おっとどっこい生きている
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 放課後、美和のアナウンスがこう告げた。
『剣道部から、皆さんへお知らせです。帰宅していない方々は、どうか残って聴いてください。それでは、剣道部主将、桐生将人さん、どうぞ』
 ええっ?! 将人?!
 将人が何を話すんだろう……。
 皆も息を詰めて、将人の言葉を待っている。
『剣道部主将、桐生です。本日は、僕のことで誠にお騒がせしました』
 そんなの、将人のせいじゃないのに。
『あの騒ぎの源は、僕の責任でもあります。僕は慢心して、東条学園との試合では残念な結果を白岡高校の生徒にお見せしてしまいました』
 でも、それは、将人のコンディションが悪かったからで……そんなこと、誰にでもあることよ。
『手前味噌ながら、僕の過去の実績については、僕の実力だったと言う自負があります。しかし、この間の負け試合では、油断があったことは否定できません。僕の不徳の成すところです。僕を見限った方もあるかもしれません。そう言った方々には、本当はお詫びのしようもないのですが、ここに心から陳謝する次第です』
 将人、謝らなくていいのよ。あなたは何にも悪くない。
『これから、剣道への態度を改めて、精進に励むことを約束します。ご静聴、どうもありがとうございました』
 私は――
 拍手をしていた。
 何人かがそれに続いた。
 やがて、拍手が教室内に鳴り渡った。
「将人!」
「秋野! 行って来い!」
 誰かの台詞に後押しされて、私は教室を出て行った。
 向かうは放送室。
 何もメディアは新聞部ばかりではないのよ。麻生、お気の毒様。
 放送室には、何人かの生徒が押し寄せていた。
「入らないでください。今は、桐生さんをそっとしておきたいので……」
「あなた達……」
「あ、秋野さん! ――皆さん、この人は特別です。通してあげてください!」
 人々は不承不承と言った態で、私の為に道を開けてくれた。
「秋野!」
 将人は嬉しそうに顔を輝かせた。
 こういうところ、弟の隼人くんにも似ているのよね。
「素晴らしいスピーチだったわ!」
「ありがとう」
 将人は、一言も、新聞部員を責めなかった。
 その態度が、立派よ。
 私の、自慢の彼。
「で? 今日はどうするの? これから部活?」
「ああ。本当は川島先生のところに行きたいんだけど――それは週末にしておこうと思うんだ。部活にも力を入れたいから」
「――あのね、将人。私、どっちもちゃんとしたいと言う気持ちはわかるんだけど、どちらか一つ絞った方がいいんじゃないかしら」
「その通り」
 田村先生が入ってきた。
「田村先生!」
「桐生。おまえは今日は川島のところへ行け。部長としての仕事なら、武田でも間に合う。――週一回ならな」
 田村先生はにかっと笑った。
「月曜日は、俺達に任しとけ!」
 ああ、嬉しい!
 将人をこんなに力づけようとしている先生がいるなんて!
 いろいろ噂を立てている人、はっきり言ってバカよ。 
 将人も田村先生も、いい男なんだから!
「じゃ、行くか」
「待って。私、武田先輩にも『剣道部をよろしくね』って、伝えたいの」
「それは俺の言うべきことなんじゃないかな――」
「いいじゃないか。これで、心おきなく、留守を預けることができるさ。頼んだぞ。秋野」
 田村先生の台詞に、私は、
「はい!」
と力いっぱい返事した。

 今度向かったのは、剣道部の練習場。
(第10話では、『剣道部の部室』と書いたけど、あれは『剣道部の練習場』のこと。部室もあることはあるけれど)
「武田先輩――あ、頼子」
 頼子がいたということが意外だった。
 けれど、考えてみれば、意外でも何でもなかったかもしれない。
 頼子は、この間の東条学園での試合を見ているのだから――。
「頼子、将人に何か用?」
「あ、みどり」
 頼子は私のところに駆けてきて、耳打ちした。
「ここにいたこと、誰にも言わないでね」
「秘密ってこと? あっ、まさか。将人に用?」
 と言うことは頼子も、将人に気があるってこと?
「違う違う。私は武田先輩の方が好きなの」
「ええっ?!」
 私はつい叫んでしまった。
「大きな声出さないでよ」
「だって――武田先輩って……」
 頼子は溜息をついた。
「あのね、みどり。アンタはイケメン好きだからわからないかもしれないけど、私は武田先輩の中身が好きなの。何より、武田先輩の剣には思想があるもの。桐生先輩なんて、竹刀をぶんぶん振り回して喜んでいるガキじゃない」
「頼子――それ以上将人の悪口言ったら、怒るわよ」
「悪口じゃないんだけどな……アンタ、神経過敏になってない?」
「なってたら悪い」
「ううん。そうではないけど」
 頼子が、さすがに済まなさそうな顔をしている。
「じゃ、アンタから伝えておいてよ。武田先輩に、剣道部を頼むって」
「アンタが言いなさいよ。武田先輩ー!」
 あ、オクターブ違う声……。
「何だい?」
「みどりがね、話したいことがあるって。ね」
「うん」
 私は口を開いた。
「桐生先輩は川島さんのところに行ってるから、その間、部活お願いね!」
「なんだ、そんなことか。喜んで、引き受けてやるとも。まがりなりにも、俺は副主将だもんな。そうそう、それから――」
 何かあるのかしら。
「将人、格好良かったぜ」
 途端に私、嬉しくなり――
「ありがとうございます!」
なんて、自分のことのように礼など言ったりして。

 兄貴はさぞ驚いただろう。
 帰ってきて、おじいちゃんとおばあちゃんに線香あげた私が、
「裏サイト見せてくれない?」
と言ったのだから。
「あ、でも、おまえ、あんな奴らのこと――軽蔑してたんじゃなかったのか?」
「してるわよ。でも、確かめたいことがあって」
 私達は兄貴の部屋に行き、出てきたサイトの画面をスクロールする。
 将人の発言は、波紋を呼んだようだった。
 潔く謝って、いい奴だと言う意見と、謝ったからには、それなりのことはしていたに違いないと言う意見と、大方二つに分かれた。
 ああ良かった。
 将人の味方がこんなにいる。敵も多いかも知れないけど。
 がんばってね。将人。
 そして――ざまぁみろ! 麻生!
 私達は、あんなデマには負けないんだから。
 私は意気揚々と、階下へと引き上げて行った。
「お、秋野……元気そうだな」
 リョウが言う。
「ふふ、まぁね」
 武者震いでもしてきそうな気分よ。
 両親からの電話であらましを話し、宿題を終えると、お風呂に入り、どこかうきうきとした気分のまま眠りに落ちた。
 
おっとどっこい生きている 47
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