おっとどっこい生きている 私だけ先に帰ろうとしたのだが、頼子も武田も、ちょっと来て欲しそうだったので、付き添ったのだ。 「あ、そうだ。ねぇ、みどり。原稿進んでる?」 家に戻りしな、頼子の問いに、 「あ、うん、ここにあるけど……」 と、私は自転車を止め、鞄から『黄金のラズベリー』の原稿を取り出した。 「それ、見せて」 「うん。はい」 私は原稿を頼子に渡した。頼子は食い入るように眺めている。 「……これ、コピーしてきてもいい?」 点の辛いので有名な頼子が文句言わないのだから、満足させることができたのだろう。しかも、コピーさせて、とまで。 なんだろう。この話だけ、やたらに頼子はコピーしたがる。 妙だな。 だが、その真相に気付いたのは、もっと先の話である。今の時点では、親友を疑いたくなかった心理が働いていた。 私達はもう外に出ていたので、コンビニのコピー機を借りることにした。 と言っても、私は外で待っていただけだ。 と、その時である。 「みどり」 「将人!」 どうして将人がここにいるんだろう? 「どうしたの?」 「本屋の帰り。おまえは?」 「ちょっと、頼子に付き合って……」 「ふうん」 将人は生えかけのひげをなでた。 「松下……武田とうまくいくといいな」 「そうだね」 それからまた、沈黙。 言いたいことはいっぱいあるのに、言葉が出ない。 冷たい風が、私達の間をふいた。 「じゃあな、みどり」 「うん、またね」 「武田のヤツを大事にしろよって、松下に言ってやってくれよ。あいつ、本当にいいヤツだから」 多分、将人も本当はそんなことを言いたいのではないのだろう。いや、武田と頼子のことを『そんなこと』と言っては失礼か。 でも、私はもっと、自分達のことを話したかった。 頼子には悪いけど……友情より恋の方が大事。だから、女の友情ってもろいって言うのかな。 そんなこと、恋する以前は信じてなかったけど……親友と恋人どっち取るかと聞かれたら……恋人の方が重い。 今夜電話でもしてみるか。まず、親との連絡を早めに切り上げてからだな。 恋人と親を比べたら、親なんて本当に軽い。 「みーどり」 「わぁっ!」 なんだ、頼子か。 「コピーし終わったから、帰ろ」 そう言った頼子は、なんかにやにやしてる。 「あの……もしかして、私達のこと、見てた?」 「うん、ちょっとね」 彼女は素直に認めた。 「彼、いい人ね。私達のことも考えてくれてるなんて」 「うん……でも、私は、もっと……」 「もっといちゃいちゃしたい?」 「まぁ、頼子ったら」 私は冗談半分に拳を振り上げた。頼子は「きゃあっ!」と笑いながら逃げる真似をした。 「ねぇ、頼子」 それは、もう私の家が近付いてきた頃だった。私はこう誘った。 「今度の日曜、私達と一緒に教会に行かない?」 頼子は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした後、 「ぷっ……あははははは」 と笑い出した。 「なぁによぉ。やぶから棒に」 「うーん。奈々花や今日子や友子は教会行ってんだよね。後で美和も誘う予定だけど、頼子をよばないのはまずいかな、と思って」 「へぇー。みどりって、案外律儀なとこあるのね。実は奈々花からも誘われたんだけど……あ、彼女、哲郎さんと付き合っているのよね」 「……どうかなぁ」 どっちかと言うと、哲郎はちょっと迷惑してるみたいだけど。 あっ、奈々花。応援してるからね。一応。 「その人に毒されたんでない? みどりも。あっ、もしかして、アンタ哲郎さんも好きだとか?」 「そんなこと、あるわけないでしょ?!」 変なこと言うと、いくら頼子でも許さないんだから! 「言っとくけど、私、無神論者だから」 頼子はそう口に出すと、大きく伸びをした。 「無神論者だからって、教会に行ってダメなんてことはないと思うけど」 「でもねぇ。私行きたくないのよ。教会。なんか苦手」 あら。麻生と同じようなこと言うのね。 まぁ、あいつの場合、家が教会だから、いやもおうもないのだけど。 「それよりさぁ、みどり。人に自分の考え押しつけちゃダメよ」 「押しつけてるつもりはないんだけど」 「それにさぁ、アンタ、イエス・キリストなんて、本気で信じてるの?」 う……。 それは確かに、痛い質問だった。 「信じたいって、思ったことはあるわ」 「それって、まだ信じてはいないことよね」 「少しは信じるようになったわよ」 「少し! 少しね!」 頼子は、勝ち誇ったように嘲笑った。 「それではアンタ、人を教会に誘う資格なんてないわよ!」 「え……?」 教会に誘うのに、資格があるかどうかなんて、今まで考えたこともなかった。 「とにかく、私は行かないわ。二人で剣道部の試合を見に行くって話なら、別だけど。じゃあね、みどり」 頼子は後ろ姿を見せて、自分の家への道を歩いて行った。 私も家へ帰った。 「お帰りー。みどり」 えみりが絆創膏だらけの指を差し出した。 「ど、どうしたの? えみり。その指」 「ああ、これ? ご飯作ろうと思って。料理って結構楽しくて、ハマっちゃってさぁ」 「はぁ……今日の夕飯は味は期待しないでおこう」 「何よそれ! どういう意味よ、ちょっと……」 私は早々に仏壇のある和室に引っ込んだ。純也が健やかな寝息を立てて眠っている。 仏壇に手を合わせている私に、教会に人を誘う資格があるのだろうか。頼子の台詞が思い出された。 (私だってそんなに信じていないのに……教会に人を引っ張り込むこと、できないよね……) 携帯が鳴った。持ってきた鞄の中に入れておいたのだ。 しおりちゃんからだ! おっとどっこい生きている 67 BACK/HOME |