おっとどっこい生きている えみりが出迎えてくれた。 「ただいま」 「あれ? なんかいつもと違うわね。どうしたの? あっ、もしかして桐生クンに告白されたとか?」 私は目を瞠った。なんでわかったんだろう。 「やっぱそうなの?」 高校ではもう周知の事実だ。隠したってしようがない。私はこくんと頷いた。 「でも、それにしては元気ないわね。どったの?」 私は、今ではもう奈々花のことを思い出していた。奈々花のことを考えると、手放しでは喜べない。 「ちょっとアタシ達の部屋に来る? 雄也はまだ帰って来てないし、純也は寝ていてるし」 私は大人しくついていくことにした。 「えみりだったら、恋愛の相談のときだけは役に立ちそうだよね」 「『だけ』というのはよけいよ。まぁ、得意分野ではあるけど」 えみり達の寝起きしている部屋で、私は、将人のことや奈々花のことをえみりに話した。 「へぇー。つまり、よくある三角関係ね」 一言で片づけられたので、私はムッとした。 「そんな顔しないで。ウブだなぁって、感心してるんだから」 どうせ恋愛に免疫ないわよ。 「ねぇ、みどり。アタシ、雄也にも話してないけど、中二で初体験してるのよ。予想外でしょ?」 「ん、まぁ……」 本当は意外でも何でもないのだけれど、私は逆らわないでいた。 「で、えみりは、相手のことそんなに好きだったの?」 「ん、好奇心かな」 「サイテー」 つい本音が出てしまった。 「好きは好きだったのよ。バージンあげるくらい。重い荷物を捨てたようで、そのときはよかったんだけど、雄也を愛して、純也が生まれて、私、考えちゃったのよね。もし、純也がアタシと同じ、愛のないHをしたら、アタシ、怒ると思うのよ。子供ができて、初めて親の気持ちがわかったわ」 えみりが、布団に寝ている純也の頭を撫でた。 「やっぱり、この子には、幸せになってもらいたいからね」 そう言って、赤ん坊を見ているえみりの目には、愛おしさが溢れている。 ああ、えみりもやっぱり人の親なんだなぁ。私なんかより、ずっとしっかりしてる。 「みどり、アンタ、桐生クン、好き?」 「うん」 「奈々花ちゃんも好き?」 「うん」 「じゃあ、その気持ちを大事にして」 えみりは立ち上がった。そして、私の肩に手を置いた。 「その純情な心、捨てないでね」 肩に置かれた手に、ぐっと力が込められた。 手を離すと、トイレに行ってくる、と言った。 「みどり、後で後悔するような恋だけはしちゃダメよ」 襖を閉める瞬間、えみりはそう言い残した。 彼女は泣いてはいなかったか。 涙も流していないようだったし、声もいつも通りで、哀しみに震えてはいなかったが、私は何故か、えみりが泣いているように思えた。 おじいちゃん、おばあちゃん。どうぞ、私に知恵をください。 私は仏壇の前で祈った。 哲郎が見たら、面白く思わないかもしれない。けれど、こうしていると、おじいちゃんとおばあちゃんの霊に包まれているようで、安心できるのだ。 「おい、みどり。今日の飯はまずいぞ」 兄貴が不満げに言う。 「みどりくん、どうしたんだい?」 哲郎が心配し出す。 「ほっとけほっとけ」 雄也がご飯をかっこんでいた。えみりはそ知らぬ顔をしている。 「私だって、調子の悪いときあるわよ。気に入らなきゃ、自分で作れば?」 私は――いつもはしないことだけど――ご飯中に席を立った。 「おい、みどり、待てよ」 兄貴の声にも振り返らず、私は自分の部屋へと戻ってしまった。 お父さんとお母さんとの話も弾まなかった。 ただ、二人とも、「どうしたの?」とは訊かなかった。それが私への思いやりであるなら、ずいぶん成長したもんだ、と思う。 『俺は、秋野が好きだ』 私も、将人が好き……でも、好きって、一体なんだろう。 恋人として好き、なんだろうか。うん。確かに、私は恋してるんだろう。でも、どこに? 優しいから? 男らしいから? 剣道をしている姿が格好いいから? そんなことは、恋には関係あっても、愛にはあるのかしら。そもそも、恋と愛は違うものなのか。同じものなのか。恋愛って言葉があるけど、あれは、恋と愛が一緒という考えから、生まれたものなのだろうか。 外面に憧れているだけなら、私も黄色い声援を上げる女生徒と同じようなもんだ。 奈々花はどうなんだろう。将人のどこが好きなんだろう。 そういえば、私達が告白し合っていたとき、奈々花はどこにいたっけ。 廊下に出ていたのか、それとも、教室で身を固くしていたか。 私だったらいたたまれない。そんな感情を、奈々花に味わわせていたのだ。 もう口もきいてくれないかもしれない。けれど、このままにはしたくない。 明日は奈々花と、何としてでも話をしよう。――そう決意して、私は寝床についた。 おっとどっこい生きている 23 BACK/HOME |