おっとどっこい生きている しおりの感想に私はお茶うけとして出されたお饅頭を口に入れながら頷いた。妊娠させられたというか……まぁ、これについては自業自得という感もないではなかったが。 「でも、その人立派だよねぇ。普通は中絶とかするでしょ?」 「うん」 ――私もそのことでは由香里を見直しつつある。子供で苦労しても兄貴も私も乗りかかった船だ。その時は協力してあげよう。 「授かった命に無駄なものなどないのですよ」 麻生牧師は穏やかに言った。眼鏡の奥の目が優しい。 麻生もしおりも幸せだね。麻生牧師は麻生清彦が問題起こしても責めなかったし。まぁ、もうちょっと麻生清彦には厳しくした方がいいんじゃないかな、と思った時もあったけど――時期を待ってたんだろうね。牧師は。 「俺……いろいろ悪さもしたけど……親父達はいつも優しかったな」 「どんな悪さ?」 と、冬美。 「おまえには言えないような悪さ」 ――うん、納得。 「何よ、それひどいじゃない。私には知る権利があるわよ!」 冬美が麻生をぽかぽかと殴る。 「いててて。何でだよ」 「あなたの彼女だからよ!」 「秋野には聞かれたくないんだってば!」 「まぁ! まだ秋野さんに惚れてるのね! 悔しいっ!」 ――それはないと思うけど。 麻生ったら、すっかり冬美の尻に敷かれちゃってまぁ。 「ここうるさいね。外行こうか」 しおりが私に呼びかける。 「そうだね」 「待ってくれよー。しおりー。秋野ー。助けてくれー」 「行きましょ」 私達は麻生を見捨てることにした。 「昨日はありがとう」 しおりが礼を言った。 「ううん。なんのなんの」 「でも、哲郎さんが来るとは思わなかったな」 考えてみればそうかもねぇ……。だって、哲郎は前は神光教会を異端だと批判していたんだから。 けれど――哲郎は言ったのだ。 (みどりくん。以前、神光教会が異端だと言ったのは取り消すよ。麻生牧師も嫌いじゃないしね。でも、僕の母教会はあくまで聖栄教会だから) 『君の』母教会ではなく、『僕の』母教会と言ったのには押しつけが感じられなかったので、私は哲郎を見直した。 「しおりちゃん、哲郎さんは麻生牧師が嫌いではなさそうよ」 私は当たり障りのない部分だけしおりちゃんに伝えた。 「でしょう」 しおりちゃんは大きな胸を反らした。 「兄貴はともかく、パパもママもいい人だから。けどね――短期間で兄貴も兄貴らしくなったよ、ホント。兄貴、昔は優しかったから。優しい兄貴に戻って良かったな」 優しい麻生……。 昔は想像つかなかったが、今では納得。更生したってことかしら。 「あー、でもあっついねー」 「もう夏だもん」 「溝口さんどうしたかな」 「ここにいるわよ」 溝口先輩の柔らかい、女らしい声が聞こえてきた。 「うわっ!」 しおりちゃんがぎょっとして大声を上げる。 「ちょっといいかしら」 「溝口さん、兄貴どうした?」 「――麻生牧師の説教を聞いてるわよ」 「兄貴がパパの説教を?」 溝口先輩は微笑みながら頷いた。綺麗な人って得だなぁ……。私はぼーっとなりながら溝口先輩を見つめていた。 「あはは。みどりさんたら溝口さんに見惚れてるーっ」 「だって……綺麗なんだもん」 「あたしも溝口さんの美貌は好きだけどね。性格もいいし。ねぇ、冬美さんより溝口さんが兄貴の彼女な方がダンゼン、あたしとしては歓迎できるんだけどな! みどりさんでもいいけど」 「もう……冗談やめてよ」 私は答えた。冬美だってそう悪くない。今は素直にそう思える。 「しおりちゃんたら……」 溝口先輩が困った顔つきになる。 昔は溝口先輩、麻生が好きだったのよね、確か。 それでいろいろ揉めたけど――溝口先輩のせいじゃない。 「ねぇ、みどりさん。桐生さんてモテるよね」 「え? ええ――そりゃ、まぁ」 何で話が将人のところに行くんだろ。 「あたし達も桐生さんが好きなこと、知ってるよね」 「う……そりゃ、まぁ……」 「取られないように気をつけてね」 しおりがうふふ、と笑った。あまりたちの良くない笑い。 でも――将人は……私をとても大切に思ってくれている。それは間違いない。自惚れではない――と思う。キスもまだだけど。 将人はかっこいいから……いろんな女の子から惚れられるのも無理はないのかもしれない。私には初恋は将人だけれど、将人の場合はどうなのかしら。 そういえば、奈々花も将人が好きだったなぁ。今では哲郎さんに夢中だけれど。 「どこがいいの?」 そう訊いた時、奈々花は答えた。 「中身よ」 確かに哲郎は中身はいい男だ。奈々花は男を見る目がある。――しかし、哲郎は私が気になるみたい。同居している数少ない女だからかな。えみりは子持ちだし。 誕生祝いに将人から花のストラップが贈られた。 「大したものではないんだけど――」 将人はそう言って赤くなった。良かったじゃねーかー、誕生花だぜ、早速つけとけよー、と雄也が騒いでいたっけ。 私が回想に耽っていると――。 「みどりさん、聞いてる? みどりさん」 目の前でしおりが手をぶんぶん振った。 「え? 何?」 「なんか――あたし達の話聞いてないようだったからさ……ま、大した話じゃないんだけどね」 「うん。庭のことについて話していたの」 確かに麻生家の庭は美しい。これから本格的な夏に向けて賑やかになっていくことだろう。 「ヒマワリ、ね! ヒマワリ咲くよ、これから! 気の早いヤツはもう咲いてるけど」 しおりは興奮していた。 「それからトウモロコシ――美味しいんだ! 採れたらみどりさんや溝口さんにあげるね」 「ありがとう……」 トウモロコシは、はっきり言って大好物だ。兄貴もだ。渡辺夫妻や哲郎は知らないが、トウモロコシを嫌いという人には会ったことないから、大丈夫じゃないかな……多分。それに、食費が浮くわ、助かったー。 「あ、そうだ」 あたしが手を打った。しおりが訊いた。 「なになに?」 「あたしの両親、明日家に帰って来るの」 「何してる人なの? みどりさんの両親て」 「トンガで美しく太れる方法を研究してる」 「変わってるー! でも、美しく太れるなら、あたし達女性にとって福音よね」 しおりは牧師の娘らしく『福音』という言葉を使った。彼女は、研究成果があがったら教えてね、とちゃっかり付け加える。私は親のやってる研究に関しては門外漢なんだけど。 ![]() 2014.6.25 おっとどっこい生きている 149 BACK/HOME |