おっとどっこい生きている
7
 夕食の食器を片付け終え、ほっとしていると、兄貴達がリビングで酒盛りを始めていた。
 酒瓶やビール缶がごろごろ。
「どうしたのよ! このお酒!」
「ああ。冷蔵庫にあったストックやら何やらを持ってきたんだ。賞味期限切れのもあるけど、大丈夫だよな」
「うん、うめ」
 そういう雄也が飲んでいるのは……。
「あーっ、お父さんの秘蔵のブランデー!」
「いいじゃないか。美味しいお酒は皆で楽しむものだよ、なぁ!」
「わかったわ。その代わり、兄貴が責任を負うことね」
「みーどり。一杯飲まない?」
 いきなり後ろから抱きつかれた。えみりだ。
「酒くさいわよ。えみり。それに、私は未成年なのよ」
「いいじゃなーい。アタシがアンタぐらいのときには、もうがんがん飲んでたわよ」
 足元には、既にビールのミニ缶が二つ。
 えみりは、もう出来上がっている。 
「それ以上飲むと、酒の味が母乳についちゃうわよ」
「やーだ、みどりったら」
 私はえみりに軽く揺さぶられる。
「親の飲酒は、子供へもいい影響を与えないんじゃないの?」
「何よぉ。ビールぐらいで」
「まさか、飲酒運転とか、したことないわよね」
「アタシ、車転がせないもーん」
「なんだなんだ? おまえら、えらく仲いいじゃん」
 雄也が割って入ってくる。
「なぁ、えみり。この小姑、どうやって落としたんだ?」
 小姑とは、私のことか。
「んー、何となく、話しているうちに気が合っちゃって。今では、マブダチだもんねぇ。『みどり』、『えみり』って呼び合う関係よ」
 私は認めてないけどね。
 でも、初対面のときより、えみりに好感を持ってきていることは事実だ。
 兄貴は、ビールの泡をなめながら、にやにやしている。
「じゅんいちくんは、もう夢の中かな」
 片隅で大人しく清酒をちびりちびりやっていた哲郎が、口を挟んだ。
「じゅんいち? 純也のことでしょ?」
「ああ。ごめん。渡辺淳一って、有名な作家がいたものだから」
「『失楽園』とか、『愛ルケ』の作者だな」
 兄貴はまたも、にやにやしている。
「ダチの子供の名前を間違えるなんて、次も浪人確定だな」
と、雄也。
「ひどいなぁ」
 さも心外そうに、哲郎は顔をしかめた。そうすると、猿めいた顔が、ますます猿に似てくる。
 ちょっと言い過ぎなんじゃないかと思ったが、二人はそういうことを、腹蔵なく言い合える関係なのだろう。そう思って黙っていた。私だって、うるさい一方の人間ではないのだ。
 ちなみに、純也は、和室で寝ている。私とえみり――主にえみりが寝かしつけたのだ。
 えみりの子守唄のレパートリーは、浜崎あゆみとか、倖田來未とかばかりだ。いい歌だとは思うが、0歳児には、まだ早くないか? それに、あんまり上手とも言えなかった。
「子供には、小学唱歌で充分よ」と私は意見したが、「私の姑も同じこと言ってたわよ」とのたまわれ、取り合ってもらえなかった。
 それでも、純也はすやーっと眠ってしまった。
「胎教の成果ね」
 えみりは平然としていた。
 私としては、せめて大塚愛ぐらいにしたら?と言うしかなかった。――閑話休題
「どうせ間違えるなら、渡哲也と間違えてくれたらいいのに」
「それだったら、哲也と名づければ良かったんじゃないか?」
「だーめだめ。駿。哲郎の『哲』の字なんか名前につけたら、浪人問題で、こっちが困るぜよ」
 雄也は、語尾を、坂本竜馬っぽく言った。
「遠慮がないなぁ、渡辺くんは」
 哲郎は、ぼりぼりと頭を掻いた。
「哲郎が四浪から五浪で、野口五郎!」
「古いよ、せめて稲垣吾郎」
 下らんジョークではっはっはっと笑う兄貴と哲郎。
 あ、頭痛くなってきたわ……。私は一滴も飲んでないというのに。
 どうして酔っ払いって、脈絡もないギャグで笑えるんだろう。
「あー、お酒ないかなぁ。おーい、みどり。酒ないか?」
「ないわよ」
 兄貴の上げるおだを、私は軽くいなした。
「じゃあ、僕が買ってくるよ。近くにコンビニもあるしね」
「そんな……わるいわ、哲郎さん。私も行くから」
 誰かが席を立ち上がると、私もついついつられてしまう。これって、悲しい性ね。

おっとどっこい生きている 8
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