おっとどっこい生きている しおりは私達が帰る頃、握手を求めた。 柔らかい、もち肌だった。 それにしても――雄也が気になることを言っていた。 「ねぇ、雄也さん。ケ―タイ止められてるって、ホント?」 私の問いに、 「ああ。貯金が底をついちゃいそうでさぁ……学費やその他諸々もかかるから。んで、請求シカトしてたら、いつの間にか止められてた」 雄也は笑いながら答えた。 「笑ってる場合じゃないでしょ。何とかしなくちゃいけないんじゃないの?」 「ん。まだへそくりはいくらか残ってるから。でも、本気で新しいバイト探さなきゃなぁ」 「今までは、どんなバイト考えてたの?」 「ホスト」 「――世の中なめんじゃないわよぉ!」 「冗談冗談。だけど俺、女心つかむの上手いから向いてるかもしんないよ」 「まぁ! 雄也、浮気するつもり?!」 えみりが鋭く言った。 「とんでもない!」 「まぁ、女心をつかむのがプロ級だとは認めるけれどね、だって――」 そこでえみりは間を置いた。 「私のハートを鷲掴みにしてるんだもの」 「えみり……」 「雄也……」 あー。砂吐きそう。 ついでに、うちの両親を思い出してしまったわ。 所帯持っているのに、どうしてこうもロマンチックできるのかしら。 私はコホンと咳払いした。 「で? 本当はどんなバイト探してるわけ?」 「んー、時給千円以上だな」 なるほど。ちょっと高いけれど、ホストよりはマシね。 「アタシも働きたいわ」 えみりが言った。 「え? じゃあ、純也は誰が見るんだい?」 「哲郎にでも任せとくわよ」 「だって、哲郎だって、四浪だぜ。そろそろ身の振り方考えないと」 「あら。じゃあ、私が働くのに反対なの? そう言うの男尊女卑って言うのよ」 「いやぁ、でもさ……」 雄也がぽりぽりと頭を掻いた。 「えみりがバイト先で誰かに惚れられたら困る、と思ったからさ」 「まぁ、雄也ったら……」 「だって、えみりは性格いいし、かわいいし、スタイルいいし……」 「――雄也」 えみりがポッと赤くなる。 「俺のえみりが、他の男に取られたら困るのさ」 「でも、大学にも男はいるんじゃないの?」 私は素朴な疑問をぶつけた。 「ああ。それなら大丈夫。俺達大学ではいつも一緒だもんなぁ」 「ねぇー」 ――訊いた私がバカだったわ。 「一緒にいられない時でも、ケータイが……あ!」 雄也は大事なことを忘れていたらしい。 「ケ―タイ止められてるんだよなぁ、俺達」 そうそう。だから、バイトの話が出たんでしょ? 「お金、みどりへのプレゼントでまた使っちゃったし」 えみりも溜息を吐いた。 「え? 何それ、私のせい?」 「そんなこと言ってないけど」 「言ってるも同じじゃない!」 私もつい声を張り上げてしまった。 「じゃあ、返すわよ。私は携帯さしあたっていらないし」 「しおりちゃんや友達に番号とメアド教えたじゃねぇか」 「ご両親にもね。みどり、アンタ人付き合いは大事にしなきゃダメよ」 うっ……雄也とえみりにまともに諭されてしまったわ。 でも、仕方ないかもしれない。とにもかくにも、彼らは一児の親で、私より年上なんだから。 奈々花が「今日の哲郎さん、かっこよかったです」と言う声が聞こえた。哲郎も満更でもないらしい。 しかし、信仰一辺倒だと思っていた哲郎が、神様に祈るだけでは救われない、と言うなんてねぇ。 私、哲郎のこと誤解していたかもしれない。 「あそこの水、美味しかったねぇ」 「そうね。隼人くん」 「友子お姉ちゃんと一緒なら、また行ってもいいなぁ。しおりお姉ちゃんもおもしろい人だし。……今度はマーシャも誘ってみたいけど」 「マーシャにはマーシャの都合があるのではないかしら?」 「そっかぁ。それにしても、今日の哲郎お兄ちゃんはかっこよかったなぁ」 「よしてくれよ。隼人くん」 照れる哲郎に、 「でしょでしょ? 哲郎さん、かっこ良かったわよねぇ」 と、嬉しがる奈々花。 やっぱりこの二人はお似合いなんじゃないかしら。 「ふふ、麻生先輩の家には、押しかけて行く形になったけど楽しかったわよねぇ」 今日子が笑いながら言った。 「哲郎さん、よく言ってくれたと思うわ」 「そうね」 私も頷く。 「これで、麻生先輩も明るく真面目な一生徒に戻ってくれるといいんだけど」 「そうね……麻生先輩も、初めからああ言う性格じゃなかったみたいだしね」 「いい記事を書く新聞部員になってくれると嬉しいわ。もともとは、躾もそんなに悪かったとは思えないしね」 「煙草を容認するのは、あまり諾えないことだけどね」 ――と、その時。 私達の携帯が同時に鳴った。 「あ、しおりからだ」 「私にもだ」 「こっちにも」 しおりからの一斉メールには、こう書いてあった。 『ハロー! しおりです。みんな、教会に来てくれてありがとう! これからも、仲良くしてね! あ、アト、兄貴のコトヨロシクね!』 絵文字がたくさん使われていた。 今時の女子高生のメールって感じだ。あんまり詳しくはないけど。 友達か。それもいいな。 「あ、私、返信送るわ」 「そうね」 「私も」 けれど、私はメールを打つのは慣れてない。結局、 『メールをありがとう。今日は楽しかったです』 と言う素っ気ない文章になってしまった。 おっとどっこい生きている 57 BACK/HOME |