おっとどっこい生きている 美和が言った。私もそう思う。 「そんなこと……まぁ、あるかもしれないけど……」 頼子は珍しく歯切れが悪い。 私は言えなかった。 私の方はと言うと――今はかなり絶好調なのだ。 『黄金のラズベリー』は書いているだけで楽しい。まるで、自分の中にキャラクターが乗り移ったみたい。昨日だって、家で十枚も書いたのだ。おかげで床につくのが遅くなったけど。 そんなこと、頼子には言えない。 「はぁ……」 頼子が溜息をついた。 「アンタなら大丈夫よ。才能あんだから」 私は頼子の肩をどやしつけた。 そうすると、彼女はギロロッと睨んだ。 「あんたは……今、いろいろと上手くいってるから……私の気持ちなんてわからないわよ!」 「頼子……」 私は、こう言ってやることしかできなかった。 「村沢先生の許可が取れたら、一緒に剣道部行こ」 「――うん」 田村先生は許してくれるだろう。前に一度追い返されたことがあるけれど。川島道場に紹介してくれたりもしたから、そんなに悪い印象は持っていない。 「そう、それがいいよ。頼子ちゃん。いい気分転換になると思うし」 美和が慌てて言った。 でも、この間、頼子は剣道部いたこと、誰にも言わないでねって口にしてなかったっけ? 方針変えたのかな。 頼子とは遠慮がない仲だ。私が質問すると、 「まぁ、美和も言わないと思うし。それに、私、武田先輩のことは誰にバレてもいいと思ったわけ」 頼子は、照れ照れという感じだった。 さっき軽口叩いたのは、悪かったと思うけど。頼子は頼子なりに真剣なのに。 でも、彼女はそんなに気にしていないみたい。タコさんウィンナーを口に運んでいる。 私も牛そぼろとご飯を食べた。 「でも、勇気いるわよね……告白するって」 「え? 告白するの?」 「うん」 頼子が赤くなってうつむいた。 「みどりはすごいわよね。あんなに騒がれたのに、平気そうなんだもの」 平気じゃなかったわよ。だけど、しようがないじゃん。将人との関係、バレてしまったんだもの。 新聞部も今は取材に来ないけど、私は迷惑したんだから。 そして放課後、私達は剣道部の部室にいる。 田村先生の許可ももらった。先生曰く、 「俺もさ、前はギャラリーは邪魔だと思っていたけど、せっかく応援してくれてるんだからな。いつでも来ていいぞ」 と、前よりずいぶん話が通じるようになった。 そういえば、何人か女子学生が来ている。 「将人ー」 「秋野みどりのものでもいいからがんばれー」 ものって何よ、ものって。 まぁ、悪い気はしないけど。 「武田先輩!」 頼子が、嬉しそうに顔をほころばせる。 「よぉ。松下――じゃなかった。頼子」 「へえ。武田先輩、頼子のこと、呼び捨てで言うんだ」 私はにやにやしながら言った。 「こ、これは……その、なんていうか……」 「私が頼んだの」 「そう。それに、苗字で『松下』なんて呼ぶと、先生を呼び捨てにしてるみたいで、なんか具合が悪いからな……」 面頬を脱いだ武田の顔は、個性的だが、味のあるいい顔をしている。 さすが、私の親友の選んだ人ね。 「武田先輩……あの……」 「何?」 「好きなんです! つきあってください!」 おーっ!と野太い声と、きゃー!と言う声が重なった。そんなに大きくはなかったと思うけど、私の耳には轟いたように響いた。 「聞いた聞いたー? 松下先輩と武田先輩、付き合うんだってー」 「バカ。まだ武田先輩が返事してないじゃん」 「でも、OKするわよ。松下さんかわいいもん」 「畜生! 武田の奴!」 「うらやましいぞー!」 ギャラリー達は口々に言っている。ヒューヒューと口笛を吹いたやつもいた。 「ちょっと! 武田の話も聞こうよ!」 誰だかの声で、練習場は水を打ったようにしんとなった。 「頼子……俺でよかったら……」 武田が武骨な顔を真っ赤に染めた。 「きゃーっ! OKしたわよ!」 「新聞部! 取材に来ーい!」 わーっとまた騒ぎが起こった。 その時、私の近くで、こんな声が聴こえた。 いいよな。武田は。松下先生へのコネができたんだから。 「誰?!」 私が声のした方を振り向くと、そこには人はいなかった。 気のせいか。 なんか、男の声みたいだったけど。 「こんな騒ぎになるとはな……今日は練習どころじゃないな。全く……松下頼子を入れるんじゃなかったよ」 そう言っている田村先生もにまにま。 「おい。部活やりに来たんだろ。おまえら。ちゃんと真面目にやれ。でないと、ビシビシ叩くからな」 将人だけが、いつも通りの秩序を取り戻そうとしている。 「そうだぞ。俺と頼子のことはおまえらには関係ないんだからな!」 武田もムキになって怒る。 「こっえー」 「早く戻ろうぜ」 部員達は迅速に練習を再開した。それでも、うわついた空気はそこかしこに残っている。 「こらあ。それでも戦っているつもりか!」 「本気になってかかってこい!」 私達はそんな、それぞれの想い人を見ながらうっとりとしている。 「私の将人……」 「私の金八……」 私と頼子の声が重なる。お互いに顔を見合わせて笑った。 部活の時間が終わった。 本当なら、剣道部の部員達はまだ帰らずに、練習を続けていることもしょっちゅうあるのだが。 「そうだな。おい、桐生、武田、今日はあがっていいぞ」 「もう終わりですか?」 「受験勉強があるだろ。特に桐生! おまえは推薦受けねぇだろ。今のうちにやっといた方がいいぞ」 田村先生はぶんぶんと乱暴に手を振った。 「それに、おまえらがいると観客がうるさくてしょうがねぇ」 おっとどっこい生きている 66 BACK/HOME |