おっとどっこい生きている 麻生は不満そうだった。 「なんでこんなについてくるんだ!」 そう言われるのも無理はないかも知れない。 なんせ、麻生を入れれば十人以上いたからだ。 純也は父親の腕に抱かれている。 「人数は多い方が楽しいじゃない」 私はけろりとすまして答える。 だが、決して、彼に対する嫌がらせではない……と思う。気が付いたらこうなってしまっていたのだ。 奈々花と友子は、「今度は美和や頼子も教会に誘おうか」と言う話をしている。 哲郎は……それを遠巻きに眺めている。 「哲郎、どう? 奈々花とは」 私は隣に来て囁いた。 「どうって、別に……」 「何よ、歯切れ悪いわね。キスのこといつまでも女々しく気にしているなんて、男じゃないよ!」 私は哲郎の背中をどんと叩いてやった。 「そのことについてなら、大丈夫だよ」 哲郎は笑った。だがどこか力ないように見えた。 「奈々花くんはいい子だよ。なんで僕もあの子に恋することができないんだろう……」 それは――哲郎の誠実さから来た言い方だった。 哲郎は奈々花に惚れられない自分に困っているのだ。二股をかけると言うことが、性格上できないのだろう。そんなところが美点なんだけれどね。 彼は奈々花を恋愛対象とみることができないのだろう。こればかりはどうしようもない。 でも、いつか――そう、いつかでいいから、奈々花の方に振り向いて欲しい、と言うのは我がままだろうか。 奈々花がこっちに視線をやったが、私が顔を向けると、黙って俯いた。聞かれていたのかしら。今の話。 「まだ? 結構遠いわね」 えみりが言う。不平でなく、素直な感想だ。 「そうだな。俺ん家山の中だし」 「家の中が教会なの?」 「――まぁな」 「それじゃ、岩野牧師のところとおんなじね」 「規模は小さいけどな」 麻生がえみりと話を交わしている。少なくとも、ちょっとした会話が成り立っている。 「みどり、アンタって案外気が多いわね」 私の方に矛先が向いたので驚いた。 「――どう言う意味よ」 「桐生クンと言う彼がいるくせに、麻生クンにも声をかけるなんてね」 「違うわよ、これはね――!」 「秋野もわるかないけど、冬美の方が断然好みだね、俺は」 麻生は人の悪い笑みを浮かべている。 リョウが「くゎ……」と伸びをしてあくびをした。 「こいつ、全然色気ねぇしさ。桐生がなんでこんな女選んだのかわかんねぇ」 「私も、冬美がアンタのどこに惹かれたんだかわからないわ」 「何だと?!」 「何よ!」 「まぁま、落ち着いてちょうだい」 えみりがとりなそうとした。 「何だよ? 化粧濃いババァ。その年でまだ男落とせると思ってんのかよ」 「うふふ。このくそガキ……ちょおっと一発殴ってもいいかしら」 ああ、麻生もえみりも、今まで友好的とは言わないまでも普通に会話してたのに。 「俺も混ぜろ。恋女房の悪口言われて、黙っていられる夫はいないかんな。みどり、ちょっと純也抱いてろ」 「待ってよ!」 「――オレもグーではっ倒す」 「アンタはいいでしょ、リョウ」 「オレだってえみりサン気に入ってんだぜ。――邪魔すんなよ。秋野」 私は泣いている純也を抱えたまま、どうしようかと考えあぐねていた。一触即発かと思われたその時。 「ねぇ、ここに看板みたいなのがあるんだけど」 今日子の声だ。 柱に打ちつけられた木の板に『神光教会』と書かれている。だいぶ雨ざらしになっていたようだ。 「ふぅん、神光教会と言うのが、アンタん家の教会なわけ?」 私が訊くと、 「――まぁ、そうだ」 と答えが返ってきた。 えみり達は毒気を抜かれたらしい。その後は大人しくなった。 「ねぇねぇ、お兄ちゃん」 友子と手を繋いでいた隼人が麻生に話しかける。 「なんだ?」 「お兄ちゃんも、お祈りしているの?」 「祈りっつうか、まぁ、そうだな。おまえさんぐらいの年の頃は、何の疑問も抱かずに祈ってたな」 「今はどうなの?」 「今はあまり……」 「じゃあ、お兄ちゃんの分までぼくが祈ってあげるね」 子供は素直だ。隼人が格別いい子と言うのもあるかもしれないが。隼人が祈りを唱え始めると、「おい、よせよ。こんなところで」と麻生が慌て出した。 しかし、その麻生の表情も和らいで見えるのは気のせいだろうか。 「さ、着いたぞ。狭いし、なーんもない教会だ」 確かに、古びてはいる。それに小さい。 草いきれがむんむんする。今日は暑い。水でも欲しいぐらいだ。 こんなところでひっそりと礼拝を守っているとは。 なんだか昔の隠れキリシタンを思い起こさせた。 「ただいま」 麻生は、無愛想な顔をしている。面白くないのはわかるが、もうちょっと何とかなんないのかなぁ……。 「あら、あらあら。お客さんがたくさんお見えになったのね。あなた、あなた。清彦がお友達連れて来たわよ」 「こんな奴ら、友達でも何でもねぇよ」 「私だって、アンタのこと友達と認めてないわよ」 麻生の悪態に、えみりがつっかかる。 「私達は、ただついてきただけですから……」 「そうそう。麻生さんは、学校の先輩でしてね」 「そうだったの。さ、あがっていらして」 人の良さそうなおばさんだな。麻生って、何でグレたのかしら。やっぱり、昔の親友のことで。 「おう。お帰り」 体格の良い男の人が、奥から出てきた。 「ほう。こんなにたくさん人が訪れるのも珍しいね。ごらんの通り、大したものもないところだ。まぁ、あがっていってくれたまえ」 「帰るときは勝手に帰りな。――おい、お袋。煙草代」 「……吸い過ぎないでね。清彦」 「うるせぇ! 指図すんな!」 麻生は出て行ってしまった。 それにしても――高校生に煙草代? 「どうも、お恥ずかしいところをお見せしてしまって」 違う。なんか違う。 「水でもどうぞ。近くの湧水を汲んできたものですが」 冷たい水は喉を潤すだけでなく、五臓六腑に染みわたり、不快な暑気も吹き飛ばす。私は、こんなところに住んでいる麻生を少し羨ましく思った。 おっとどっこい生きている 55 BACK/HOME |