おっとどっこい生きている 「え?」 私は生理が軽いのが自慢だ。しかし、今回は重かったので、えみりの薬を勝手に服用してしまった。 「あ、ごめんなさい。少し飲んじゃった。わるかった?」 「ううん。いいのよ。今度からは言ってくれるといいんだけど」 「わかった。ありがとう」 「じゃあね。体、気をつけてね」 えみりは、いつぞや私のことを優しいと言っていたが、私は、えみりも優しいと思う。 まぁ、あの容姿からは想像もできないんだけどね……。 他人は己の鏡って、本当なんだなぁ。あ、私が言ったのは中身のこと。外見はぜっんぜん違うからね。 雄也は、コンビ二のバイトだ、と言って、夜遅くに出かけることがある。 本人曰く、『えみりと純也のためだったら何でもできる』そうだ。 稼いだお金は、純也の将来のために使うそうだ。 本当は下宿代を払ってほしいんだけど、そう言われると、強く出られないんだよね。 でも、子供思いのところは、微笑ましいし、尊敬もできる。 お隣の木田さんから、ベビー用品一式をもらった。 ベビーベッド、ベビーバス、天井から吊り下げるオルゴール、ガラガラ、おしゃぶり……などなど。もちろん純也の分だ。 えみりや雄也と一緒に、私もお礼を言っておいた。 お昼頃、電話が鳴った。兄貴が受話器を取った。 「秋野ですが、どなたですか? 桐生? え? みどり? 今いませんけど」 そうして、ガチャンと受話器を置いた。 「ちょっと! 兄貴! 私宛ての電話、勝手に切らないでよ!」 「そうだよ! 秋野くん!」 その場にいた哲郎も加勢してくれた。 「いいのかよ。哲郎。おまえだって……」 「それとこれとは話が別!」 哲郎が怒声を飛ばした。 「――……わかった」 兄貴は悄然として、背を見せた。 「待ちなさい! みどりくんに謝りなさい!」 「そうよ。兄貴。何か一言はあっていいはずよ」 兄貴は向き直って、正座した。そして、頭を下げた。 「みどり、悪かった。この通りだ」 兄貴が土下座している。ちょっとお目にかかれない光景だ。 「も、もういいわよ」 まさか、土下座までされるとは思わなかったから。 「僕、確かに謝れとは言ったけど……」 哲郎もバツがわるそうにぽりぽりと頬を指先で掻く。 「これから、桐生にも謝罪しておくから。みどり、桐生の番号、わかるか?」 「ああ、うん」 私は電話番号のダイヤルを回した。 「あ、桐生さん? さっきは電話切ってすみません。みどりならいました。俺、ちょっと、君に嘘ついてしまって……そう、妹可愛さに。え? ああ、君が気にすることじゃないよ。悪いのは俺なんだし……じゃ、みどりに代わるわ」 将人は、私の声が聞きたくて電話してきたのだそうだ。それが、ちょっと大ごとになってしまっただけ。 電話では、将人は私のことを『みどり』と呼んだ。 話題は田村先生のことになった。前はそう嫌いじゃなかったけど、今はあまり好意を持てない。そう言ったとき、将人は訊いた。 「なんで? いい先生だよ?」 「だって……ちょっと気になること言ってたから」 「みどりのことで?」 「違うけど」 「じゃあ、なんで?」 それは、将人には言いにくいことだった。 「何か、傷つけるようなこと言ったの? 田村先生。だったら、俺、抗議してくる」 「ううん。そこまで大袈裟なことじゃないよ。私はいいんだけど、将人が……」 「俺が……何?!」 しまった! 「……言ってくれ。みどり。俺は隠し事は嫌いだ」 「……将人のこと、このままだと、あいつはダメだなって」 「ああ、なんだ、そんなことか。それなら平気だよ。みどり。俺も感じてたんだ。ここに壁があるな、と」 「そうなんだ」 私はかなりほっとした。 「まぁ、いつか乗り越えられる日は来るさ。俺だって努力してるしね」 将人は前向きだ。こんな彼は、かなり好きだ。 「話は変わるけど、みどりの兄貴って、シスコン?」 「と、大学の友達は言っているみたいだけどね」 「妹思いの兄貴だな。俺だって、みどりみたいな妹がいたら、放っておけないよ」 「それって、頼りにならないってこと?」 「そうじゃないけどさ……みどりの兄さんは、みどりが可愛いんだよ。だから、どうしていいかわからないんだ」 「わからないなー、私のように生意気なヤツのどこが可愛いんだろ」 「いろいろさ」 「――……将人もさ、私のこと可愛いって思ってくれてるの?」 「そりゃ、当たり前だろ。そうでなかったら、つき、付き合ってはいないよ」 将人は少しどもった。 「そう。付き合ってるんだよね、私達」 照れて頬が熱くなった。周りを見回したが、兄貴も哲郎も、もういなかった。リョウにも聞かれたくなかったが、幸いあいつもいない。 「明日、この家に友達よんでいいかしら」 えみりがとんでもないことを言った。 「俺は構わないけど……女友達?」 兄貴がのんびりと答える。 「いい女?」 ちょっと、リョウ! どんな質問してるのよ! 「そりゃ、私の友達だから、いい女ばっかりよ」 「やったぁ!」 「ちょっと、えみりくん、稜くん! 教会はどうするんだ!」 「来週行くわよ」 えみりは煙ったそうな表情をした。 「それではいけない。教会生活は大切にしなきゃ。日曜礼拝は守るものだよ」 「何よ、教会教会って!」 えみりが叫んだ。 「そんなに教会が大事なら、教会で寝泊まりすればいいじゃない!」 「僕もそれは考えたことあるけど、今はここが僕の家だからね!」 「出て行けばいいじゃない!」 「ここが好きなんだよ!!」 論点がずれてるような気がする。 「大体、君だって、教会や聖書のこと、気に入ってたみたいじゃないか!」 「こんなに束縛されるのなら、もうこりごりよ!」 「岩野牧師は束縛なんかしない! でも、教会に行かないと、神様の祝福が与えられないんだよ!」 ガミガミガミ。ああ、煩わしいッ! 純也が泣き出した。 「私、二人の喧嘩は見たくないわ! 純也連れて散歩に行ってくる」 外に出てから、純也に話しかけた。 「イヤでちゅねー、大人はうるさくって」 帰ってみると、今回だけ、ということで、哲郎も手を打ったらしい。 リョウも、教会に行くことになったみたいだ。 「哲郎サン、スッポンみたいにしつこいんだもん。うんとしか言えないよ」 「君のギターは、是非必要なんだよ」 熱を込めて、哲郎が言った。 「アマチュアでもかい?」 リョウも、満更ではなさそうだった。 「もちろん。――みどりくんも行くよね」 「うん、まぁ」 教会教会言う哲郎には辟易したけど、それだけ教会を愛してるんだ。 私には、そんなに煩くしなかったけど。というか、哲郎って、こんなに口やかましかったっけ? 哲郎の誘いをいつもかわしているという兄貴を、ちょっとだけ見直した。どんな技があるのだろう。私が前に行ったように、交換条件でも出したのかしら。 おっとどっこい生きている 28 BACK/HOME |