オレは、雄也サンがいるから、あの人に平気でアコガレることができるんだ。今に別の、うーんと美人で優しいオンナと付き合うことが夢だし……」 「アンタの夢まで聞いてないわよ」 「だからさ、おまえら、急がなくったっていいよ」 全然急いでない。むしろ、遅いぐらいよ。キスもまだだもん。私と将人。 でも、アコガレ、という言葉をリョウが発した時、私は、胸にズキーンと来た。 アコガレ……。 私はもしかして、何も知らず将人に憧れていた時が、一番幸せだったのではないだろうか。 そんなこと、ないよね……やだ。なんか、自分に言い聞かせるようになってる。 あの時の私は、恋に恋していただけだったし、将人は充分優しかった。 「さ、行けよ。えみりサンところへ。ひきとめてわるかったな」 リョウが、慈しむように微笑んだ。 「えみりサン、入りますよー」 「どうぞー」 えみりは純也を抱っこしている。雄也もいた。 「みどり――哲と駿に告白されただろ」 単刀直入に雄也が訊く。 そういえば、こんな話を雄也とするのは、滅多にない……どころか、記憶にない。 「どうして知ってるのぉ?!」と驚いてみせた方がいいんだろうか。だが、そんな気は、私にはまるでなかった。 「さっき、哲と駿が来てさ――おまえに告白したこと、オレ達に言ったんだよ」 「へーえ。それで?」 「哲はさ、本気でおまえのこと好きだって。奈々花にも話すって」 「それをアンタに言うの? ちょっとズレてない?」 「まぁ、哲はああいうヤツだから」 それって、答えになってない。 奈々花をふる、っていうのも許せないし。 「そう。――で、兄貴は何と言ったの?」 「『みどりには、幸せになってもらいたい』って。やっぱり恋だったんだな。あいつなりの」 私の頬が、熱を帯びた。体の芯から、熱くなった。 血の繋がった存在に恋されるのって、改めて認識すると、結構恥ずかしいというか、こそばゆいというか……。 「ねぇ、みどり」 えみりが口を挟んだ。 「あのね、駿ちゃんね、前に付き合っていた子もいたんだけど――それが、みどりそっくりの子だったの」 「へぇー……」 いいじゃない。それで。何か私に関係でもある? 私には、兄貴の恋に口出しすることなんかできないんだからさ。 「一緒に寝た時さ、みどりを抱いてるようで、妙な気分だったって」 私こそ、こんな話聞かされて妙な気分よ。明日からどんな顔して兄貴に会えばいいの? そこで、私ははた、と気付いた。 哲郎さんに好意を示された時は、そんなに驚かなかったのに、この話聞いて、私は少なからず動揺している。 私は、兄貴の性的対象になっていたってこと? ああ。昨日、兄貴は、あだやおろそかにあんなことを言ったのではなかったのだ。今頃になって、その重みに気がついた。 「雄也……みどりはまだ高校生なんだから」 「もう高校生だろ? オレ、高校の時からヤッてたぜ。女と」 「そういう話じゃないのよ。みどりはアタシ達と違うのよ。実の兄に女として見られてたってこと知ったら、アタシだって、ショックだわよ」 えみりが私の気持ちを代弁してくれる。 兄貴って、本当に本当に私に対しては紳士だったのね。手を出さないでくれて、助かったわ。でないと私、一生立ち直れなかったと思う。 おっとどっこい生きている 85 BACK/HOME |