おっとどっこい生きている 「ない」 「残念だなぁ。そしたらあたしがつきあうことできるのに」 さすがに麻生の妹だわ。考えることがちょっと兄に似ている。大胆なんだなぁ……。 「私と将人は、仲がいいんだから」 自分で言うのもなんだけど。 「ふぅん。ねぇ、どこまで行った?」 「え……?」 そう言われると、絶句するしかない。ファーストキスもまだなんだから。私達って、奥手かしら。 「その様子だと、ほとんど浅い関係よね」 しおりがここぞとばかり、痛いところを突いてきた。 「まだチャンスがあるかな〜♪」 そう言って、しおりは鼻歌を歌い始めた。 「しおりちゃんには、葉里くんがいるでしょうが」 「あーんなバカ、こっちから願い下げよ」 しおり、言ってること、結構ひどい……。 それに、葉里くんの方が、お似合いだと思うけどなぁ。 まぁ、この間のは照れ隠しだと思っていたけど、本当に眼中にないんだなぁ……。葉里くん、可哀想に……。 それに――そう! 霧谷はどうしたのよ! リョウも、なんだかしおりちゃんのこと、憎からず思っていたようだったし。 これは、何がなんでも、将人と別れる訳にはいかないわ。 しおりちゃんには、彼女のことを想ってくれている人がいるんだもの。 それに、私の為にも。 「ねぇ、また遊びに来てもいい?」 「しおりちゃんも、高校生活、忙しいんじゃない?」 「まぁね。陸上部だから」 「ふぅん」 そうして、私達は別れた。 図書室に行ってみる。村沢先生がいた。 「あら。秋野さん」 先生は私に声をかけた。 「村沢先生、すみません」 「え? 何が?」 「ちょっと……部活休んだこと」 「いいのよ。それより、朝川さんがすごいのよ。優秀だわ。彼女」 「はぁ……」 だったら、そっちを部長にして、私は現役を引退してもいいのに。 尤も、作品は書き続けたいけどね。 「秋野部長!」 友子が駆けて来た。 「この頃いなくて、さみしかったです」 うーん。二日休んだだけでさみしがられるのも、悪くない気持ちだなぁ。それほど必要とされてるみたいで。 私にも、部長なのに、休んだことへの罪責感はあるのだが。 まぁ、昨日は、村沢先生に言っておいたけれどね。今日だって、ちょっと遅れるかもしれないって、伝えておいたし。 「頼子はいないの?」 「はい。お見かけしておりません」 仕方ないやっちゃ。また剣道部で武田といちゃいちゃしてんのかな。新聞部のネタにされなきゃいいけど。 「頼子さんもねぇ……才能あるのにねぇ……今、スランプみたいなのよ」 村沢先生は、右手を肘に当て、左手を頬に乗せて、溜息を吐いた。 「はい。本人の口から聞きました」 と、私は答えた。 「まぁ、付き合うことも芸の肥やし……じゃなかった、作品の肥やしよね」 村沢先生が、理解ある先生で助かった。 「ところで秋野さん。『黄金のラズベリー』、続きまだ?」 「あ、これから書きます」 「楽しみにしてるわね」 期待されたら応えない訳にはいかない。 「私も楽しみにしてます!」 友子も言った。 「エレン・リーは、可憐なヒロインですね」 可憐かどうかわからないけど……お気に入りのキャラクターであることは確かだ。 エレンは、十歳の可愛い、白人の女の子だ。そして、その父親が、ダメダメな作品を撮っている監督。 エレンは、リー監督のファミリーみたいなところで暮らしている。ファミリーと言っても、血の繋がっていない人もいたりする。 リー監督は、自分の映画会社を持っている。『黄金のラズベリー』は、そこで起きるどたばた喜劇なのだ。シリアスな場面もあるにはあるが。 さぁ、続きにとりかかろう。構想は最後まで練ってあるんだ、一応。 今から書くのは、友子が気に入ってくれたジョセフと、エレンの会話だ。 夢中になっていたら、部活の終りを告げるチャイムが鳴った。そして、音楽と放送部員の声。 続きは明日書こう。 今日も、筆が走って、のりまくっていた。 この状態が、いつまでも続けばいいんだけどな。 物を書く楽しみを知っている者にとっては、スランプは最大の敵だ。 だから、頼子は可哀想かもしれないが、実はそんなに可哀想がる必要もないかもしれない。頼子は強いから。 それに、今、武田とラブラブだしねぇ。 今日は、皆と帰るとするか。美和に、教会のことも話さないと。 とりあえず、皆に呼び掛けて、剣道部に行って頼子をつかまえてこよう。 「教会?! 行く行く!」 美和が目を輝かせた。 「ていうか、そんな面白そうなとこ、みどりちゃん達だけで行ってたなんて。美和も入れないなんて、ずるい!」 「そ……そうかな」 私は、ゆっくり自転車を押しながら、友達と連れ立って歩く。速度を遅くしないと、すぐ分かれ道に着いてしまうから。私達は、歩道のはしっこをかたまって歩いていた。奈々花や今日子、友子も一緒だ。 女の子は――私も入れてだけど、何となくいい匂いがする。香りやおしゃれに気を遣っているからだろうか。 「大したことないわよ。教会なんて」 頼子はシニカルに言った。 「大体、みどり。アンタ、私の言うこと、聞いてた?」 「聞いたわよ。もちろん」 私は胸を張って答えた。 「でもね、哲郎さんに言ったら、私にも、教会に人を誘う資格あるって」 「だーめだ。こりゃ。すっかり居候に洗脳されてる」 頼子は手を額の上に当てた。 「とにかく、私は行かないからね」 「えー、残念」 美和は、本当に残念そうにしょぼんとした。 「でも、美和は行くね」 「ありがとう」 私は、感謝の気持ちを伝えたくて、礼を述べた。 今日は、神学校がある。私は、昨日哲郎にも言ったことを、岩野牧師にも訊いた。 「少しだけしか信じていなくても、人を教会に誘う資格はあるのでしょうか?」 おっとどっこい生きている 72 BACK/HOME |