おっとどっこい生きている
8
 春になったとはいえ、今夜は、珍しく冷え込んだ。
 私達は、近所のコンビニで買い物をした。ビールや梅酒の缶やつまみが、マイバッグに入っている。
 この際だからと、いろいろ買い溜めをした。哲郎にも手伝ってもらった。
「みどりくん、僕が持つかい?」
「平気よ、力仕事には慣れてるもの、哲郎さんにも荷物持たせているし」
「まだ余裕はあるよ」……などという、どうでもいい会話をした後。
「それにしても、哲郎さんて、クリスチャンよね。お酒なんか飲んでいいの?」
「あは。つき合いで飲んでるだけだよ」
「でも、普通は飲まないって、聞いたことがあるわ」
「うーん。秋野くんにも、同じようなこと、言われたことがあるんだよね。クリスチャンでも、いろいろいるんだけど……。みどりくんて、秋野くんとそっくりだよね」
 なんか、すっかり「みどりくん」と呼ばれるようになってしまったけど……。
「冗談! 兄貴とそっくりなんて!」
 私は抗議の声を上げた。
「私は働くのいやじゃないけど、兄貴は面倒くさがり屋。私は赤ちゃん好きだけど、兄貴は赤ちゃん大嫌い」
「へぇ。じゃあ、秋野くんが赤ん坊嫌いなわけ、知らないんだ」
「落っことして、壊しそうなんでしょ」
「それもあるけど……秋野くん、小さい頃に、赤ん坊あやしてて、その子の頭を、どこかにぶつけたんだって。それで、死ぬほど心配したらしいよ。それから、赤ん坊が、嫌い、というか、苦手になってしまったらしいね」
 不意に――
「みどりちゃんが死んじゃう。みどりちゃんが死んじゃう」
 幼い兄貴の声が、聞こえたような気がした。
 こんなことはあり得ないことだけど――ぐったりしている私と、泣いている兄貴の映像が、頭をよぎった。
 私は、涙を浮かべていた。ぽろぽろ、ぽろぽろと、涙が溢れてくる。
「み、みどりくん! どうしたんだい?!」
「私……その赤ん坊って、多分私だ……」
 いつも家族を心配しているのは、私だって思ったけど――
 私も家族に心配かけてたんだ――
「みどりくん。泣きたいなら、肩貸すよ」
「えっ?! い……いいよ」
「だって、僕のことは、男だと思ってないんだろう? だったら、平気じゃない?」
「やだ……聞いてたんだ……」
「生憎、僕は地獄耳なのでね」
 私は、お言葉に甘えて、哲郎の肩に顔をくっつけた。哲郎の上着の肩のところが、少し濡れた。

「お帰りなさーい。今まで何してたのー」
 えみりが陽気に出迎えてくれた。
「確かに、何があっても、おかしくない時間だよなー」
 雄也が意味ありげに笑っている。
 かれこれ三十分は経っている。近所の酒屋に行くだけなら、そんなにはかからない。彼らの邪推を促すには充分な時間だ。
「おい。丹波哲郎。それとも、佐藤四浪か?」
「僕は、『大霊界』なんて書いてないよ」
「今まで、何していた」
「買い物」
「他にだ」
「他に……」
「いろいろ選んでいたら、思いがけず、時間を食ったのよね。そうよね。哲郎さん」
「ああ」
「まぁいいが、みどりには手を出すなよ」
「また始まった。駿のシスコンが」
「兄貴がシスコン?」
「有名な話よ。やれ、うちのみどりは可愛いだの、料理が上手だのと」
 えみりが説明してくれた。
 兄貴が……シスコンで有名だって?! 知らなかったよ! そんなこと!
「経済力のない奴に、みどりはやれーん」
 そして、兄貴は私をぎゅっと抱き締めた。
「ちょっと、離してよ!」 
 いつまでも私を子供扱いして!
「兄貴! 哲郎さんとは何にもなかったんだから!」
「そんなこと言ってぇ。キスぐらいしたんじゃないの?」
 雄也が、火に油を注ぐような発言をする。
「みどりは、まだ子供だぞ」
 いつもにこにこしている兄貴が、今日はなんだか……変。
「哲郎、みどりになんかしたら、責任取ってもらうからな!」
「責任取るって?」
「結婚するとか」
「僕は構わないけど……みどりくんはどうかな」
「私の将来、勝手に決めないでよ!」
 えーいっ! この酔っ払いども!
 もう、兄貴なんて知らないッ! 
 見直しかけた私が馬鹿だったッ!
 飲み過ぎて、翌朝二日酔いに苦しめばいいんだわ! 好物の卵粥も作ってやんないんだから!
「私、もう寝るッ」
 そう言って、私は階段を上がって行った。

 それでも、次の日、卵粥を作っていた自分がイヤだ。

おっとどっこい生きている 9
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