おっとどっこい生きている 放送部の仕事を終えた美和が、私に抱きついてきた。 「美和……ちょっとどいてよ」 「えー?」 「ほら、いいから離れる離れる」 今日子が美和の体をひっぺがした。 ――美和のこういうところ、似ている女の子がいたなぁ。 麻生しおり。 しおりもすぐ抱きついてきたりしたこともあった。気質的にも似ているかもしれない。 「あらあら。秋野さん……」 高部由香里が何か嫌味を言おうとしたらしい。が、美和は、 「あー、由香里ちゃんだー!」 と、有無を言わさずハグしてきた。 「うう……何すんのよ!」 「だってさ、由香里ちゃん達って、美和達に冷たいじゃなーい? これを機に仲好くしてもらおうと」 「冗談じゃないわ」 「加奈ちゃーん」 「きゃっ」 美和が、今度は南加奈に飛びつく。 「こ……困ったわね」 そう言いながらも、加奈は満更でもないようだ。 あーあ。だから美和は憎めないし、みんなに好かれるんだなぁ。 男子達の視線が痛いけど。 それもそうだ。男どもの間では、美和は絶大な人気を誇っているのだ。 「うおーい。俺にはハグしてくんねーの?」 リョウがあくびをしながら言った。 「残念ながら女子限定」 美和が笑顔をくれた。 レズ、というなら、しおりより美和こそそうなんじゃないか、と疑ってしまうのだが。悪いわよねぇ。一応親友なのに。 リョウは、さも残念そうに、「ちぇー」とこぼした。 「ところで、頼子は武田先輩のところ?」 「そうでしょ? きっと」 傍らにいた奈々花が言った。 「付き合い悪くなったよねー。頼ちゃん」 美和は、もう加奈を放して、ぽんぽんと彼女の肩を叩いている。 「いいんじゃないの? 幸せならば」 なんか聞いたようなことがあるフレーズを、今日子が言う。 「ま、そだね」 美和も納得したようだ。 「でも、頼子昼は何食べてるんだろ。武田先輩だって」 「えー、みどりちゃん、武田先輩のこと気になるのー?」 「違うわよ。ただ気になっただけ」 「武田先輩なら、自分の弁当持ってきているんじゃない?」 「あー、そうか」 「あのね、美和、食堂で二人の姿見かけたことあるよ」 「新聞部もいたの?」 「うん」 そっかー。やっぱりね。まぁ、新聞部にはあまり関わりたくない気持ちもあるし、昼はゆっくり食べたかったから、食堂にはあまり近付かなかったけれど。 え? しっかり関わってるじゃないかって? 麻生達とのことは、不可抗力よ。 それに、しおりという友達もできたしね。 嫌なことばかりでもなかったけど。 「ねぇ、やっぱり邪魔しちゃ悪いかなぁ」 「もうそろそろHRよ」 その時、ガラッと教室の扉が開いて、頼子が帰ってきた。 「何の話?」 いきなり頼子が訊いた。 「ん。頼ちゃんと武田先輩の話」 美和が、何のためらいもなく言った。 「まーったく。松下さんたら、朝っぱらから何してんのよ。松下先生に言いつけるわよ」 頼子は、由香里の台詞に、きょとんとしたようだった。 「武田先輩が、お腹空いたようだったから、お弁当食べさせたのよ。悪い?」 「悪いって……いけない、そう、いけないことなのよ」 「ふぅん。アンタ達も相当他でいけないことやってるって聞いてるけど。それに比べれば、私のすることなんて、可愛いものだわよ。アンタがお父さんに言いつけるなら、私もそうするけど、いいの?」 頼子の脅しに、由香里もぐっ、と詰まったようだった。 そうなのよねぇ……由香里の悪行は、私でさえ結構耳にしてる。 でも、新聞部とかに狙われないのはどうしてなんだろう。 高部由香里に近付いちゃいけない。そんな不文律でもあるのかしら。 わからない。うーん。わからないわ。 「みどり。部活が終わったら、原稿渡してね。もちろん、返すから」 「うん。わかった」 私は、少々戸惑いながらも、そう答えた。 頼子――アンタ最近、変だよ。 私の原稿欲しがるのは、まぁ良いとして(でも、もっと面白い話書く人いるのにな)。武田先輩とのことだって、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃないかしら。 はしゃぎ過ぎ、というのは当たらないか。だけど、まぁ、何というか――上手く言えないけど、人が変わったような気がする。 それが、いい方向に変わった、というのなら、話は別だけど、そうは思えない。これは親友としての勘だが。 私の知っていた頼子が、遠くへ行っちゃった感じ。 何故だかはわからないけれど――。 先生が教室に入ってきた。 私達は挨拶した。 「おはようございます」 午前の時間はあっという間に過ぎ、友達と昼も食べて(頼子はいなかったが)、午後の授業も終わって、部活が始まる。 筆の速さは、いつもと変わらない。 心配事があっても、相変わらずアイディアはどんどん湧いてくる。 これ、どっかの文学賞に応募しようかな。高校生でも応募できる新人賞って、あるかな。 私はエレンがお気に入り。なんてったって主人公だもん。それだけに、愛着もあるわけよ。 「秋野部長、読ませていただけませんか?」 友子が傍にやってきた。 「いいけど……秋野部長って言うの、いい加減にやめてよ」 「え? だめですか? じゃあ、何とお呼びしたら……」 友子が悲しそうな顔をした。なんでそんな顔すんの。 「……わかったわかった。秋野部長でいいわよ」 「はい! どうもありがとうございます」 どうしてそこで礼なんか言うのかねぇ……。この子も結構ズレてるわね。 もちろん、まともなのは私以外いないような気もするけど。だけど、時々自分も正気かどうかわからなくなることがあるからなぁ。 きっと、あの変わり者揃いの居候達に原因があると思うけど。兄貴も或る意味変わり者だし、キレると意外と怖いし。 それとも、もともと、私にも変になる素質があったのかなぁ。でなきゃ、こんな変な人ばっかり……穿ち過ぎだな。 「エレンって可愛いですね」 そうでしょ。そうでしょう。親バカたっぷりに、私は思った。 そして、互いに手を握る。私達の友情がまたも深くなった瞬間だった。 おっとどっこい生きている 75 BACK/HOME |