おっとどっこい生きている 新聞部の姿は見かけなかった。やれやれ。 私達は、学校のこと、部活のことなど、当たり障りのない話を交わしていた。できるだけ長く話したかったし、将人は徒歩だから、私は自転車を引いたまま、歩いていた。 本当は――もっと突っ込んだ話がしたいのに……。 そんな想いが通じたのか、将人は、別れ際に言った。 「秋野。山岸って、いい子みたいだな」 「そうよ。自慢の友人よ。今日、告白されたでしょ」 「ああ。でも、俺の好きなのは、秋野だよ。だけど、なんで告白のこと知ってるんだ?」 「私が言ったのよ。気持ちは伝えなきゃ、後悔すると思って」 「へぇ……でもさ、おまえ、俺のこと、どう思っているわけ?」 「そ、それは……好きよ」 「だったら、俺が秋野以外の女の子に目移りするはずないじゃないか。それなのに、山岸をけしかけたのか?」 「え?」 それは考えなかった。なるほど。そういう見方もあるか。 「私は、もし、将人のことで奈々花と決裂したとしても、ちょっと泣いて、それっきりだったと思うわ」 「山岸は強い子だよ。俺、秋野がいなかったらあの子のことを好きになっていたかもな」 「嬉しい! そのこと、奈々花に伝えてあげて! 素直に喜ぶかどうかわからないけど」 「秋野って、ほんと、変な奴」 「そうかなぁ」 「そうだよ。俺の気持ちも考えてくれよ」 「奈々花との付き合いは長いからねぇ。絶交されたら、そのときはそのときだけど」 「俺、ちょっと山岸に妬いちまうな」 「どうして?」 「俺の知らない秋野がいるんだな、と思って。告白のことも、俺、秋野でなけりゃ、俺のこと試したのかと、疑心暗鬼になったかもしれないけどさ」 「私、将人が奈々花を好きになっても、それはそれで諦めたと思う」 「ほら! 秋野が俺を好きな度合より、俺が秋野を好きな度合の方が大きいんだぜ、きっと。俺だったら、そんな、ライバルに塩を送る真似はできゃしない」 「だって、奈々花は――親友だもの!」 「俺にだって友達はいる。だけど、好きな奴を渡したりしない。俺って、独占欲強いかな」 「そんなことないと思うけど」 「秋野――おまえみたいになりたかったよ」 そう言ってから、 「大好きだからな!」 そんな台詞を残して、将人はたったっと走り去って行った。 さて、おじいちゃんとおばあちゃんの前に、まずはえみりに報告しないと。 えみりに話し終えると、えみりは、「ふーん、そう」と言って、しばらく黙っていた。 やがて、口を開いたと思ったら、こんな台詞を吐いた。 「危ない橋渡ったわね。下手すると、その奈々花ちゃんて子に、一生モンの傷を負わせたかもよ」 「将人と奈々花を好きな気持ちを忘れないでって言ったのは、えみりじゃない」 「みどり、アンタ、『ふられてきなさい』って言ったようなもんよ」 「私も必死だったのよ」 「まぁ、人間関係に正解はないからね」 そこでえみりはふうと息を吐いた。 「アタシは納得しないけど、結果オーライじゃない?」 「う……うん」 私は、奈々花が、今でも私を『親友』と言ってくれたことを話した。 「何それ! めちゃくちゃいいヤツじゃない!」 「うん。私には勿体ないぐらい」 「馬鹿ね。なに卑下してんのよ。らしくないわね。そういう友達がいるってことは、アンタもいい奴ってことよ」 えみりがこつんと私の額を叩いた。 「アタシの場合、三角関係の元となった男は、二股かけてたの。それがわかって、相手の女性取っ組み合い。もうドロドロだったわ。だからね。みどりのこと、いいなぁ、と、ちょっと思うわけ。今は、雄也がいるからもうとっくに過去の思い出だけど」 グチなんだか、ノロケなんだか、わかりゃしない。 廊下で、新聞を持った哲郎とすれ違った。 「おや? みどりくん、晴れ晴れした顔してるね」 わかる? 「うん、まぁね。感謝してもし足りないことが多くって」 心なしか、月のものも軽くなったみたい……と、これは口に出しては言わなかったが。 「そう! そうなんだよ!」 哲郎は目をきらきらさせた。 「この世で起こることは、全て感謝なのだよ!」 「え?」 「だから、身近なことを感謝するって、とても大事なんだよ! なんてったって、この世は神様が作ってくれたんだからね」 「は……はぁ」 「だから、僕も君に感謝だ。この間、夜食持って来てくれたろ? すごく嬉しかったんだ。なのに、ろくにお礼も言わなくて、ごめん」 「なんだ。まだ気にしてたの」 「やっぱり、ちょっと嫉妬していたからかな。いかんなぁ。クリスチャンとして、僕はまだまだだなぁ」 誰に嫉妬するって言うんだろ。あ、まさか! 将人に?! 「僕ねぇ、みどりくんのことが好きなんだ」 突然の告白に、口をぱくぱくさせていると、 「これは、冗談じゃないよ」 と、念を押してくれた。 「でも、みどりくんの恋愛は邪魔しない。秋野くんのように、見守っているだけだから。でも、振られたら言ってよ。僕、力になる――いや、力になりたいからさ」 「哲郎さんには、兄以上の感情は持てないわ」 「だろうね。こんなこと、突然言ってごめん」 私は台所に入る。 哲郎が再び現れた。夕刊はどこかに置いてきたらしい。 「僕も手伝うよ」 「いいっていいって」 哲郎に料理を仕込む余裕はない。 「何か手伝いたいんだけどな」 「じゃあ鍋洗っといて」 ――かくして、可哀想な(と云っても、私が命じたんだけど)お手伝いさんは、鍋洗いから出発することになった。 しかし、哲郎は、几帳面な性質らしく、彼の洗った鍋は、私が洗ったのより、綺麗になった。 「ねぇ、哲郎さん。こんなことしている間に、少しは勉強したら?」 いくらなんでも、五浪じゃ可哀想だ。 「ん? 今までしてたよ。ちょうど息抜きが欲しかったところなんだ。後で、またやるよ」 「ねぇ、哲郎さん。東大目指してるんだったら、もうちょっとがんばった方がいいんじゃない?」 「秋野くんと同じこと言うね。やっぱり兄弟だからかな」 「兄貴は、哲郎さんの頭だったら、入れるって言ってたよ」 「んー、でも僕、ほんとのことしか書かないからさ」 「ほんとのこと?」 「うん。例えば、この地球は七日間でできたとか」 哲郎……。 ばかばかばかッ! そんなこと書いたら落ちるに決まっているでしょうが! 日本では、進化論が定説となっているのよ! あー、馬鹿馬鹿しい。四浪になるのも当然ね。これじゃ。 「四浪になるのも当然ね」 今度は口に出して言ってやった。 「うん。日本は、クリスチャン人口が、1%未満しかないからね。だから、一生懸命伝道するのさ。一人でも多くの人が救われるために」 「ふーん」 「正しいクリスチャンは、黙示録によると、一番初めに携挙されるんだ」 「そう」 私は、これ以上話す気がしなくなった。哲郎もそれは察したようで、黙々と作業を進めた。 だが、私の機嫌は、またすぐに直った。今日は嬉しいことがいっぱいあった日だからである。 両親からも、「みどりちゃんの声、弾んでるわね」とお墨付き(?)をもらった。 翌日―― 私と将人のことについて、壁新聞に小さく記事が載せてあった。 それを見ると、 『とある筋から圧力がかかり、これ以上の取材は断念せざるを得ない。だが、我が新聞部は、桐生将人さんと秋野みどりさんの恋を、これからも応援する所存である』 と皮肉まじりの文章があった。 また頼子に借りを作ってしまったな。 これで、恋愛騒動は、一先ず終わりを迎えたかに見えた。 だが、一難去ってまた一難。また、新たな、とんでもない出来事が起こることになろうとは――。 おっとどっこい生きている 25 BACK/HOME |