おっとどっこい生きている
83
 今朝もいつもと同じ時間に起きると、つねさんが既にいた。
 今日は洋服を着ている。結構似合っている。
「つねさん。もう少しゆっくりしていても良かったのに」
「年寄りは朝が早いんですよ」
 そう言って笑った。
「あなたこそ早いじゃありませんか」
 つねさんの言葉に、
「掃除をしようと思いまして」
 と答えた。
「だったら、私も手伝いますよ」
「え、でも……」
 つねさんはお客さんなんだから――そう言いかけたが、遮られた。
「いいんですよ。私にだって働かせてください」
「そうですか」
 せっかくの申し出なので、掃除と料理を手伝ってもらうことにした。

 朝食を食べた後、ちょっとした揉め事が起こった。
 哲郎としおりの間でである。
「だから、みどりくん達は聖栄教会に行かなきゃだめなんだ」
「どうしてうちの教会じゃだめなの?」
「みどりくん達の母教会は聖栄教会だからさ」
「そんなこと誰が決めたのよ。それに、哲郎さんだってうちに来たことあるくせに!」
「あれは特例だよ!」
 あー、朝っぱらからぎゃあぎゃあうるさい!
「みどりくん、僕達の教会に行くよね!」
「私のとこよね!」
 二人に絡まれて、私は少々困った。
「――じゃんけんで決めない?」
「冗談じゃない!」
 哲郎が叫んだ。
「信仰の問題を、じゃんけんで誤魔化す気かい?」
「いや、そんなつもりはないんだけど……」
「だいたい、奈々花くん達だって来るじゃないか」
 あ、そうだ。奈々花達も来ているんだった。哲郎の通っている教会には。
「オレはどっちでもいいんだけど」
 リョウは頭をがしがし掻きながら言った。
「どっちでもいいなんてことはない!」
 哲郎は苛々しているようだった。
「――わかった」
 しおりが低い声で言った。
「私も聖栄教会に行く。それでいいでしょ?」
「いいのかい?」
 哲郎は、些か拍子抜けしたようだった。
「だって、聖栄教会には、小さい頃ずいぶん遊びに行ったし」
「けどねぇ」
「岩野牧師には、よく可愛がってもらってたわ」
「――そうかい。まぁ、それだったら……」
 と、哲郎は渋々ながら、という感じで認めた。

「やぁ、しおりちゃん。久しぶりだね」
「おはようございます。岩野牧師。御無沙汰していてすみません」
 しおりが頭を下げた。
「お兄さんは元気かい?」
「おかげ様で」
 私は、その会話を後目に、マーシャを構っていた。
 リョウは、ギターを弾いている。ピアノを弾いている、フィリップさんと一緒に演奏していた。
 なかなかいい線行っている。というか、水準以上だ。
 ギターの手を止めたリョウに、フィリップはピアノから離れて、彼の肩を抱く。
「Good!」
 と、フィリップは言った。
 リョウは、お返しに、
「どうも」
 と応えた。
 奈々花達も来ている。奈々花は、自分で教会に来るようになった。今日子や美和や友子達も、めいめい集まってくる。
「ねぇ、みどりちゃん」
 奈々花は、私の隣にするりと来て耳元で囁いた。
「しおりちゃん、哲郎さんを取る気じゃないわよね」
 私は思わず笑い出しそうになった。しおり本人が後ろにいるというのに。
 しおりと哲郎は、今は反目し合っている。
 それに――私はゆうべのことを思い出した。
 哲郎は、奈々花と別れるようなことをほのめかした。
 なんでよ! 奈々花はいい子なのに、何で哲郎なんかにふられなきゃいけないのよ!
 それに、私が将人と別れたら、自分が付き合うと言った。
 もう! 勝手なんだから!
「みどりちゃん?」
「みどり?」
 奈々花とマーシャが同時に私に呼び掛けた。
「あ……ごめん。考え事してた」
「大丈夫?」
「うん、平気」
「辛かったら言ってね。力になるから」
「マーシャも、力になる」
 有難いけど、頼りになるかな……。
 って、失礼だね、二人に対して。
「あ、隼人だ」
 マーシャは、隼人に向かって駆け寄って行った。
 彼女達は、そのまま楽しそうに話をする。
「隼人?」
 しおりがクエスチョンマーク付きの台詞を口にした。
「桐生さんに似てるわね。もしかして兄弟?」
 私に訊いたのだ。私は振り向いて、そうよ、と答えた。
「ふぅん。いい面構えをしてるわね」
「当然。だって、将人の弟だもの」
「もっと成長してればよかったのに」
「でも、隼人くんには、好きな人が二人もいるのよ」
「へぇー。浮気者なんだ」
 しおりはころころと笑った。
 いつもの彼女に戻ったのを見て、私は胸を撫で下ろした。
 今日は、俊夫さんとつねさんも教会に来ている。もちろん、雄也、えみり夫妻と純也も。
 この教会は、なかなか雰囲気が良い。私ですら、思わず賛美したくなるような楽しさに満ち溢れている。
 
おっとどっこい生きている 84
BACK/HOME