おっとどっこい生きている
20
 翌日――
 今度は哲郎との約束通り、教会に行った。渡辺夫妻と赤ちゃんも連れて。
 確かに、こじんまりとしているが、家庭的な雰囲気の教会だった。
 説教壇の後ろには、十字架のステンドグラスがあった。
 私達はそこで、賛美歌を何曲か歌った。
(いまいちぴんと来ないなー)
と言うのが、私の感想だった。
 それに、聖書。聖書には、相性のいい人とそうでない人がいて、私は後者の方らしい。
 牧師さんの説教の間、私は教会で貸してもらった聖書の上に突っ伏して、眠ってしまった。よだれはかからなかったので、ほっとした。

「みどりぃ、アンタ、説教の間、寝てたでしょ」
と、お茶の時間、えみりが小突いた。
 だって、つまらなかったんだもの。
 私が皆に聞こえないように、小声で囁くと、えみりは、
「どうしてぇー、あんな血湧き肉踊る話ってないじゃん」
と答えた。
 ……えみりは、聖書と相性がいいらしい。
 ちなみに、今日は、士師記、というのをやったらしい。
「あ、そうだ。哲郎に聞きたいことがあったんだけど」
「人生相談?」
「うーん……ちょっと、違うかな」
「ふぅん。あっ、哲郎! みどりが訊きたいことがあるんだって?」
「なんだい?」
 そう言った哲郎は、いつもと違わないように見えた。
「あのね、神様って、どんな存在かしら」
「この世界をお造りになった方だよ」
「私達を操ってる?」
「んー、まぁねぇ。神様も操っているし、悪魔も操ることがあるし、自分自身の霊だって、操っているよ」
「つまり、皆、何かを操っているわけ?」
「と思うんだけどな」
「それから、もうひとつ。神様のお導きって、あるのかしら」
「あるよ」
 哲郎が、今度は真顔になって断言した。そういう表情をすると、この人の顔は引き締まる。
「僕が、秋野くんや渡辺くんや、みどりくんに会えたのも、神様のおかげだと思ってる」
「そうなの」
「この出会いに、感謝しなくては、ね」
 牧師さんは、雄也達が連れてきた純也と遊んでいる。聖書はあまり好きじゃないけど、牧師さんはいい人そうだな……。子供好きに悪い人なんていないもの。良からぬ企みを持って近づく人は別として。
「聖書の話聞いてたら、眠くなっちゃったわ」
 私が正直に言うと、
「実は僕もなんだ」
と、哲郎が笑った。
「牧師先生に紹介するよ。岩野牧師ー」
「はいはい」
 牧師さんは純也をえみりに渡すと、こっちにやってきた。
「初めまして。岩野です」
「秋野みどりです。よろしくお願いします」
「佐藤くんに連れてきてもらったんだって?」
「はい」
「みどりくんは、聖書を読むと眠くなるそうだよ」
 あっ、哲郎のバカッ! 余計なことをッ!
「ははは。いいんだよ。教会に来ることに意義があるんだから」
「どんな意義ですか?」
「『二人でも三人でも、わたしの名において集まる所には私もその中にいる』――マタイ伝18章20節だよ」
「へぇ……」
「だから、眠っていても、祝福は染み渡るよ。その場にいるだけで、祈りに参加していることになるからね」
 岩野牧師はウィンクした。
 あっ、やっぱり見られてたんだ。寝てるとこ。
 私は急に恥ずかしくなった。
「また来てくれるかい?」
「は、はい」
「神様が連れてきてくれますよ」
と、哲郎。
 この教会に私を連れてきたのは、哲郎、アンタなんだけどな……。
 教会には、外国人もたくさん来ていた。リスニングが苦手な私は、少し閉口したが、皆いい人そうだった。
 えみり達が気に入ったのも、わかる気がする。
 これが、私の初めての教会体験である。

おっとどっこい生きている 21
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