おっとどっこい生きている
56
(じゃー、またね)
 しおりは私達が帰る頃、握手を求めた。
 柔らかい、もち肌だった。
 それにしても――雄也が気になることを言っていた。
「ねぇ、雄也さん。ケ―タイ止められてるって、ホント?」
 私の問いに、
「ああ。貯金が底をついちゃいそうでさぁ……学費やその他諸々もかかるから。んで、請求シカトしてたら、いつの間にか止められてた」
 雄也は笑いながら答えた。
「笑ってる場合じゃないでしょ。何とかしなくちゃいけないんじゃないの?」
「ん。まだへそくりはいくらか残ってるから。でも、本気で新しいバイト探さなきゃなぁ」
「今までは、どんなバイト考えてたの?」
「ホスト」
「――世の中なめんじゃないわよぉ!」
「冗談冗談。だけど俺、女心つかむの上手いから向いてるかもしんないよ」
「まぁ! 雄也、浮気するつもり?!」
 えみりが鋭く言った。
「とんでもない!」
「まぁ、女心をつかむのがプロ級だとは認めるけれどね、だって――」
 そこでえみりは間を置いた。
「私のハートを鷲掴みにしてるんだもの」
「えみり……」
「雄也……」
 あー。砂吐きそう。
 ついでに、うちの両親を思い出してしまったわ。
 所帯持っているのに、どうしてこうもロマンチックできるのかしら。
 私はコホンと咳払いした。
「で? 本当はどんなバイト探してるわけ?」
「んー、時給千円以上だな」
 なるほど。ちょっと高いけれど、ホストよりはマシね。
「アタシも働きたいわ」
 えみりが言った。
「え? じゃあ、純也は誰が見るんだい?」
「哲郎にでも任せとくわよ」
「だって、哲郎だって、四浪だぜ。そろそろ身の振り方考えないと」
「あら。じゃあ、私が働くのに反対なの? そう言うの男尊女卑って言うのよ」
「いやぁ、でもさ……」
 雄也がぽりぽりと頭を掻いた。
「えみりがバイト先で誰かに惚れられたら困る、と思ったからさ」
「まぁ、雄也ったら……」
「だって、えみりは性格いいし、かわいいし、スタイルいいし……」
「――雄也」
 えみりがポッと赤くなる。
「俺のえみりが、他の男に取られたら困るのさ」
「でも、大学にも男はいるんじゃないの?」
 私は素朴な疑問をぶつけた。
「ああ。それなら大丈夫。俺達大学ではいつも一緒だもんなぁ」
「ねぇー」
 ――訊いた私がバカだったわ。
「一緒にいられない時でも、ケータイが……あ!」
 雄也は大事なことを忘れていたらしい。
「ケ―タイ止められてるんだよなぁ、俺達」
 そうそう。だから、バイトの話が出たんでしょ?
「お金、みどりへのプレゼントでまた使っちゃったし」
 えみりも溜息を吐いた。
「え? 何それ、私のせい?」
「そんなこと言ってないけど」
「言ってるも同じじゃない!」
 私もつい声を張り上げてしまった。
「じゃあ、返すわよ。私は携帯さしあたっていらないし」
「しおりちゃんや友達に番号とメアド教えたじゃねぇか」
「ご両親にもね。みどり、アンタ人付き合いは大事にしなきゃダメよ」
 うっ……雄也とえみりにまともに諭されてしまったわ。
 でも、仕方ないかもしれない。とにもかくにも、彼らは一児の親で、私より年上なんだから。
 奈々花が「今日の哲郎さん、かっこよかったです」と言う声が聞こえた。哲郎も満更でもないらしい。
 しかし、信仰一辺倒だと思っていた哲郎が、神様に祈るだけでは救われない、と言うなんてねぇ。
 私、哲郎のこと誤解していたかもしれない。
「あそこの水、美味しかったねぇ」
「そうね。隼人くん」
「友子お姉ちゃんと一緒なら、また行ってもいいなぁ。しおりお姉ちゃんもおもしろい人だし。……今度はマーシャも誘ってみたいけど」
「マーシャにはマーシャの都合があるのではないかしら?」
「そっかぁ。それにしても、今日の哲郎お兄ちゃんはかっこよかったなぁ」
「よしてくれよ。隼人くん」
 照れる哲郎に、
「でしょでしょ? 哲郎さん、かっこ良かったわよねぇ」
 と、嬉しがる奈々花。
 やっぱりこの二人はお似合いなんじゃないかしら。
「ふふ、麻生先輩の家には、押しかけて行く形になったけど楽しかったわよねぇ」
 今日子が笑いながら言った。
「哲郎さん、よく言ってくれたと思うわ」
「そうね」
 私も頷く。
「これで、麻生先輩も明るく真面目な一生徒に戻ってくれるといいんだけど」
「そうね……麻生先輩も、初めからああ言う性格じゃなかったみたいだしね」
「いい記事を書く新聞部員になってくれると嬉しいわ。もともとは、躾もそんなに悪かったとは思えないしね」
「煙草を容認するのは、あまり諾えないことだけどね」
 ――と、その時。
 私達の携帯が同時に鳴った。
「あ、しおりからだ」
「私にもだ」
「こっちにも」
 しおりからの一斉メールには、こう書いてあった。
『ハロー! しおりです。みんな、教会に来てくれてありがとう! これからも、仲良くしてね! あ、アト、兄貴のコトヨロシクね!』
 絵文字がたくさん使われていた。
 今時の女子高生のメールって感じだ。あんまり詳しくはないけど。
 友達か。それもいいな。
「あ、私、返信送るわ」
「そうね」
「私も」
 けれど、私はメールを打つのは慣れてない。結局、
『メールをありがとう。今日は楽しかったです』
 と言う素っ気ない文章になってしまった。
 
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