おっとどっこい生きている
50
(――?)
 今日は何かみんなよそよそしい。
 兄貴、友達、居候にいたるまで。
 どうしたんだろ。まさか麻生が手を回したんじゃ……穿ち過ぎか。
 それに、今はもう麻生なんて怖くないもんね。
 じゃあ何故――。
「将人ー」
 部活の始まる前に剣道部に寄ったら、将人はもう帰ったとのこと。
 川島道場に行ったわけでもないらしい。
 なんだろう。
 いつも文芸部に来るメンバーも今日はいない。
 私は、夢中で『黄金のラズベリー』十枚を書き上げた。
 しかし――なんか変だな。
 頼子辺りは来てもよさそうなものだが。
 ま、いいや。
 
 部活動の時間が終わったので、私は帰宅した。
 家の中はしん、としている。
 いつもだと、えみりとか、哲郎とかがいて、誰かが電気をつけてたりしたものだったが。
「えみり……雄也さん……哲郎?」
 名前を言いながら入っていった。
 そのとき!
 パァン!と破裂音がした。クラッカー?
「お誕生日おめでとう! みどり!」
 ぱっと明かりが点いた。
「みんな……」
 そう言えば、今日は私の誕生日だったっけ。すっかり忘れていた。
「何ほうけてんのよ! 今日の主役!」
 えみりが肩をどやしつけた。
「みどりちゃーん。おめでとう!」
 美和が言う。
 頼子、奈々花、今日子、友子もいる。いつもの居候連も。
 そして――将人と隼人がいた。
「やぁ、秋野」
 そう言って、将人は、照れくさそうに片手を上げた。
「お姉ちゃん、いくつになったの?」
 隼人が訊いた。
「えーと……十七よ」
「先を越されたな」
 リョウがにやにや笑いながら言った。
 それにしても――彼らがサプライズパーティーを企画しているなんて、思いもよらなかった。
 今日が誕生日だと言うことも、記憶からすっぽ抜けてたし。

 やがて、ご馳走が運ばれてきた。
 簡単にできて美味しいもの、と言うことで、焼肉パーティーになったらしい。
 美味しい。
 私の為に用意してくれたんだと思うと、尚更美味しい。
 そうかぁ……私もいなかったものね。
 私だったら、もう少し手の込んだものを作るんだけれど。
 でも、肉汁たっぷりの肉は堪能できた。野菜もたっぷりあって、談笑しながらつついていたら、窓の外ではすっかり日が暮れてしまった。
 頼子が後で、焼きそばも焼いてくれた。彼女、いい嫁さんになるだろうな。
 みんなが私の誕生日を祝ってくれるのが嬉しい。特に、将人達が来たのが嬉しい。
 将人は、哲郎とすっかりウマが合ったらしい。なんだか、私の知らない話をしている。
「へぇー……桐生センパイ、哲郎サンと仲良しになってるよ」
 リョウが、感心したように言った。
「ま、女の好みも一緒だからな」
 雄也が私の方を見た。
 え? 私?
 思わず自分の方を指差してしまった。
「さぁてと、腹もくちくなってきたし、ちょっと散歩にでも出ようか」
「賛成ー」
「えみり、純也を頼むな」
「あら。純也くんの面倒くらい、私が見るのに」
 私が言うと、
「今日の主賓にそんなことさせられないだろ? 一応」
と、雄也が答えた。
 私だったら、構わないのにな。

 夜の風は気持ち良かった。
 季節はもう梅雨に入る頃だが、今日はいい天気だった。
「いいものだよね。みんなでこう言う風に集まるのも」
 奈々花は愉快そうだ。
「ああ」
 哲郎が頷いた。
「そうだな」
 リョウも続いた。
「近くの公園まで、行ってみないか?」
 兄貴が案を出す。
「そうしよー!」
 みんなは花見で有名な場所に繰り出した。
 もちろん、今は桜も咲いていないから、屋台などもない。
 けれど、みんなで歩くと言うこと自体が、なんとなく心うきうき弾ませてくれるものなのだ。
「私、懐中電灯持ってきたわ。こんなこともあろうかと」
 今日子がバッグから取り出した懐中電灯のおかげで、視野が明るくなった。
「わぁ、なんでそんなもの持ってるの? 今日子ちゃん」
 美和が歓声を上げた。
「今日、バーベキューパーティーになるかもしれないと、連絡を受けてね」
 今日子が笑顔を見せた。
「そう言えば、今日は雨が降るかもしれないから、屋内でやることにしたんだよね、パーティー」
「天気予報大外れじゃーん。バーベキューやっても良かったよー」
 えみりとリョウが言った。
「秋野」
 将人だ。なんだろ。手招きしてる。
 私は木陰にいる将人のところに近寄った。
「おまえも俺と同い年になったな」
「将人……将人はいつ生まれなの?」
「一月二十二日。隼人は二月十九日」
 へぇー。約一月違いなんだ
 じゃあ、そのときは手料理作って持って行ってあげよう。
 私達は、他に言うこともなく、しばらく見つめ合っていた。
「秋野……いや、みどり……」
 将人が私の肩を抱いた。
 あ、いいムード。
 でもだめだめ。こんな人の多いところでは。絶対邪魔が入るに決まってるもの。
「みどりちゃん!」
 ほらね。
 いや、奈々花。アンタは悪くないんだけどさ……。
「あ、ごめん……」
 いいってことよ。私達にキスはまだ早かったんだわ。少々残念だけど。
 池をめぐる道々、雄也が言った。
「俺、ここで泳ごうかな」
 バカな真似はやめてね、雄也……一応一児の父なんだから。だいたい、抱っこしてる純也、どうするつもりなのよ……。
 ま、冗談だとは思うけどね。

 はしゃぎながら家へと戻る友人達を見ているうち、私は昔を思い出した。
 おじいちゃんおばあちゃん達が生きていた頃はよく、こんな大人数でお祝いしてもらったっけ。
 懐かしい……。
 涙が出そうになった。
「秋野。どうした。何があったんだ」
 将人が私を気遣ってくれる。ああ、私は幸せ者だ。
「うん。ちょっとね……」
「何かあったら、俺に言いなよ」
「わかったわ」

 帰るなり、えみり達は既に眠そうだった純也を寝かしつけ和室に運ぶと、リビングに戻ってきて、即興の舞踏場を作りリョウのギターで踊り始めた。全く、陽気なんだから。
 奈々花も頼子も今日子も美和も、早速ダンスの腕前を披露している。
 哲郎が軽快なステップを踏んでいるのには、さすがの私も驚いた。
 哲郎、ダンス上手かったんだ。意外……。
 友子も、隼人と一緒に音楽に合わせて(いるつもりなんだろうな)舞っている。二人とものっているようだ。
「楽しいわね。隼人くん」
「うん。友子お姉ちゃん」
 兄貴はそばで手拍子を叩いている。
「俺達も踊ろうぜ」
 将人と私も、彼らの輪の中に入った。
 この時間が、永遠に続けばいい……。
 ケーキを食べた後には、プレゼント攻勢が待っていた。
「みどりー。アンタ、ケ―タイぐらい持ちなさいよー。ほら、じゃーん」
 えみりが最新の携帯電話を差し出した。
「じゃーんって……携帯代は誰が出すの」
「俺」
 兄貴が簡単に答えた。
 ああ、静かな生活とは、当分縁がなさそうだわ……。
 
おっとどっこい生きている 51
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