おっとどっこい生きている さっ。部活へ行くか。 家では宿題や予習復習をやるので、部活の時間は、好きなだけ小説を書ける至福の時間。 だったのだが。 図書室で『黄金のラズベリー』の続きを書いていると、リョウが現れた。 「おいっ、麻生の妹が校門前で待っているぞ」 しおりちゃんが? いったい何があったんだろ。 私はリョウと行ってみることにした。 「あ。みどりさーん」 しおりは、元気いっぱいに腕を振っていた。 彼女は、夏用の制服を着ていた。今日は暑いので、半袖だ。私も薄手のセーラー服なのだが。 「どうしたの? しおりちゃん」 「ゴメンゴメン。兄貴のこと、謝りたくってさぁ」 「どうして?」 「ほら。あの後、『秋野みどり』ってどっかで聞いたことあるなと思って、友達に訊いてみたら、新聞部――ほら、兄貴のいる部の餌食にされたことがあったそうじゃん?」 「ああ……でも、もう気にしてないから」 「メールではなんだから、直接謝ろうと思って」 「何でしおりちゃんが謝るの?」 「だって、それぐらいしかできないんだもん。兄貴に代わって――ごめんなさい」 しおりは頭を下げた。 「でもね、言い訳するつもりはないけど、兄貴だって、いろいろあったから」 「うん。それは、わかるよ」 私は、何気なくリョウの方を見た。リョウは軽く頷いた。 それに力を得て、私は話す気になった。 「このことは、麻生先輩の過去のほんの一部でしかないのかもしれないけれど――実は、綿貫先輩が話をしてくれたことがあったの」 「どんなこと?」 「麻生先輩が一年の時に、カンニングをしたと言う噂を立てられたこと」 「ひどいよねー。あたし未だに許せない。霧谷のバカ」 ふぅん。麻生の元親友は、霧谷って言うのか。 「兄貴がおかしくなったのも、それからだったよ。もっとも、いつまでもぐちぐち気にしている兄貴も悪いんだけどさぁ……」 しおりは爪を噛んだ。 「しおりちゃん。爪の形が悪くなるから、噛まない方がいいわよ」 「あっ、いっけなーい。みんなからも注意されてるんだっけ。クセなのね、きっと」 リョウが大あくびをした。 「あたし、それまで霧谷嫌いじゃなかったのにな。初恋の人だし」 「えええっ?! マジ?!」 リョウが伸びをしたまま固まった。 「そう。マジ」 「何? リョウ、霧谷って人知ってんの?」 私が訊くと、 「んにゃ、全然」 と、質問したこっちが力が抜けるような答えが返ってきた。 「実はね、霧谷は今、栄高校の生徒なのよ」 「へぇー……」 わだぬきから、『転校して行った』とは聞いたけれど、まさかしおりちゃんと同じ高校だったとは。 「まさか、あたしが栄高校に来るとは思ってなかったみたい。あたしも知らなかったし」 「霧谷って言う人が、栄高校の先輩だってこと?」 「うん」 しおりは頷いた。 「あたしホントは白岡行きたかったんだー。栄高校だって、悪くはないけど。霧谷は地味だから、廊下で偶然会うまで同じ高校だとは思わなかったんだよ。その時は思いっきりムシしてやったけどね」 「霧谷のことはどこで知ったの?」 「ああ。白岡に通っている、仲良しの先輩から」 「そう……」 初恋の人が、実の兄の名誉を傷つけたと知った時、もし私だったら、すごく怒るだろうな。許せないって、思うだろうな。 しおりもそうなのかしら? 「ねぇ、みどりさん。これから私達の高校に行かない?」 「ええっ? 私が?」 「うん。霧谷の顔見なきゃ収まらないでしょ?」 でも、人の事情にうっかり首突っ込むのもなぁ……。 できれば、あまり関わりたくないと言うか。 以前だったら、一も二もなく飛び付く話だけれど、今は、どんな人にもそれぞれテリトリーがあるって、わかったから。 私を連れて行かなきゃ収まらないのは、しおりの方じゃないかしら。 しおりは、霧谷のことが忘れられないんだ。 「私は……」 「行こうぜ! 秋野!」 リョウがいやに張り切っている。 「栄高校へ殴り込みだー!!」 「ちょっ、ちょっと……」 「わぁい。リョウさんいい男ッ!」 しおりまで……。こりゃ、二人の暴走止める為に、私も行かなきゃ駄目かもね。 「わかったわよ。行くわよ、行く」 栄高校は、結構賑やかな学校だ。 「みんな元気だけが取り柄だけど、楽しいよ」 しおりは、なんだかんだ言っても、この高校が好きみたいだ。 「じゃ、ここで待ってて。バカ霧谷、呼んでくるから」 敬意の欠片もなし。私も人のこと言えた義理ではないけどね……。 私達がリョウと一緒に待っていると、栄高校の生徒が来た。 「君達、白岡高校の人?」 「そうだけど」 「しおりと一緒だったよね。どう言う関係?」 「どうでもいいでしょ」 「そりゃそうだ」 なんなんだ、こいつは……。 「そうそう。オレ、葉里総ニ。しおりの恋人」 このC調な男がしおりの彼氏かぁ……。 「あっ、先輩が呼んでる。そんじゃあねぇ」 葉里は向こうへ行ってしまった。 それにしてもしおりってば、決まった相手がいながら、『彼氏募集中』なんて……。 やっぱり麻生の妹だな、と思っていた時、しおりが来た。詰襟の男子生徒も一緒だ。 「おい。しおり。なんだよ、葉里って」 リョウがしおりに詰め寄る。 「え? あのバカが来たの?」 「彼氏なんだろ?」 「違うよ。向こうがそう言ってるだけ」 「なんだ、アイツが勝手に言ってるだけか」 リョウは明らかにほっとしたようだった。 「この人、霧谷信夫。兄貴の元親友」 しおりは詰襟の男を親指で差した。 おっとどっこい生きている 61 BACK/HOME |