おっとどっこい生きている
71
「ねぇ、みどりさんは桐生さんと別れる気、ほんとにないの?」
「ない」
「残念だなぁ。そしたらあたしがつきあうことできるのに」
 さすがに麻生の妹だわ。考えることがちょっと兄に似ている。大胆なんだなぁ……。
「私と将人は、仲がいいんだから」
 自分で言うのもなんだけど。
「ふぅん。ねぇ、どこまで行った?」
「え……?」
 そう言われると、絶句するしかない。ファーストキスもまだなんだから。私達って、奥手かしら。
「その様子だと、ほとんど浅い関係よね」
 しおりがここぞとばかり、痛いところを突いてきた。
「まだチャンスがあるかな〜♪」
 そう言って、しおりは鼻歌を歌い始めた。
「しおりちゃんには、葉里くんがいるでしょうが」
「あーんなバカ、こっちから願い下げよ」
 しおり、言ってること、結構ひどい……。
 それに、葉里くんの方が、お似合いだと思うけどなぁ。
 まぁ、この間のは照れ隠しだと思っていたけど、本当に眼中にないんだなぁ……。葉里くん、可哀想に……。
 それに――そう! 霧谷はどうしたのよ!
 リョウも、なんだかしおりちゃんのこと、憎からず思っていたようだったし。
 これは、何がなんでも、将人と別れる訳にはいかないわ。
 しおりちゃんには、彼女のことを想ってくれている人がいるんだもの。
 それに、私の為にも。
「ねぇ、また遊びに来てもいい?」
「しおりちゃんも、高校生活、忙しいんじゃない?」
「まぁね。陸上部だから」
「ふぅん」
 そうして、私達は別れた。
 図書室に行ってみる。村沢先生がいた。
「あら。秋野さん」
 先生は私に声をかけた。
「村沢先生、すみません」
「え? 何が?」
「ちょっと……部活休んだこと」
「いいのよ。それより、朝川さんがすごいのよ。優秀だわ。彼女」
「はぁ……」
 だったら、そっちを部長にして、私は現役を引退してもいいのに。
 尤も、作品は書き続けたいけどね。
「秋野部長!」
 友子が駆けて来た。
「この頃いなくて、さみしかったです」
 うーん。二日休んだだけでさみしがられるのも、悪くない気持ちだなぁ。それほど必要とされてるみたいで。
 私にも、部長なのに、休んだことへの罪責感はあるのだが。
 まぁ、昨日は、村沢先生に言っておいたけれどね。今日だって、ちょっと遅れるかもしれないって、伝えておいたし。
「頼子はいないの?」
「はい。お見かけしておりません」
 仕方ないやっちゃ。また剣道部で武田といちゃいちゃしてんのかな。新聞部のネタにされなきゃいいけど。
「頼子さんもねぇ……才能あるのにねぇ……今、スランプみたいなのよ」
 村沢先生は、右手を肘に当て、左手を頬に乗せて、溜息を吐いた。
「はい。本人の口から聞きました」
 と、私は答えた。
「まぁ、付き合うことも芸の肥やし……じゃなかった、作品の肥やしよね」
 村沢先生が、理解ある先生で助かった。
「ところで秋野さん。『黄金のラズベリー』、続きまだ?」
「あ、これから書きます」
「楽しみにしてるわね」
 期待されたら応えない訳にはいかない。
「私も楽しみにしてます!」
 友子も言った。
「エレン・リーは、可憐なヒロインですね」
 可憐かどうかわからないけど……お気に入りのキャラクターであることは確かだ。
 エレンは、十歳の可愛い、白人の女の子だ。そして、その父親が、ダメダメな作品を撮っている監督。
 エレンは、リー監督のファミリーみたいなところで暮らしている。ファミリーと言っても、血の繋がっていない人もいたりする。
 リー監督は、自分の映画会社を持っている。『黄金のラズベリー』は、そこで起きるどたばた喜劇なのだ。シリアスな場面もあるにはあるが。
 さぁ、続きにとりかかろう。構想は最後まで練ってあるんだ、一応。
 今から書くのは、友子が気に入ってくれたジョセフと、エレンの会話だ。

 夢中になっていたら、部活の終りを告げるチャイムが鳴った。そして、音楽と放送部員の声。
 続きは明日書こう。
 今日も、筆が走って、のりまくっていた。
 この状態が、いつまでも続けばいいんだけどな。
 物を書く楽しみを知っている者にとっては、スランプは最大の敵だ。
 だから、頼子は可哀想かもしれないが、実はそんなに可哀想がる必要もないかもしれない。頼子は強いから。
 それに、今、武田とラブラブだしねぇ。
 今日は、皆と帰るとするか。美和に、教会のことも話さないと。
 とりあえず、皆に呼び掛けて、剣道部に行って頼子をつかまえてこよう。

「教会?! 行く行く!」
 美和が目を輝かせた。
「ていうか、そんな面白そうなとこ、みどりちゃん達だけで行ってたなんて。美和も入れないなんて、ずるい!」
「そ……そうかな」
 私は、ゆっくり自転車を押しながら、友達と連れ立って歩く。速度を遅くしないと、すぐ分かれ道に着いてしまうから。私達は、歩道のはしっこをかたまって歩いていた。奈々花や今日子、友子も一緒だ。
 女の子は――私も入れてだけど、何となくいい匂いがする。香りやおしゃれに気を遣っているからだろうか。
「大したことないわよ。教会なんて」
 頼子はシニカルに言った。
「大体、みどり。アンタ、私の言うこと、聞いてた?」
「聞いたわよ。もちろん」
 私は胸を張って答えた。
「でもね、哲郎さんに言ったら、私にも、教会に人を誘う資格あるって」
「だーめだ。こりゃ。すっかり居候に洗脳されてる」
 頼子は手を額の上に当てた。
「とにかく、私は行かないからね」
「えー、残念」
 美和は、本当に残念そうにしょぼんとした。
「でも、美和は行くね」
「ありがとう」
 私は、感謝の気持ちを伝えたくて、礼を述べた。

 今日は、神学校がある。私は、昨日哲郎にも言ったことを、岩野牧師にも訊いた。
「少しだけしか信じていなくても、人を教会に誘う資格はあるのでしょうか?」
 
おっとどっこい生きている 72
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