おっとどっこい生きている 「何これ!」 校内新聞のタイトルを見るなり、私は叫んでいた。 『桐生将人 八百長疑惑!』 デカデカとタイトルの文字が躍っている。 「嘘よ!」 あのわだぬきめぇ~! 他の生徒達も、私を見てひそひそと囁き合う。 許さない……! 私は新聞を破いてはがした。 「あーら、八百長疑惑の彼氏を持つ彼女さん」 げっ! 今一番会いたくないヤツに! 「有名で結構だこと。アンタも、先輩も」 由香里が厭味ったらしく言う。 悪いけど、それどころじゃないわ! 「私、行くとこあるんだけど」 「新聞部? 先輩のとこ? それとも、図書室にでも泣きに行くの?」 「関係ないでしょ!」 だが、由香里と言い合ったおかげで、頭に上っていた血が少し下がった。 わだぬきめ、将人に恨みでもあるの?! もう二度とこんなやり方はしないと言ったのに。 私に告白しておきながら、私の心を傷つけた。 将人に対して卑怯な手段を使わないと、宣言したはずなのに。 この記事を見たとき、頭殴られたぐらいショックだった。 わだぬき――あいつ、鉄面皮なんだわ。しゃあしゃあと嘘をつくくらい、何でもないんだ。 なんてヤツ! 涙がぼろぼろ出てきた。 あの男は、私達を裏切ったのだ。 許さない……。 由香里の声も耳に入らない。 私は新聞部にの部室に向かった。 わだぬき……いや、新聞部の綿貫部長は、何となく覇気が感じられなかった。 この間まで、梟雄のそれではあったけれど、強烈なオーラを発散させていたのに。 今のわだぬきはただのオッサン……いや、一コ上なだけなのに、オッサンは気の毒か。 「秋野か……」 背凭れに背を凭せ掛けていたわだぬきがのろのろと起き上がる。口をきくのも億劫そうだ。 「来ると思ってたよ」 私は毒気を抜かれた。が、それはそれとして。 「この記事……この記事何よ」 私は破いた新聞の一部を差し出す。怒りで手が震えた。 「あーん。東条学園との試合のときのやつか」 「そうよ。これ、誰が書いたの?」 「多分、麻生派の一人だ。本人かもしれん。どうやら、あいつらは、裏サイトでいろいろ暗躍しているらしい」 「インターネットで?」 「そうだ」 「アンタは関係ないの?」 「あまり近寄りたくないね」 「どうして」 「いいか、秋野」 わだぬきがぐいっと首を伸ばした。 「パソコンは悪魔の箱だ!」 それを聞いたとき――私は思わず吹き出してしまった。 「冗談ではない!」 大真面目になればなるほどおかしくて――いつもなら笑うところだった。記事への怒りが緊張を支えた。 「でも、アンタ、新聞部長でしょ? 今時パソコン使えないと、いろいろ不自由じゃない?」 「コンピューターを駆使する役目は、麻生だったよ」 「じゃあ、アンタ、ほんとにペン一本で原稿書いてたわけ?」 「そうだ。見直したか?」 「――ばかばかしい」 でも、これでわだぬきはシロと決まったわけだ。 「麻生先輩は、いつここに来るの?」 「ここには来ない。なんか、近くの物置小屋を改造してるみたいだぞ」 あの物置小屋なら知ってる。ぼろくて、狭くて荷物が多いところだ。 何となく、「ざまぁみろ」と言う感じがした。 「麻生のところに行くのか?」 「ええ。もちろん」 「桐生もいろいろ大変みたいだぞ」 「……そうなの?」 「ああ。カメラ持った連中が追っかけてる」 ……一旦、将人のところへ寄ってみよう。 昼休みの校内は騒がしい。特に、将人のクラスの前は。 「将人さん! 勝利を金で買ったという噂がありますが!」 「田村先生も一枚噛んでたって、本当ですか?!」 「『東条学園との試合では、実力は大したことがないとわかった』という記事についてどう思われます?!」 なんか、デジャヴ……前にもおんなじようなことしてなかった? アンタ達。 ぐい、と誰かが腕を引っ張った。頼子だった。 「みどり、行きましょ」 「でも、将人が……」 「桐生先輩なら大丈夫よ。アンタが新聞部と喧嘩しなくても」 でも、それって、ちょっと冷たくない? 「私はアンタの方が心配だわ。綿貫部長はともかく、麻生のところにまで抗議に行くんじゃないかと……」 「あっ、秋野さんだ!」 カメラを構えた新聞部員が、私を見つけて騒ぎ出す。 「秋野さん! この前の試合では、桐生先輩は負けたわけですが!」 「その辺の謎については、どう見られるでしょうか?!」 剣道に素人の私がわかるわけないじゃん! 第一、八百長疑惑なんて、嘘っぱちよ! アンタ達だって、将人の努力知ってんでしょ?! 川島先生には、逸材だって言われてるのよ。 今の将人があるのは、努力の賜物よ。 そりゃ、あのときはぼろ負けだったけど……人間誰だって調子の悪いときはあるわよ! 「ほら行って! ここは大丈夫だから。みどりがいると、ややこしくなるだけよ」 「この部員達も、麻生がけしかけているわけ?」 「可能性はあるわね」 「私、行ってくる!」 「麻生のところに?」 「そうよ」 「あっそう」 頼子……コケるダジャレ言わないで……。 「麻生に直談判に行っても……上手くいくとは限らないわよ。アンタもうとっくに目をつけられてるんだからいろいろとコトよ」 「でも……何もしないよりはマシでしょ」 「……わかった。桐生先輩の方は任せて」 麻生――。 私は、胸の奥にどろどろとした塊が噴流するのを覚えた。 あの男――。 わだぬきから造反したと聞いたけれど。 嫌な予感はあったんだ。 裏サイトは、存在さえわかれば、大抵の人が見ることできるから、兄貴も見ているかもしれない。 兄貴――もしかして、将人に関する記事を見た? 「入らないの?」 声がした。 おっとどっこい生きている 45 BACK/HOME |