おっとどっこい生きている
18
 十一時五分前――。
 私は、この間将人と待ち合わせた花園公園の時計台の下にいた。
 そう。今日は、待ちに待ったデートの日。
 私は、青いブラウスにキュロットスカート、スニーカー。つまり、普段着でやってきたのだ。これでも、服は選んだつもりなんだけど。えみりには、「もうちょっとおしゃれしなさいよー」と言われた。
「秋野ーっ! 遅れてごめん!」
 将人の声だ。鞄を持って駆けてくる。
 白いシャツに黒いズボンの将人。彼も、服装にこだわっているとは思えないけど……その姿を見たとき、私の胸は高鳴った。
「いいのよ。私だって今来たばかりだし。というか、私が早く来過ぎたんだし」
 将人は時計をちらと見た。
「五分前行動か。さすがだな」
「何がさすがなの?」
「秋野って、本当に几帳面なやつだな、と思って」
 私、几帳面じゃないわよ。ダブルブッキングして、デートを断ろうとしたこともあったんだから。
 でも、それは口に出しては言わない。
「花、見に行かない?」
 花園公園には、たくさんの花があるのだ。
 私は頷いた。

 スイセン、クロッカス、ヒヤシンス、アマリリス……チューリップの群れは圧巻だった。
 私は、ひとつひとつの花に、コメントする。
「この花、どこかで売ってないかしら」
「あの花、何て言う名前だろう」
「いいなぁ、こういうの、バランスがいいわよね」
 将人が、秋野って、園芸も好きなんだな、と言った。もちろん、と答えた。
「じゃあ、どうして、園芸部じゃなくて、文芸部に行ったんだい?」
「小説書く方が好きだから」
「そういえば、秋野の書く小説って、上手いもんな」
「ありがとう」
 お世辞でも嬉しい!
 一時間ほどぶらぶらして、お昼にすることにした。
「俺、お握りしか持ってこなかったんだけど……」
「じゃ、私、おかず分けてあげるわね」
 私達はあずまやに座ってお弁当を開けた。
 おかかを混ぜたご飯を薄焼き卵で巻いたやつ、ピーマンの肉詰め、エビフライ、こふきいも、スパゲティーをケチャップで和えたもの、紫蘇の葉とチーズの豚肉のはさみ揚げ……などなどが、私が持ってきた料理である。
「結構いっぱい持ってきたんだね」
「食べ盛りですから」
「俺も食っていいんだね?」
「分けてあげるって言ったじゃない」
「じゃあ、俺もお握り、やるよ。梅干しと鮭しかねぇけど」
「桐生先輩が作ったの?」
「まぁ、一応ね。形はぐちゃぐちゃだけど」
「そんなことないわよ」
「まぁ、こういうところで食べるのが、一番の調味料だからね」
 そう言って、将人は笑った。
 わぁ……こんな笑い方するんだ。この人。なんだか惹きつけられる……。
「秋野は? 食べないの?」
「食べます食べます」
 私は、慌てて、渡されたお握りを頬張った。
 あ、いただきます言うの忘れた!
 私は、ご飯を喉につかえさせ、とんとんと胸を叩く。
「だ、大丈夫か? 無理して食わなくても……」
 うえー、大失態!
「うん、美味しい美味しい」
 私は涙目になりながら答えた。
 私の作った弁当は、将人にも好評だったようだ。
「秋野は、いいお嫁さんになるな」
 今からそんなこと考えてないけど、必要に迫られて上達した……おばあちゃんに感謝しないと。それと、家事オンチのお母さんにもね。

「なぁ、秋野。俺のこと、呼び捨てにしていいよ」
「でも、一年だけでも、年上の人だし」
 独白では、将人って呼んでるけどね。
「じゃあ……二人きりのときだけでも」
 将人が照れてる、と思ったのは、気のせいだろうか。
「桐生……将人……」
「将人でいいよ。その代わり、俺も、みどり、と呼んでいいか?」
「うん!」

 公園を出て、町中をぶらついていると、中高生向けのアクセサリーショップが見つかった。
「ここで何か買っていく?」
「え? でも……」
「俺、少しはお金持っているから。それに、みどりに何か買ってやりたいし」
「あ!」
「え?」
「同居人にお土産買って来るの、頼まれてたんだ」
「同居人て? ああ、みどりの家、下宿やってたんだっけ?」
「まぁ、住んでるのは殆ど兄の友達だけど」
「どんな土産買って行くつもり?」
「んー、その辺でクッキーの詰め合わせでも選んでいくわ」
「その前に、こっちのお店に寄らないかい?」
「うん。ねぇ、将人」
「なに?」
「ありがと」
 私は、全開の笑顔を見せた。将人が俯いた。
 こんなこと感じるのは、私らしくないし、将人がどう言うかわからないけれど――。
 か、かわいいっ!!
 店の中は、いかにも中高生が好きそうなグッズでいっぱいだった。
「あ、このビーズのネックレス、いいわね」
「うん。これなら、俺でも払えるしな」
 私は、多分手作りのビーズのネックレスを、将人に買ってもらった。
「ありがとう……大事にするわね」
「ああ。喜んでくれて、嬉しいよ」

 美味しいお菓子屋さんがあると言うので、将人とそこでクッキーを購入して、帰った。さすがに今回は自腹を切った。
 送って行くよと言われたが、やんわりと断った。えみり達に見つかったら、うるさいもんね。
「おかえりなさーい」
 えみりは、浴衣姿だった。ほんとに浴衣で行ったのか!
「おう。お帰り」
 雄也も出てきた。
「はい、お土産」
 えみりが手を出したので、
「はい」
と、その手にクッキーの箱を渡した。
「げっ、重ッ! ってこれなに?」
「クッキー」
「えっ?! クッキー? 大好きなのよ、アタシ! でも、純也は食べられないわよねぇ……」
「そう言うと思って。新しいよだれかけ」
 将人と分かれた後、密かにデパートのベビー用品売り場で買ってきたってわけ。
「わぁい。みどり愛してるわー!!」
 暑苦しいんだけどな。でも、嫌ではない。
「あ、みどりばっかりずるいぜ。オレも!」
 雄也が駄々をこねた。
「はい、アナタも。愛のベーゼ付き!」
「うぉーっ! 一生大事にするぜ! オマエも、純也も」
 はいはい。あなた達みたいに、大っぴらにすることができたら、どんなにいいかしらね。私達も。
 え? 私達?
 将人と私も、将来結婚することになるのかしら。というか、もう付き合ってるの?
 確かに、これって付き合ってるっていうのかもしれないけど。
 付き合ってる。将人と私が?!
「きゃー!!」
「みどりー! どうしたのー! クッキー食べましょうよー!」
 付き合ってる付き合ってる付き合ってる。
 今までは何でもない言葉。でも、いざ自分がそんな立場に置かれると……照れる。
 私達、ただの友達……よね?

おっとどっこい生きている 19
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