おっとどっこい生きている 私達は、近所のコンビニで買い物をした。ビールや梅酒の缶やつまみが、マイバッグに入っている。 この際だからと、いろいろ買い溜めをした。哲郎にも手伝ってもらった。 「みどりくん、僕が持つかい?」 「平気よ、力仕事には慣れてるもの、哲郎さんにも荷物持たせているし」 「まだ余裕はあるよ」……などという、どうでもいい会話をした後。 「それにしても、哲郎さんて、クリスチャンよね。お酒なんか飲んでいいの?」 「あは。つき合いで飲んでるだけだよ」 「でも、普通は飲まないって、聞いたことがあるわ」 「うーん。秋野くんにも、同じようなこと、言われたことがあるんだよね。クリスチャンでも、いろいろいるんだけど……。みどりくんて、秋野くんとそっくりだよね」 なんか、すっかり「みどりくん」と呼ばれるようになってしまったけど……。 「冗談! 兄貴とそっくりなんて!」 私は抗議の声を上げた。 「私は働くのいやじゃないけど、兄貴は面倒くさがり屋。私は赤ちゃん好きだけど、兄貴は赤ちゃん大嫌い」 「へぇ。じゃあ、秋野くんが赤ん坊嫌いなわけ、知らないんだ」 「落っことして、壊しそうなんでしょ」 「それもあるけど……秋野くん、小さい頃に、赤ん坊あやしてて、その子の頭を、どこかにぶつけたんだって。それで、死ぬほど心配したらしいよ。それから、赤ん坊が、嫌い、というか、苦手になってしまったらしいね」 不意に―― 「みどりちゃんが死んじゃう。みどりちゃんが死んじゃう」 幼い兄貴の声が、聞こえたような気がした。 こんなことはあり得ないことだけど――ぐったりしている私と、泣いている兄貴の映像が、頭をよぎった。 私は、涙を浮かべていた。ぽろぽろ、ぽろぽろと、涙が溢れてくる。 「み、みどりくん! どうしたんだい?!」 「私……その赤ん坊って、多分私だ……」 いつも家族を心配しているのは、私だって思ったけど―― 私も家族に心配かけてたんだ―― 「みどりくん。泣きたいなら、肩貸すよ」 「えっ?! い……いいよ」 「だって、僕のことは、男だと思ってないんだろう? だったら、平気じゃない?」 「やだ……聞いてたんだ……」 「生憎、僕は地獄耳なのでね」 私は、お言葉に甘えて、哲郎の肩に顔をくっつけた。哲郎の上着の肩のところが、少し濡れた。 「お帰りなさーい。今まで何してたのー」 えみりが陽気に出迎えてくれた。 「確かに、何があっても、おかしくない時間だよなー」 雄也が意味ありげに笑っている。 かれこれ三十分は経っている。近所の酒屋に行くだけなら、そんなにはかからない。彼らの邪推を促すには充分な時間だ。 「おい。丹波哲郎。それとも、佐藤四浪か?」 「僕は、『大霊界』なんて書いてないよ」 「今まで、何していた」 「買い物」 「他にだ」 「他に……」 「いろいろ選んでいたら、思いがけず、時間を食ったのよね。そうよね。哲郎さん」 「ああ」 「まぁいいが、みどりには手を出すなよ」 「また始まった。駿のシスコンが」 「兄貴がシスコン?」 「有名な話よ。やれ、うちのみどりは可愛いだの、料理が上手だのと」 えみりが説明してくれた。 兄貴が……シスコンで有名だって?! 知らなかったよ! そんなこと! 「経済力のない奴に、みどりはやれーん」 そして、兄貴は私をぎゅっと抱き締めた。 「ちょっと、離してよ!」 いつまでも私を子供扱いして! 「兄貴! 哲郎さんとは何にもなかったんだから!」 「そんなこと言ってぇ。キスぐらいしたんじゃないの?」 雄也が、火に油を注ぐような発言をする。 「みどりは、まだ子供だぞ」 いつもにこにこしている兄貴が、今日はなんだか……変。 「哲郎、みどりになんかしたら、責任取ってもらうからな!」 「責任取るって?」 「結婚するとか」 「僕は構わないけど……みどりくんはどうかな」 「私の将来、勝手に決めないでよ!」 えーいっ! この酔っ払いども! もう、兄貴なんて知らないッ! 見直しかけた私が馬鹿だったッ! 飲み過ぎて、翌朝二日酔いに苦しめばいいんだわ! 好物の卵粥も作ってやんないんだから! 「私、もう寝るッ」 そう言って、私は階段を上がって行った。 それでも、次の日、卵粥を作っていた自分がイヤだ。 おっとどっこい生きている 9 BACK/HOME |