おっとどっこい生きている そんな文面のメールが、頼子から私宛に届いた。 気にしなくてもいいのにな。長い付き合いなんだし。 今の友達の中では、頼子が一番古い友人だ。 その時、ちょっと疑ってかかった方が良かったかもしれない。 だって、こんなことで謝るなんて、ちょっと彼女らしくないもの。 でも、この時は気付かなかった。頼子がどんなことを考えているか。 『いいよ。私ももうそんなに気にしてない』 そう書いて、送信した。 メールを打つのも、結構慣れてきたみたい。みんなのおかげね。 それから、兄貴にも感謝しないと。電話・メール代もってくれるって言うんだから。 もちろん、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんにも、今日のこと、報告したわ。仏壇に祈ってからね。 哲郎さんはいい顔しないかもしれないけど。偶像礼拝は罪だとか何とか言ってね。 「みどりくん!」 うわさをすれば何とやら。 ちょうどいい(?)タイミングで哲郎が現れたので、私は思わずどきっとしてしまった。 「仏像に手を合わせるのは、偶像礼拝じゃないか! 偶像礼拝は、キリスト教では一番重い罪なんだよ!」 「ほっといてよ! 私が好きでやってるんだから!」 それに、可愛がっていた孫娘が線香の一本もあげないんじゃ、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも可哀想だ。せっかく世話してくれたのに。 「好きにする?! 君は好きで仏壇に手を合わせてるのかい!」 「う、うん……まぁね」 「習慣や惰性からではないのかい? そこがサタンの狙い目なんだよ!」 サタンがどう言うものか私は知らない。 ただ、哲郎が仏壇を毛嫌いしていることだけは、よっくわかった。 「惰性からではないわよ、失礼ね」 ちゃんと真心込めて祈っているんだから。 「ああ……、みどりくん。君が本当の信仰に目覚めるまで、いくらかかるんだろう」 私はカチンと来た。 「イエス・キリストが偉い人なのは認めるわ。でも、イエスだけが偉いんじゃないわよ。仏陀もマホメットも、みんな偉いんじゃいない?!」 「違うよ、それは。本当に偉い、救い主、贖い主はイエス様しかいないんだ!」 「どうしてそう言えるのよ!」 「イエス様が神の子だからさ」 私は、ふっと疲れを覚えた。 「やーめた。話にならないわ」 「そうやって、真実から逃げる気かい?」 「もし本当に真実なら、逃げて行かないわよ」 「みどりくん。君はどうもわからない。教会にちゃんと行ったかと思えば、さっきの不信仰な意見も口にする」 「私だって、哲郎さんがわからないわ。麻生先輩の教会に行った時は、『祈りだけで人は救えない』って言ったくせに! それも、不信仰ではないの?!」 私は、触れてはいけないところに触れてしまったかもしれない。 「あの時のことは……僕が間違っていたと思うよ」 哲郎は素直に非を認めた。 「清彦くんには、立ち直ってもらいたい。信仰の力で」 私もそう思う。 だが、彼はキリスト教を必要としているのか。 私は、救いに至る道はいろいろあると考えているのだが、哲郎はどうやら違う意見を持っているようだ。 「僕は、毎日祈っているよ。いろいろなことを」 「じゃあ、私が仏壇に手を合わせるのも、哲郎さんにとっての祈りと同じなんだから、認めてくれたっていいじゃない!」 「違うよ……」 哲郎は涙声になった。 「違うんだよ、それは……根本的に」 哲郎が泣いている。 どうして泣くのかわからない。ただ、私は憐れまれていることしかわからなかった。 ガラッと襖が開いた。 「おい、みどり」 兄貴だった。 「なぁに? 兄貴」 私は言った。 「えみりがさ、みどり連れて来いって」 えみりが? なんでだろ。 「雄也の親父が土曜日に来るんだって。で、おまえに料理を教わりたいそうだ」 「うん。今行く」 渡りに舟とばかりに、私は二つ返事でOKした。 哲郎と話しているのにも疲れてきたしね。 「あ、みどりくん。話はまだ終わってな……」 「あとで」 私は強い口調で哲郎に言った。 「なんかおまえら話していたようだったけど、みどり借りてくぞ」 「……わかったよ」 哲郎は諦めたようだった。 「雄也さんのお父さんて、どんな人?」 私が訊くと、 「さぁ……俺にもよくわかんねぇ。でも、いい人みたいだよ。えみりの話によると」 えみりがそう言うんなら、信じてもいいかな。彼女の審人眼は確かだから。 「みどり。料理教えて」 リビングに行くと、えみりが頼みに来た。 「うん。兄貴から話は聞いてたから」 「駿ちゃんから?」 「私でよければ、知ってることはちゃんと伝えるよ」 それにしても、えみりにも殊勝なところがあったのね。舅さんの為に料理を作りたい、なんて。つねさんも来るんだろうけど。 「で、どんな料理を作るの?」 「カレーライス」 あ、それなら誰でも作れるわ。 「もうルウも用意してあるのよ」 「へぇ、張り切ってるわね」 「もちろん! それでさあ、みどりが作ったような美味しいルウを私も作ってみたいんだけど」 あ! 市販のルウを使わずにカレー粉とスパイスだけを使ったカレー! せっかく時間をかけてできたのだから、とっておこうと思っていたら、次の日なくなっていたカレー! 食べた犯人はえみりであったか。単独犯とは考えにくい。雄也も一枚噛んでそうだ。 それから、カレーの時は、ルウで間に合わすようになった。手抜きみたいで、自分の主義に反しているのだけど。――まぁいいか。 私達は台所に立った。 じゃがいもの皮むきは私が見本を示した。けれど、このえみりの手つき、おっかないんだよなぁ……。にんじんも一応皮を取った。 えみりはにんじんを切ろうとする。 「えみり、包丁を使う時は、猫の手よ」 「猫の手?」 「そう。指を切らないように引っ込めるの」 私はやってみせた。 「へぇー、勉強になった」 「お母さんのお手伝いとかしなかったの?」 「うん、手伝えたら良かったんだけど」 えみりが寂しそうに見えたのは、気のせいだったろうか。私は指導を続けた。 「カレー粉をしょうがやニンニクと炒めると、香ばしくなるわよ。チョコレートある? ――あるなら隠し味に入れましょ」 おっとどっこい生きている 64 BACK/HOME |