おっとどっこい生きている 私は、この間将人と待ち合わせた花園公園の時計台の下にいた。 そう。今日は、待ちに待ったデートの日。 私は、青いブラウスにキュロットスカート、スニーカー。つまり、普段着でやってきたのだ。これでも、服は選んだつもりなんだけど。えみりには、「もうちょっとおしゃれしなさいよー」と言われた。 「秋野ーっ! 遅れてごめん!」 将人の声だ。鞄を持って駆けてくる。 白いシャツに黒いズボンの将人。彼も、服装にこだわっているとは思えないけど……その姿を見たとき、私の胸は高鳴った。 「いいのよ。私だって今来たばかりだし。というか、私が早く来過ぎたんだし」 将人は時計をちらと見た。 「五分前行動か。さすがだな」 「何がさすがなの?」 「秋野って、本当に几帳面なやつだな、と思って」 私、几帳面じゃないわよ。ダブルブッキングして、デートを断ろうとしたこともあったんだから。 でも、それは口に出しては言わない。 「花、見に行かない?」 花園公園には、たくさんの花があるのだ。 私は頷いた。 スイセン、クロッカス、ヒヤシンス、アマリリス……チューリップの群れは圧巻だった。 私は、ひとつひとつの花に、コメントする。 「この花、どこかで売ってないかしら」 「あの花、何て言う名前だろう」 「いいなぁ、こういうの、バランスがいいわよね」 将人が、秋野って、園芸も好きなんだな、と言った。もちろん、と答えた。 「じゃあ、どうして、園芸部じゃなくて、文芸部に行ったんだい?」 「小説書く方が好きだから」 「そういえば、秋野の書く小説って、上手いもんな」 「ありがとう」 お世辞でも嬉しい! 一時間ほどぶらぶらして、お昼にすることにした。 「俺、お握りしか持ってこなかったんだけど……」 「じゃ、私、おかず分けてあげるわね」 私達はあずまやに座ってお弁当を開けた。 おかかを混ぜたご飯を薄焼き卵で巻いたやつ、ピーマンの肉詰め、エビフライ、こふきいも、スパゲティーをケチャップで和えたもの、紫蘇の葉とチーズの豚肉のはさみ揚げ……などなどが、私が持ってきた料理である。 「結構いっぱい持ってきたんだね」 「食べ盛りですから」 「俺も食っていいんだね?」 「分けてあげるって言ったじゃない」 「じゃあ、俺もお握り、やるよ。梅干しと鮭しかねぇけど」 「桐生先輩が作ったの?」 「まぁ、一応ね。形はぐちゃぐちゃだけど」 「そんなことないわよ」 「まぁ、こういうところで食べるのが、一番の調味料だからね」 そう言って、将人は笑った。 わぁ……こんな笑い方するんだ。この人。なんだか惹きつけられる……。 「秋野は? 食べないの?」 「食べます食べます」 私は、慌てて、渡されたお握りを頬張った。 あ、いただきます言うの忘れた! 私は、ご飯を喉につかえさせ、とんとんと胸を叩く。 「だ、大丈夫か? 無理して食わなくても……」 うえー、大失態! 「うん、美味しい美味しい」 私は涙目になりながら答えた。 私の作った弁当は、将人にも好評だったようだ。 「秋野は、いいお嫁さんになるな」 今からそんなこと考えてないけど、必要に迫られて上達した……おばあちゃんに感謝しないと。それと、家事オンチのお母さんにもね。 「なぁ、秋野。俺のこと、呼び捨てにしていいよ」 「でも、一年だけでも、年上の人だし」 独白では、将人って呼んでるけどね。 「じゃあ……二人きりのときだけでも」 将人が照れてる、と思ったのは、気のせいだろうか。 「桐生……将人……」 「将人でいいよ。その代わり、俺も、みどり、と呼んでいいか?」 「うん!」 公園を出て、町中をぶらついていると、中高生向けのアクセサリーショップが見つかった。 「ここで何か買っていく?」 「え? でも……」 「俺、少しはお金持っているから。それに、みどりに何か買ってやりたいし」 「あ!」 「え?」 「同居人にお土産買って来るの、頼まれてたんだ」 「同居人て? ああ、みどりの家、下宿やってたんだっけ?」 「まぁ、住んでるのは殆ど兄の友達だけど」 「どんな土産買って行くつもり?」 「んー、その辺でクッキーの詰め合わせでも選んでいくわ」 「その前に、こっちのお店に寄らないかい?」 「うん。ねぇ、将人」 「なに?」 「ありがと」 私は、全開の笑顔を見せた。将人が俯いた。 こんなこと感じるのは、私らしくないし、将人がどう言うかわからないけれど――。 か、かわいいっ!! 店の中は、いかにも中高生が好きそうなグッズでいっぱいだった。 「あ、このビーズのネックレス、いいわね」 「うん。これなら、俺でも払えるしな」 私は、多分手作りのビーズのネックレスを、将人に買ってもらった。 「ありがとう……大事にするわね」 「ああ。喜んでくれて、嬉しいよ」 美味しいお菓子屋さんがあると言うので、将人とそこでクッキーを購入して、帰った。さすがに今回は自腹を切った。 送って行くよと言われたが、やんわりと断った。えみり達に見つかったら、うるさいもんね。 「おかえりなさーい」 えみりは、浴衣姿だった。ほんとに浴衣で行ったのか! 「おう。お帰り」 雄也も出てきた。 「はい、お土産」 えみりが手を出したので、 「はい」 と、その手にクッキーの箱を渡した。 「げっ、重ッ! ってこれなに?」 「クッキー」 「えっ?! クッキー? 大好きなのよ、アタシ! でも、純也は食べられないわよねぇ……」 「そう言うと思って。新しいよだれかけ」 将人と分かれた後、密かにデパートのベビー用品売り場で買ってきたってわけ。 「わぁい。みどり愛してるわー!!」 暑苦しいんだけどな。でも、嫌ではない。 「あ、みどりばっかりずるいぜ。オレも!」 雄也が駄々をこねた。 「はい、アナタも。愛のベーゼ付き!」 「うぉーっ! 一生大事にするぜ! オマエも、純也も」 はいはい。あなた達みたいに、大っぴらにすることができたら、どんなにいいかしらね。私達も。 え? 私達? 将人と私も、将来結婚することになるのかしら。というか、もう付き合ってるの? 確かに、これって付き合ってるっていうのかもしれないけど。 付き合ってる。将人と私が?! 「きゃー!!」 「みどりー! どうしたのー! クッキー食べましょうよー!」 付き合ってる付き合ってる付き合ってる。 今までは何でもない言葉。でも、いざ自分がそんな立場に置かれると……照れる。 私達、ただの友達……よね? おっとどっこい生きている 19 BACK/HOME |