おっとどっこい生きている リョウは、帰る道すがら、意外だなー、意外だなー、と不思議そうに首を傾げている。失礼な奴だ。 せっかく、一緒に帰るんだからと、自転車を降りて、歩幅に合わせてやってんのに。 それに……。 「私って、そんなにモテないわよ。将人以外には」 「じゃ、わだぬきは?」 「あれは特例」 「じゃ、哲郎サンは?」 「哲郎さん? なんでそこに哲郎さんの名前が出てくるわけ?」 「あちゃ」 リョウは、ガクッとコケたリアクションをした。 「あのな、哲郎サン、オマエのこと好きだぜ」 「私も好きよ」 「オンナとして好きってコト。オマエ、そういうトコ、ニブいからなぁ」 「えー、なんで哲郎さんが」 「だって、オマエがいると、うれしそうだモン。オマエがいなくなったテスト勉強期間中は、明らかに退屈そうだったぜ」 この間のテスト勉強は、リョウだけ、秋野家でやったことがある。女ばかりだと、気が散る、と言っていた。 私達がいても、寝てばかりいたリョウだ。居眠りに、気が散るとか散らないとか、関係ないと思うんだけどなぁ……とそのときは思ったのだが。 けれど、兄貴の話では、案外真面目にやっていたようである。 私達が勝手に勉強をおろそかにした、と言われているみたいで、ちょっと心外ではあった。 とりあえず、リョウも、テストをパスした。 「哲郎さんは、私のこと、妹代わりとしか思ってないわよ」 「へー、哲郎サン、妹いるの?」 「さぁ……聞いたことはないけどね」 哲郎の家は、結構複雑そうなので、私は突っ込んだことは訊かない。必要のある場合にしか。 「でもさ、あれは、アンタに惚れてる目だぜ」 「惚れてる? どこに?」 「さぁ……それはわかんないけど」 「アンタの考え過ぎよ」 そう。考え過ぎ。 確かに、哲郎は、変になったこともあったし、告白もされたけど、それとこれとは関係ない。 「これから、奈々花とドンパチやらかしはしないかと心配だぜ」 「いいの。そんなことに足りない頭使わなくても。それに、奈々花は、いい女になるわよ」 「アンタよりもか」 「当然」 「――秋野っていいヤツだな」 リョウが、それこそ、意外なことを言ったので、私は、自転車を止めて、彼の方を見遣った。 「な……何だよ」 「何でも。ただ、嬉しかっただけ」 「お、オレの好みは、えみりサンだからな。ヤンママでなかったら、口説き落とすところだぜ」 「雄也さんに殺されるから、やめときなさい」 「へーい。オレだって、寿命は惜しい」 私は、家に着くまで、そんな馬鹿話をしていた。 「とにかく、今度は、私は奈々花の恋を応援するわ」 と私が言ったら、 「哲郎サンも気の毒になぁ……本命には全然相手にされてないし。というか、なんで山岸じゃねぇんだろ。あっちの方が数倍可愛いのに」 リョウのその発言を、私は聞き流した。 「ただいまー」 リョウと私は、玄関のドアを開けた。 兄貴が出迎えてくれた。 「おー、お帰り。みどり、リョウにも話しあるんだけど」 「なに? 駿サン」 「今度の月曜、哲郎の誕生日なんだけど」 「そうだったの?」 私が訊き返した。 「みどりには、前に言わなかったっけ?」 「さぁ……」 「気の毒な哲郎……」 リョウのその台詞には、ぶぷっと吹き出し笑いが混じっていたので、私は、腹に肘鉄を食らわせてやった。 「いってぇー! なんだよ! 凶暴女!」 「アンタが馬鹿なこと言うからでしょ! それに、そんなに力は入れてなかったわよ!」 「そぉかぁ? おーい! 哲郎サン! 哲郎サン! この女だけはやめといた方がイイですよー!!」 「なんだい? リョウくん」 おっとりとした声が、階段から聞こえた。 「あっ、みどりは諦めた方がイイっすよ」 「何の話だい?」 「みどりは、恋愛対象から外した方がいいってさ」 兄貴が説明してくれた。 「――そうだよね。みどりくんには、桐生くんという彼がいるんだもんね」 「いや、そうじゃなくて、こいつ、すげー凶暴……痛ッ!」 まだ言うか! こいつ! 私はまた一発攻撃した。 「哲郎、おまえ、誕生日もうすぐだろ?」 「――ああ、すっかり忘れていた」 私が哲郎の誕生日を知らなかったのが気の毒なら、自分の誕生日を忘れていた哲郎は何なのよ。ちっとも同情に値しないじゃない。 「というわけで、その日には、いっぱいご馳走作ってくれよ。みどり」 「駿サン、もしかして、それが目当て?」 「当たり!」 全く、兄貴ったら、食い意地張ってるんだから。リョウと同レベルじゃない。 あ、そうだ! 「ねぇ。その日、奈々花呼んでいい?」 「奈々花ちゃん? うん、いいけど」 兄貴は、奈々花のことを、小学生の頃から知っている。 「えー、奈々花ちゃん来るの?」 えみりと雄也がこっちにやってきた。 「美和ちゃんや頼子ちゃんも来るの?」 「いや、それはまだ……」 「是非呼びなよ」 「雄也」 えみりが夫をじろりと睨む。 「あ、ああ……少しの潤いくらい求めたっていいじゃないか」 「ふぅん。でも、私と純也のことも忘れないでね」 雄也は、すっかり尻に敷かれている。 「秋野と桐生サンも、将来ああなりそうだな」 失礼ね。私は夫を立てるし、将人は、雄也みたいなちゃらんぽらんじゃないわよ。 まぁ、雄也だって、真剣に家族を愛していることはいると思うが。 「誕生日なら、教会でも、ハッピーバースデイぐらい歌ってくれるんじゃないかな。日曜日だけど」 哲郎の台詞に、私は大事なことを思い出した。 「ねぇ、奈々花が、教会に行きたいって言ってたわよ」 「ほんとかい?!」 「ほんとほんと」 実は、哲郎が目当てなんだけどね、あの子は……。 「僕、神様にお祈りしてたんだよ。教会に、一人でも多くの人が来ますようにってね。願いは叶えられたんだ。万歳! ハレルヤ!」 もしかすると、キューピッドにお礼を言った方がいいかもしれないと思ったけど、キリスト教とは関係なさそうなので、黙っていた。 お父さんとお母さんに、哲郎が誕生日を迎えることを報告した。 「哲郎さんて、あれか? クリスチャンの」 「うん、そう」 「幾つになるんだ?」 「22だってさ」 私は、今まで、哲郎のことを22だと勘違いしていた。私も抜けてるなぁ。 「おめでとうって伝えておくれ」 「――うん、わかった」 哲郎が一つ年を取る少し前、私達は村沢先生念願の、宮沢賢治記念館行きを実行した(美和も行きたがったが、部が違うので、無理だった)。 私は、村沢先生の説明など、何も聞いてはいない。 頼子は、宮沢賢治の作品を批判していたくせに、生原稿を注意深く見ていた。 奈々花達は、「注文の多い料理店に出てきた看板があるわぁ」と大喜びだった。その看板のお店、『山猫軒』では、私達は怪物にとっつかまることもなく、美味しい料理をいただくことができた。 友子は、屋外に出たとき、伸びをしながら、 「とてもいい天気。ねぇ、皆さん」 と、私達に同意を求める。 確かに、梅雨だというのに、ピーカンに晴れ渡っている。眩しい光と青い空が、私にとっては、一番、印象に残った。 おっとどっこい生きている 36 BACK/HOME |