おっとどっこい生きている 麻生を裏切り、陥れた……。 そんな風には見えないんだけど。 顔のパーツも小作りで、美少年――と言うより、優男だな、うん。 気も弱そうだし、そんな大それたことする人には思えない。 麻生の方がよっぽど悪党って気がする。 「霧谷。この人、秋野みどりさん。兄貴にはずいぶんお世話になったんだって。ついでに隣にいるのがえーと……リョウさん」 「ついで?!」 おまけ扱いされて、リョウは機嫌を損ねた。 しかも、まだフルネーム覚えてもらっていない。 「ついでってなんだよ……ついでって……」 ぶつぶつ呟いている。 だが、私以外、そんなことに気を留める者は誰もいなかった。 「お……お世話って?」 霧谷がおずおずと言った。 「アンタと同じことを、兄貴もするようになったのよ! この人は兄貴の被害者! いい?!」 しおり、すごい迫力。 まぁ、私も言いたいことがあったんだけど、この人を扱き下ろすのは可哀想だ。そんな気がした。 「ゆ……許してくれ!」 霧谷が泣いている。 もういいよ、しおりちゃん。 私、怒ってないから。 だってこの人、麻生よりも弱いじゃない。 私とこの学生には、何の関係もないんだし。 「みどりさん、どうしたの?」 「もうやめよ? しおりちゃん」 「だって、こいつのせいで、兄貴が変になったんだよ! 兄貴だって、みどりさん達に対してずいぶんひどいこと書いてたようだし」 「それとこれとは話が違うんじゃない?」 「違わないよ!」 しおりは地団太を踏んだ。 「あたしの家庭を壊したのは、アンタよ!」 「悪かった!」 霧谷が土下座をした。 学生服に砂がつくわよ。ここは校庭なんだから。 でも……間接的にでも、私はこの人から被害を被ったんだなぁ。 いくら謝っても許さないわ――と、しおりが冷たい声で言った。 「僕は……どうしたらいいんだい?」 私はリョウと顔を見合わせた。 「霧谷さん……もういいですよ」 「そうっすよ」 直接の加害者は、麻生清彦だし。 私達は、霧谷さんを立ち上がらせようとした。 「甘やかしちゃダメ!」 しおりが、よく通る声で怒鳴った。 「霧谷――アンタは、あたしの恋心を踏みにじったのよ!」 「しおり……」 「気安く呼ぶのは止して!」 「――わかったよ。でも、僕だって、傷ついたんだ」 「言い訳なんか聞きたくない!」 「ちょっと待った」 リョウが割り込んできた。 「アンタら二人にどういう経緯があったかオレらは知らない。でも、話くらい聞いてやってもいいんじゃないか?」 「優しいのね、リョウさん――わかったわ。霧谷の言い分も聞いてあげる」 しおりが折れた。 「どこから始めよう……恋……そうだ。当時、僕も恋していたんだ。でも、その人は麻生に恋していた――でなかったら、僕はあんなことやってなかったはずだ」 「で?」と、リョウが話を促す。 「僕は……麻生がちょっと困った立場に立てばいい、と言う気持ちで、その子に『麻生がカンニングしているみたいだ』と言ったんだ」 「裏サイトにも書き込んだんだよね」 「そう……ちょこっと……。でもまさか、あんな騒ぎになるとは――」 霧谷は、ひくっとしゃくりあげた。 「結局その子に説得されて名乗り出たんだけど――麻生は、まだ僕を許していないんだね」 「そうよ。兄貴、アンタの話題になると、すぐ話を逸らすもの」 麻生にとって、霧谷のことは、まだ心の傷になっているみたいだ。 だけど知らなかった。霧谷も、恋をしていたなんて。 この人は、しおりの気持ちに気付いていたのかしら。 しおりの方に心が傾いていれば、また違う展開もあったかもしれなかったけれど。 もう遅い……。 けれど、しおりはまだ本当は諦めていない……と私は思う。 本当に見限っていたら、こんなところまで私達を連れては来ないだろう。 「ところで――その人、アンタが恋していたその人、名前、何て言うの?」 しおりが、ためらいがちに訊いた。 「もう時効だから言うけど――溝口妙子さんだよ」 「溝口さん?!」 しおりが素っ頓狂な声を上げた。 「溝口サンを?!」 リョウも驚いたようだった。 「だ、誰? 溝口さんて」 私は一人、話に乗り遅れた。 「白岡じゃ有名な人だよ。オマエ知らなかったの?」 リョウが呆れ返ったように言った。悪かったわね、知らなくて。 聞いた覚えはあるんだよね。ほんと、ここまで出かかってるんだけど……誰だったかしら。 「演劇部の溝口サンだよ。生徒会役員の選挙に出ないか?と言う誘いも断ったとか」 ああ、思い出した。 とても美人で、確か性格も良いとか。私も何度か会ったことがある。それなのに、忘れてた。あの綺麗な人を。私のデータバンクもあてにならないわね。 生徒会役員か。私にも話が来たことがあるけれど。 多分溝口さんが出れば、当選確実だと考えた人もいたのだろう。 にしても、女のことには詳しいのね。リョウ。 「溝口さんかぁ……それじゃ、高嶺の花だね」 しおりが初めて、同情めいた口調になった。 「でもそれとこれとは別! どうして男らしくアタックしなかったのよ! そしたら、私もまだアンタのこと好きでいられたのに!」 「ごめん、しおり。君の気持ちに気付かないで」 「いいよ、もう」 しおりは膨れっ面で言った。 「あの事件の後から、溝口さんも教会に来なくなったし」 「そっか……」 「アンタ、溝口さんに後で謝っといで」 「ああ」 霧谷、すっかりしおりに尻に敷かれているの図。 「じゃ、みどりさん達にはここで改めて謝罪して」 「みどりさん、リョウさん。僕のせいで、麻生君が……。僕では麻生君の代わりにならないかもしれないけれど、申し訳ございませんでした。それから、麻生君は本当はいい奴なんです。とても……いい奴なんです」 おっとどっこい生きている 62 BACK/HOME |