おっとどっこい生きている
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 浦芝さんは、お土産にバナナケーキを持たせてくれた。
 俊夫さんつねさん夫妻に勧めたが、つねさんは「あなた方みんなでわけなさい」と言ってくださった。――俊夫さんは少々残念そうだったけど。
 ――喜ぶだろうな、リョウ。
 私は、今日はしおりも泊めるつもりでいた。そう言うと彼女は、「ホントですかぁ?!」と、ハイテンションで喜んでくれた。
 私達が家の前まで来ると、俊夫さんが、
「おお、これはいい家じゃないか」
 と、感心しきりであった。
 私の家は、和洋折衷だ。自分の家を褒められて、悪い気はしない。すっかり嬉しくなった私は、俊夫さんをいろいろ案内しようと思ったが――
「純也はいるかね?」
 ああ、そうそう。お孫さんに会わせるのが先だったわね。
「連れて来ます」
 えみりが颯爽と廊下へ上って行った。――それから、また戻ってきた。
「今寝てますけど」
「おうおう。寝る子は育つと言うからな」
 俊夫さんは好々爺然としていた。
「起こしますか?」
「いや、いい。赤んぼは寝るのが仕事だ。そっとしておいてやりなさい」
「はぁい」
「おう、お帰り、秋野、えみりサン、しおり」
 リョウがリビングにいた。
「誰だね。この今時の風来坊みたいなのは」
 俊夫さんが訊いた。
「さあ……」
 私は他人のふりをしたかった。
 確かにリョウは風来坊みたいかもしれないわねぇ。ストリートミュージシャンなんてやってたし。それが悪いとは別に思わないけど……もうちょっとちゃんとしたらどう? と言いたくなることはある。
「あ、オレ、鷺坂稜です。みんな『リョウ』って呼んでます」
「さぁ、お茶にしましょう。私がやりますわね」
 つねさんが申し出た。
「ええ?! いいですよ! お客様にそんなことはさせられません!」
 私はつねさんを無理に座らせようとした。
「私だって、みどりさんのことお手伝いしますのに」
「あたしも!」としおりが言った。
「そう?」
「いやいや。つねは何か仕事をしていないと落ち着かない性分なんだ。好きなようにさせてあげてくれ」
 うん……まぁ、人手があった方が、助かるっちゃ助かるんだけど。
「では、カレーライスの最後の味付けをしていただけますか?」
「ええ。カレーライスは雄也の大好物ですから」
「へぇ。やっぱり雄也サンもカレー好きだったんすか」
 リョウが言った。
「おまえも好きだろ? カレー」
「うん」
 リョウが笑顔を見せた。そうすると、いつもよりあどけなく見える。
 みんなは、お茶の後、めいめい話をしながら過ごした。私は、カレーができると、俊夫さんにいろんな部屋を見せた。掃除が行き届いていて気持ちがいいね、との言葉を頂いた。
 ご飯も炊けたし、哲郎が下りて来たので、私達は夕食にすることにした。
 大勢で食卓を囲む。哲郎は毎日の祈りを欠かさない。雄也はそっぽを向いている。しおりは目をきらきらと輝かせていた。
「いただきます」
「これも、アタシとみどりで作りました」
 えみりが発表してくれたが、私は普段より照れくさく感じた。それに、つねさんにも、最後の方では手伝ってもらっている。
「おお。つねのとは一味違うが、つねのと同じぐらい旨い」
 俊夫さんは、夢中で匙を動かしている。
「みどりさんがいたからでしょう? えみりさんだけなら、こうはいきませんよ」と、つねさん。
「いえいえ。えみりさん、カンがいいんですよ。本当は。だいぶ料理も上手になったし」
「みどり、『本当は』ってどういうこと?」
「あ、いや……他意はないんだけどね」
「おいひいです。はふはふ」
 しおりはカレーを頬張りながら言った。その他の料理も、あっという間に空になった。
「あー、旨かった。お腹いっぱい」
 と、腹を撫でさするリョウ。
「神様。この美味しいカレーを食べることができたのを感謝します」
 作ったのは、私とえみりなんだけどね。まぁいいや。
 確かに、神の手が働いて食物、つまりカレーの原料が手に入ったとも言えるんだし。
「あたしも、あんなおいしいカレー食べたことありません」
 しおりが、私達を得意にさせてくれる。
 おっきした純也を雄也が抱いて連れて来た。
「親父……純也だ。構ってやってくれ」
 純也は俊夫さんの膝に乗せられる。
「おお。めんこい子だ、めんこい子だ」
 俊夫さんは蕩けそうな顔をする。純也も気持ち良さそうだ。いいお祖父ちゃんで良かったね。純也。
「ちょっと嵐になりそうだな」
 兄貴が外を見ながら呟く。この手の予想で、兄貴が外したことは、あまりない。
 果たして、雨が降り、風は強く、雷はピカッと光り、ドーンと音がして、ゴロゴロゴロ……と不気味に鳴っている。
 ピカッ! ドーン! ゴロゴロ……。
 これじゃ、小学生の作文ね。いやしくも文章で身を立てようとしている私、こんなんで大丈夫か?!
 また、部屋の中が光った。家に落ちなきゃいいけど。尤も、兄貴に言わせると、それは杞憂なんだそうな。
「わあっはっは。そうかそうか。わしは戦国武将の中では、上杉謙信が一番好きだ」
 俊夫さん達は、人の気も知らないで、酒盛りをしている。雄也や哲郎もウィスキー片手に彼らの話に付き合っている。しおりは私の作ったレモネードを啜っていた。
「私は太閤様が好きですの」
「つねは秀吉びいきだからなぁ」
 哲郎はそれを聞きながら、お酒をちびちび嘗めている。
「哲郎は? クリスチャンなんだから、秀吉は嫌いだろ?」
「ええ。実は……」
 言いにくそうに、哲郎は答える。
 純也は、俊夫さんの膝の上で大人しくしている。時折、「だあ、だあ」などと声を出すが、邪魔になるほどではない。少し眠いのだろうか。いつもより言葉数は少ないのだが。
 雄也もえみりも、子育てはがっちりしているらしく、純也は日に日にしっかりしてきている。
 人は見かけによらないものらしく、あの二人に子育ては合っているようだった。
 人間て実に不思議。最初あの二人を見た時、ただのチャラ男とキャバ嬢にしか見えなかったのに。今ではそれなりに立派なお父さんとお母さん。
 純也の夜泣きで起きることもあまりない。まぁ、私は一度寝ると朝まで起きない方が多いけど。
 俊夫さんもつねさんもしっかりしているし、雄也もそのDNAを受け継いでいるのだろうか。
 えみりの両親も、多分、根本的には真っ当に彼女を育てたんじゃないかな。よくわからないけれどね。えみりって、家のことあんまり話さないもんなぁ。
 えみりは台所で洗い物をしている。つねさんがやろうとするのを止めて、代わりにその仕事を請け負った。あれが終わったら私が拭き方しなきゃなー……と考えていると。
「リョウくん。こっちに来て一杯やらないか?」
 俊夫さんが誘う。
 ……前言撤回。ちっともしっかりしてないわ。兎にも角にも、リョウは未成年なんだから。
「ああ、オレ、酒ダメっすからー」
「なんじゃ。つまらん」
 俊夫さんは自分で酌をすると、ぐびりと美味しそうに飲む。
「おい、なんか来るぞ!」
 兄貴の声に、私も窓に駆け寄る。レインコートを着た男が家に向かってきている。
 そして――インターホンが鳴った。
 私がドアを開けると――現われたのは桐生将人であった。
 
おっとどっこい生きている 80
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