おっとどっこい生きている
15
 今日は始業式。やっと春休み高校に来なかった友達や部員達にも会える。
 授業も始まる。それは正直どうでもいいんだけど。
 自慢じゃないけど、私、成績はいい方なんだよね。運動は決定的に駄目だけど。
「みどりちゃーん」
 向こうから手を振ってくる子がいる。佐伯美和だ。
「おはよう。美和」
 私も片手を挙げて返す。
 美和が、来い来いの合図を出す。私は駆けていく。美和が、小声で、内緒話でもするかのように、言った。
「ねぇ、あの人誰? かなりカッコイイんだけど」
「カッコイイって……ああ、雄也のこと?」
 書いておくの忘れてたけど、このときは、兄貴と渡辺夫婦も一緒だった。
「雄也って言うの? あの人」
「狙ったってダメよ。今はもう一児のパパだもん」
「えー、じゃ、隣の人奥さん?」
「当たり」
「ショック〜」
「どうせおじさんよ。うちの高校の男子だって、悪くないと思うけど」
「それって、桐生先輩のこと?」
「え?」
 私は、顔に血が上るのを隠せなかった。
「あー、否定しない! やっぱりそうなんだ!」
「うるさいわねっ! ほら、もう行くよ!」
 昔は恋の話って苦手だったけど、このぐらいは続けることができるようになったのは、将人のおかげかな?
 そう思った瞬間、心拍数が上がった。
 私は高校に向かおうとした。
「硬派のみどりちゃんに好きな人ができたなんてねー」
 美和……声大きいわよ!
 私は戻って行って顔を寄せた。
「アンタ、それ誰から聞いた?」
「剣道部の副主将。友達。仲良さそうにしてたって言ってた」
 全く油断も隙もないわね。それにしても――
「アンタには、何人男友達がいるの?」
「これでも選んでるんだってば。みどりちゃんが一番よく知ってるでしょ? 美和がほんとは奥手だってこと」
 それは本当だ。噂はいろいろあるけど、まだ本命はいないみたい。本命以外は、本当にただの友達らしい。
 幼稚園以来の友達だから、そういうことはよくわかるのだ。
「美和はかわいいからね」
「やだぁ、みどりちゃんてば、ホントのことを〜」
 そう言って、美和はしなを作った。こういうカワイ子ぶりっ子なところが、誤解される原因なのかもしれない。
「みどり、お先にー」
「じゃあな」
「また後でなー」
 兄貴達は行ってしまった。
「でもさ、あの人達、みどりちゃんとどういう関係なの? あ、お兄さんの友達?」
「そうよ。今日も、起こすの大変だったわ」
「え?」
 はっ……しまった。
 これは美和の追及がうるさいぞ。私は、自分の軽率さを呪った。
「あの人達、いったい何なの?」
「だから……同居人」
「へぇー、同居人」
 美和の目がきらきら輝いた。
「あの人達と、いつから一緒に住んでるの?」
「んー、四月の始まる直前あたり、だったかな」
 なんでかんで言って、私もよく喋る。
「同居人さん、まさか他にもいないよね?」
「いるわよ」
「えーっ?! 何人?」
「二人。哲郎と云う男と、さっきの夫婦の赤ちゃん」
「一気に大所帯ねー。両親トンガに行ったって聞いたけど、それなら寂しくないね。――哲郎さんてどんな人?」
「……きっと、アンタのタイプじゃないわよ」
「あら、男ってだけで偉大よ。それで?」
「顔が長くてね……男前には程遠い」
「あら、みどりちゃんて、意外と人を見た目で判断するタイプ?」
「どうしてそうなるのよ」
「だって。それって、ソト見の特徴だもん。普通、優しいとか、何々が好きとか、そういうこと言うでしょ?」
「そうかしら? でもそれ以外の特徴って……あ、あった。四浪で、クリスチャンよ」
「――それって、かなり変わってない? 普通はそこから言うと思うんだけど」
「そうかなぁ」
「そうよ」
「でも、それって、かなり偏見入ってない?」
「んー、そうかもね」
 美和は、邪気の無さそうな顔で笑った。ごめんね、と言う意味だ。
 やれやれ。だから、この子には敵わない。
 ああ、それに、私も美和なら外見を重視するだろうと、彼女に対して失礼な思い込みがあったかも。私だって、面食いなのに。
 話しているうちに、私達は学校に着いた。今朝は兄貴達と家を出たので、自転車は押したままだった。

 学ランやセーラー服の集団が、校門をくぐって来る。
 二、三人で固まってくる人、一人の人、数人で笑いながら歩いている人。私と同じでチャリ通の人。
 ああ、久し振りの喧騒だなぁ……と思わず感慨に耽ってしまう。
 私は美和と、なんてことない話をしていた。
 今度の担任は、男の先生がいいね、とか、私達、クラス替えないんだよね、とか。

 教室には、顔なじみのクラスメート達がいた。
 私の顔を見て、くすくす笑う人もいたけど、関係ない。
 私はいろんな意味で有名だから、それを快く思わない人もいるけど。
 気にしない。
 ふぅーっと、深呼吸をした。気持ちが落ち着いた。
『間もなく始業式が始まります。体育館に集まってください』
 校内にアナウンスが響く。いつ聞いてもいい声だわ。美和。彼女は放送部なのだ。
 体育館には、たくさんの学生服の生徒が並んでいた。
「おはよう、みどり」
「おはよう」
「おはよう、元気だった?」
 私の友達が、皆挨拶してくれた。
 上から、松下頼子、山岸奈々花、戸川今日子だ。
 美和も入れて、私の大切な親友達。
「おはよう」
 なんとなく優しい気持になって、私は挨拶を返した。
「あれ? みどり、なんか嬉しそう」
 頼子が一番初めに気付いたらしい。
「え? わかる?」
「何があったの?」
 奈々花が訊いてくる。
「いいことあったのね」
 今日子が優しい声で言った。この子が、私達の中では一番気立てのいい子だ。
「いいことなんてぜーんぜん。毎日が戦いよ」
 私は、笑いながら答えた。
 始業式のプログラムも進んで、校歌斉唱の時に、私は訳もなく泣きたくなった。
『あーあー めぐみある しらおかこうこうー』
 三番まで来て、思わず涙ぐんでしまった。
「ちょっ、みどり、大丈夫?」
 しっかりした気質の頼子が、尋ねてきた。
 なんでだろう。今、全てが懐かしいような気がした。
 私の中の何かが、この瞬間を思い出として回顧しているような感じなのだ。そして、それは決して嫌なものではない。
「保健室行く?」
 頼子の言葉に、私は首を振った。
 私は文芸部員だから、小説の登場人物を決めるときは、必ず自分が入っている。話を書くときは、彼らを操っている。そこに力の意識がないわけじゃない。
 そういう存在が、他にもいて、私達を操っているとしたら?
 その存在は、学校生活に、かなりのこだわりがあるみたい。
 そして、その存在にも、創り主がいるとしたら――
(そういうのを神様って言うのかな――)
 教会に行けば、何かわかるかな。聖書は、ぱらぱらとしか読んだことがないけど。
 哲郎に、今回は絶対行くって言おう。

おっとどっこい生きている 16
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