おっとどっこい生きている
6
「ほらぁ、兄貴がうるさくしたから泣いちゃったじゃない」
「違う違う。これは、お腹がちゅいたのよねー」
 えみりが赤ちゃんに話しかける。
「お乳をあげる時間だわ。さぁ、アンタ達出てって」
と、えみりが仕切る。
「行こう、渡辺くん、秋野くん」
 哲郎が言う。
「え? ここは俺の家だぜ」
「オレは夫だぜぇ」
 不服そうな声を上げる、兄貴と雄也に、
「渡辺くん、秋野くん」
 哲郎の眉間が狭まった。何となく怖い。
 しぶしぶ和室を出る二人について、私も出ようとすると、
「あ。みどりはここにいて。いざというとき、困らないでしょ?」
と、えみりに呼び止められた。
「そりゃ、私だって、結婚はしたいし、赤ちゃんは欲しいけど……私、お乳出ないわよ」
「いいのよ。そんなこと期待してないから。それに、そんな貧乳じゃねぇ」
「ひ、貧乳なんてあんまりよ! 確かに、胸はない方かもしれないけど……」
 私は、いつの間にか、彼らに対して、普段、友達や家族に使う口調になっていた。
「ま、妊娠すれば、大きくなるから大丈夫よ」
 そう。まぁ、それを待つしかないわね。
 純也が、えみりのお乳を、一生懸命、飲もうとしている。
 硬派で通している私がこんなこと思うのも何だし、大半のクラスメートがあ然とするかもしれないけど。
 かわいーい。
 純也が天使に見えてくる。すると、たとえ、えみりがケバくても、聖母に思えてしまうから不思議よね。
 一段落すると、胸をしまったえみりは、純也の背中をぽんぽんと叩く。純也がゲップする。
「みどり。アタシ達って、せいぜい純也のおまけじゃない?」
「確かに、純也くんがいなければ、哲郎さんやあなた達に出て行ってもらっていたところなんだけどね」
「あはは。正直ー」
 私は、兄の友達って、変な人ばかりだなぁ……と思った。人ごみに紛れると、ちょっと個性的なだけかもしれないが。
 どの辺からどの辺まで普通って、計ることはできないかもしれないけど。
 友達ってだけで、人の家に転がり込んでくるだけで、相当なもんだよなー……。
 まぁ、昔は、いろいろそんなお客さんもいたんだけど、このところ、家族とだけの生活に、慣れてしまったんだよね。
 そうか。昔のことなんて忘れていたから、哲郎一人であたふたしていたが、これは、過去の状態に戻っただけなんだ。
 そういったことを考えていたら、
「ー……のよねー」
 と言った、えみりの、ややトーンダウンした声が聞こえた。
「え? 何?」
 私が訊き返すと、
「だからぁ、アタシ、みどりのこと、気に入っちゃったんだよねー」
 え? え? どこらへんが?
「私、えみりさんの言う通り、純也くん以外は歓迎してないわよ」
「でもさ、正直じゃん。さっきタンカ切ったときも、『カッコイー!』って思ったし。そのあと、言い過ぎて謝ったのもカワイかったし。駿ちゃんも正直だから好きだけどさ」
 しゅ、駿ちゃん?
「兄貴のこと、いっつも駿ちゃんって呼んでるの?」
「そうよ」
 えみりはしれっと言う。
 両親でさえ、兄貴のことは、「お兄ちゃん」て呼んでるのに。「お兄ちゃん」と言うのは、私からの視点で、私が幼いときから習慣になっている呼び方だから、なかなか変えられないみたいだけど。学校では、当たり前だが、「お兄ちゃん」でもないだろうと思っていたが……。
 既婚女性が、駿ちゃん、て、兄貴のこと呼んでいるのは、はっきり言ってどうかなぁ。「駿」と呼び捨てにされるのも、不愉快だけど。
 はっ。なに兄貴に同情しているんだ、私は。目の寄るところには玉。兄貴に「駿ちゃん」はお似合いかもしれない。
「私、文句を言ったんだよ。えみりさんのお姑さんだって、同じことを言うはず」
「ああ、あのババァはダメよ」
「えみりさん」
 私は、少し、怖い声を出してみた。えみりはすぐに気付いたようだった。
「いっけなーい。アタシ、またババァって言っちゃった」
 そして、いたずらを見つけられた子供のように、(許してね)と、甘えるような顔をする。
 私、いつものように、かなり言いたい放題言っただけなんだけどな。
 それが気に入ったんなら、何もいうことはないか。
「これからもよろしくね。あたしのこと、えみりって呼んでいいわよ」
「わかった。えみり」
 心の声の方では、会ったときから敬称略にしてたんだけどね。
「雄也も、あんな憎まれ口叩いてたけど、きっと、みどりを好きになるわよ。ただし、アタシと純也の次にね」

おっとどっこい生きている 7
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