おっとどっこい生きている 酒瓶やビール缶がごろごろ。 「どうしたのよ! このお酒!」 「ああ。冷蔵庫にあったストックやら何やらを持ってきたんだ。賞味期限切れのもあるけど、大丈夫だよな」 「うん、うめ」 そういう雄也が飲んでいるのは……。 「あーっ、お父さんの秘蔵のブランデー!」 「いいじゃないか。美味しいお酒は皆で楽しむものだよ、なぁ!」 「わかったわ。その代わり、兄貴が責任を負うことね」 「みーどり。一杯飲まない?」 いきなり後ろから抱きつかれた。えみりだ。 「酒くさいわよ。えみり。それに、私は未成年なのよ」 「いいじゃなーい。アタシがアンタぐらいのときには、もうがんがん飲んでたわよ」 足元には、既にビールのミニ缶が二つ。 えみりは、もう出来上がっている。 「それ以上飲むと、酒の味が母乳についちゃうわよ」 「やーだ、みどりったら」 私はえみりに軽く揺さぶられる。 「親の飲酒は、子供へもいい影響を与えないんじゃないの?」 「何よぉ。ビールぐらいで」 「まさか、飲酒運転とか、したことないわよね」 「アタシ、車転がせないもーん」 「なんだなんだ? おまえら、えらく仲いいじゃん」 雄也が割って入ってくる。 「なぁ、えみり。この小姑、どうやって落としたんだ?」 小姑とは、私のことか。 「んー、何となく、話しているうちに気が合っちゃって。今では、マブダチだもんねぇ。『みどり』、『えみり』って呼び合う関係よ」 私は認めてないけどね。 でも、初対面のときより、えみりに好感を持ってきていることは事実だ。 兄貴は、ビールの泡をなめながら、にやにやしている。 「じゅんいちくんは、もう夢の中かな」 片隅で大人しく清酒をちびりちびりやっていた哲郎が、口を挟んだ。 「じゅんいち? 純也のことでしょ?」 「ああ。ごめん。渡辺淳一って、有名な作家がいたものだから」 「『失楽園』とか、『愛ルケ』の作者だな」 兄貴はまたも、にやにやしている。 「ダチの子供の名前を間違えるなんて、次も浪人確定だな」 と、雄也。 「ひどいなぁ」 さも心外そうに、哲郎は顔をしかめた。そうすると、猿めいた顔が、ますます猿に似てくる。 ちょっと言い過ぎなんじゃないかと思ったが、二人はそういうことを、腹蔵なく言い合える関係なのだろう。そう思って黙っていた。私だって、うるさい一方の人間ではないのだ。 ちなみに、純也は、和室で寝ている。私とえみり――主にえみりが寝かしつけたのだ。 えみりの子守唄のレパートリーは、浜崎あゆみとか、倖田來未とかばかりだ。いい歌だとは思うが、0歳児には、まだ早くないか? それに、あんまり上手とも言えなかった。 「子供には、小学唱歌で充分よ」と私は意見したが、「私の姑も同じこと言ってたわよ」とのたまわれ、取り合ってもらえなかった。 それでも、純也はすやーっと眠ってしまった。 「胎教の成果ね」 えみりは平然としていた。 私としては、せめて大塚愛ぐらいにしたら?と言うしかなかった。――閑話休題 「どうせ間違えるなら、渡哲也と間違えてくれたらいいのに」 「それだったら、哲也と名づければ良かったんじゃないか?」 「だーめだめ。駿。哲郎の『哲』の字なんか名前につけたら、浪人問題で、こっちが困るぜよ」 雄也は、語尾を、坂本竜馬っぽく言った。 「遠慮がないなぁ、渡辺くんは」 哲郎は、ぼりぼりと頭を掻いた。 「哲郎が四浪から五浪で、野口五郎!」 「古いよ、せめて稲垣吾郎」 下らんジョークではっはっはっと笑う兄貴と哲郎。 あ、頭痛くなってきたわ……。私は一滴も飲んでないというのに。 どうして酔っ払いって、脈絡もないギャグで笑えるんだろう。 「あー、お酒ないかなぁ。おーい、みどり。酒ないか?」 「ないわよ」 兄貴の上げるおだを、私は軽くいなした。 「じゃあ、僕が買ってくるよ。近くにコンビニもあるしね」 「そんな……わるいわ、哲郎さん。私も行くから」 誰かが席を立ち上がると、私もついついつられてしまう。これって、悲しい性ね。 おっとどっこい生きている 8 BACK/HOME |