おっとどっこい生きている
44
 やっぱり月曜日は私にとって厄日であるらしかった。
「何これ!」
 校内新聞のタイトルを見るなり、私は叫んでいた。
『桐生将人 八百長疑惑!』
 デカデカとタイトルの文字が躍っている。
「嘘よ!」
 あのわだぬきめぇ~!
 他の生徒達も、私を見てひそひそと囁き合う。
 許さない……!
 私は新聞を破いてはがした。
「あーら、八百長疑惑の彼氏を持つ彼女さん」
 げっ!
 今一番会いたくないヤツに!
「有名で結構だこと。アンタも、先輩も」
 由香里が厭味ったらしく言う。
 悪いけど、それどころじゃないわ!
「私、行くとこあるんだけど」
「新聞部? 先輩のとこ? それとも、図書室にでも泣きに行くの?」
「関係ないでしょ!」
 だが、由香里と言い合ったおかげで、頭に上っていた血が少し下がった。
 わだぬきめ、将人に恨みでもあるの?!
 もう二度とこんなやり方はしないと言ったのに。
 私に告白しておきながら、私の心を傷つけた。
 将人に対して卑怯な手段を使わないと、宣言したはずなのに。
 この記事を見たとき、頭殴られたぐらいショックだった。
 わだぬき――あいつ、鉄面皮なんだわ。しゃあしゃあと嘘をつくくらい、何でもないんだ。
 なんてヤツ!
 涙がぼろぼろ出てきた。
 あの男は、私達を裏切ったのだ。
 許さない……。
 由香里の声も耳に入らない。
 私は新聞部にの部室に向かった。

 わだぬき……いや、新聞部の綿貫部長は、何となく覇気が感じられなかった。
 この間まで、梟雄のそれではあったけれど、強烈なオーラを発散させていたのに。
 今のわだぬきはただのオッサン……いや、一コ上なだけなのに、オッサンは気の毒か。
「秋野か……」
 背凭れに背を凭せ掛けていたわだぬきがのろのろと起き上がる。口をきくのも億劫そうだ。
「来ると思ってたよ」
 私は毒気を抜かれた。が、それはそれとして。
「この記事……この記事何よ」
 私は破いた新聞の一部を差し出す。怒りで手が震えた。
「あーん。東条学園との試合のときのやつか」
「そうよ。これ、誰が書いたの?」
「多分、麻生派の一人だ。本人かもしれん。どうやら、あいつらは、裏サイトでいろいろ暗躍しているらしい」
「インターネットで?」
「そうだ」
「アンタは関係ないの?」
「あまり近寄りたくないね」
「どうして」
「いいか、秋野」
 わだぬきがぐいっと首を伸ばした。
「パソコンは悪魔の箱だ!」
 それを聞いたとき――私は思わず吹き出してしまった。
「冗談ではない!」
 大真面目になればなるほどおかしくて――いつもなら笑うところだった。記事への怒りが緊張を支えた。
「でも、アンタ、新聞部長でしょ? 今時パソコン使えないと、いろいろ不自由じゃない?」
「コンピューターを駆使する役目は、麻生だったよ」
「じゃあ、アンタ、ほんとにペン一本で原稿書いてたわけ?」
「そうだ。見直したか?」
「――ばかばかしい」
 でも、これでわだぬきはシロと決まったわけだ。
「麻生先輩は、いつここに来るの?」
「ここには来ない。なんか、近くの物置小屋を改造してるみたいだぞ」
 あの物置小屋なら知ってる。ぼろくて、狭くて荷物が多いところだ。
 何となく、「ざまぁみろ」と言う感じがした。
「麻生のところに行くのか?」
「ええ。もちろん」
「桐生もいろいろ大変みたいだぞ」
「……そうなの?」
「ああ。カメラ持った連中が追っかけてる」
 ……一旦、将人のところへ寄ってみよう。

 昼休みの校内は騒がしい。特に、将人のクラスの前は。
「将人さん! 勝利を金で買ったという噂がありますが!」
「田村先生も一枚噛んでたって、本当ですか?!」
「『東条学園との試合では、実力は大したことがないとわかった』という記事についてどう思われます?!」
 なんか、デジャヴ……前にもおんなじようなことしてなかった? アンタ達。
 ぐい、と誰かが腕を引っ張った。頼子だった。
「みどり、行きましょ」
「でも、将人が……」
「桐生先輩なら大丈夫よ。アンタが新聞部と喧嘩しなくても」
 でも、それって、ちょっと冷たくない?
「私はアンタの方が心配だわ。綿貫部長はともかく、麻生のところにまで抗議に行くんじゃないかと……」
「あっ、秋野さんだ!」
 カメラを構えた新聞部員が、私を見つけて騒ぎ出す。
「秋野さん! この前の試合では、桐生先輩は負けたわけですが!」
「その辺の謎については、どう見られるでしょうか?!」
 剣道に素人の私がわかるわけないじゃん! 第一、八百長疑惑なんて、嘘っぱちよ!
 アンタ達だって、将人の努力知ってんでしょ?! 川島先生には、逸材だって言われてるのよ。
 今の将人があるのは、努力の賜物よ。
 そりゃ、あのときはぼろ負けだったけど……人間誰だって調子の悪いときはあるわよ!
「ほら行って! ここは大丈夫だから。みどりがいると、ややこしくなるだけよ」
「この部員達も、麻生がけしかけているわけ?」
「可能性はあるわね」
「私、行ってくる!」
「麻生のところに?」
「そうよ」
「あっそう」
 頼子……コケるダジャレ言わないで……。
「麻生に直談判に行っても……上手くいくとは限らないわよ。アンタもうとっくに目をつけられてるんだからいろいろとコトよ」
「でも……何もしないよりはマシでしょ」
「……わかった。桐生先輩の方は任せて」

 麻生――。
 私は、胸の奥にどろどろとした塊が噴流するのを覚えた。
 あの男――。
 わだぬきから造反したと聞いたけれど。
 嫌な予感はあったんだ。
 裏サイトは、存在さえわかれば、大抵の人が見ることできるから、兄貴も見ているかもしれない。
 兄貴――もしかして、将人に関する記事を見た?
「入らないの?」
 声がした。
 
おっとどっこい生きている 45
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