おっとどっこい生きている
60
 キーンコーンカーンと、放課後を告げ知らせる鐘が鳴る。
 さっ。部活へ行くか。
 家では宿題や予習復習をやるので、部活の時間は、好きなだけ小説を書ける至福の時間。
 だったのだが。
 図書室で『黄金のラズベリー』の続きを書いていると、リョウが現れた。
「おいっ、麻生の妹が校門前で待っているぞ」
 しおりちゃんが?
 いったい何があったんだろ。
 私はリョウと行ってみることにした。
「あ。みどりさーん」
 しおりは、元気いっぱいに腕を振っていた。
 彼女は、夏用の制服を着ていた。今日は暑いので、半袖だ。私も薄手のセーラー服なのだが。
「どうしたの? しおりちゃん」
「ゴメンゴメン。兄貴のこと、謝りたくってさぁ」
「どうして?」
「ほら。あの後、『秋野みどり』ってどっかで聞いたことあるなと思って、友達に訊いてみたら、新聞部――ほら、兄貴のいる部の餌食にされたことがあったそうじゃん?」
「ああ……でも、もう気にしてないから」
「メールではなんだから、直接謝ろうと思って」
「何でしおりちゃんが謝るの?」
「だって、それぐらいしかできないんだもん。兄貴に代わって――ごめんなさい」
 しおりは頭を下げた。
「でもね、言い訳するつもりはないけど、兄貴だって、いろいろあったから」
「うん。それは、わかるよ」
 私は、何気なくリョウの方を見た。リョウは軽く頷いた。
 それに力を得て、私は話す気になった。
「このことは、麻生先輩の過去のほんの一部でしかないのかもしれないけれど――実は、綿貫先輩が話をしてくれたことがあったの」
「どんなこと?」
「麻生先輩が一年の時に、カンニングをしたと言う噂を立てられたこと」
「ひどいよねー。あたし未だに許せない。霧谷のバカ」
 ふぅん。麻生の元親友は、霧谷って言うのか。
「兄貴がおかしくなったのも、それからだったよ。もっとも、いつまでもぐちぐち気にしている兄貴も悪いんだけどさぁ……」
 しおりは爪を噛んだ。
「しおりちゃん。爪の形が悪くなるから、噛まない方がいいわよ」
「あっ、いっけなーい。みんなからも注意されてるんだっけ。クセなのね、きっと」
 リョウが大あくびをした。
「あたし、それまで霧谷嫌いじゃなかったのにな。初恋の人だし」
「えええっ?! マジ?!」
 リョウが伸びをしたまま固まった。
「そう。マジ」
「何? リョウ、霧谷って人知ってんの?」
 私が訊くと、
「んにゃ、全然」
 と、質問したこっちが力が抜けるような答えが返ってきた。
「実はね、霧谷は今、栄高校の生徒なのよ」
「へぇー……」
 わだぬきから、『転校して行った』とは聞いたけれど、まさかしおりちゃんと同じ高校だったとは。
「まさか、あたしが栄高校に来るとは思ってなかったみたい。あたしも知らなかったし」
「霧谷って言う人が、栄高校の先輩だってこと?」
「うん」
 しおりは頷いた。
「あたしホントは白岡行きたかったんだー。栄高校だって、悪くはないけど。霧谷は地味だから、廊下で偶然会うまで同じ高校だとは思わなかったんだよ。その時は思いっきりムシしてやったけどね」
「霧谷のことはどこで知ったの?」
「ああ。白岡に通っている、仲良しの先輩から」
「そう……」
 初恋の人が、実の兄の名誉を傷つけたと知った時、もし私だったら、すごく怒るだろうな。許せないって、思うだろうな。
 しおりもそうなのかしら?
「ねぇ、みどりさん。これから私達の高校に行かない?」
「ええっ? 私が?」
「うん。霧谷の顔見なきゃ収まらないでしょ?」
 でも、人の事情にうっかり首突っ込むのもなぁ……。
 できれば、あまり関わりたくないと言うか。
 以前だったら、一も二もなく飛び付く話だけれど、今は、どんな人にもそれぞれテリトリーがあるって、わかったから。 
 私を連れて行かなきゃ収まらないのは、しおりの方じゃないかしら。
 しおりは、霧谷のことが忘れられないんだ。
「私は……」
「行こうぜ! 秋野!」
 リョウがいやに張り切っている。
「栄高校へ殴り込みだー!!」
「ちょっ、ちょっと……」
「わぁい。リョウさんいい男ッ!」
 しおりまで……。こりゃ、二人の暴走止める為に、私も行かなきゃ駄目かもね。
「わかったわよ。行くわよ、行く」

 栄高校は、結構賑やかな学校だ。
「みんな元気だけが取り柄だけど、楽しいよ」
 しおりは、なんだかんだ言っても、この高校が好きみたいだ。
「じゃ、ここで待ってて。バカ霧谷、呼んでくるから」
 敬意の欠片もなし。私も人のこと言えた義理ではないけどね……。
 私達がリョウと一緒に待っていると、栄高校の生徒が来た。
「君達、白岡高校の人?」
「そうだけど」
「しおりと一緒だったよね。どう言う関係?」
「どうでもいいでしょ」
「そりゃそうだ」
 なんなんだ、こいつは……。
「そうそう。オレ、葉里総ニ。しおりの恋人」
 このC調な男がしおりの彼氏かぁ……。
「あっ、先輩が呼んでる。そんじゃあねぇ」
 葉里は向こうへ行ってしまった。
 それにしてもしおりってば、決まった相手がいながら、『彼氏募集中』なんて……。
 やっぱり麻生の妹だな、と思っていた時、しおりが来た。詰襟の男子生徒も一緒だ。
「おい。しおり。なんだよ、葉里って」
 リョウがしおりに詰め寄る。
「え? あのバカが来たの?」
「彼氏なんだろ?」
「違うよ。向こうがそう言ってるだけ」
「なんだ、アイツが勝手に言ってるだけか」
 リョウは明らかにほっとしたようだった。
「この人、霧谷信夫。兄貴の元親友」
 しおりは詰襟の男を親指で差した。
 
おっとどっこい生きている 61
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